第80話 島とのお別れ
昼頃になると嵐も止み、これまでの荒波が信じられないほどに穏やかな海になった……。
まるで、これまでのことが嘘か夢か幻で、最初からこのような穏やかな空間だった錯覚すら起こした。
これほど穏やかに一変してしまったのは、
為継が言う「御神木から発する電磁波」を無事に制御できているからなのだろう。
本当にあの御神木から何かしらの“波動”みたいなものが出ていたのか……。
島民の言う“神様“がいるかどうかは分からないが何かしらの特殊な力が宿っていることは間違いなさそうだった……。
◇
日本に帰るための出発の準備が整った。
僕は足手まといにならない程度に手伝いながらゲームの想定や色々なことを考えているうち皆がサクサクと進めてくれていたためだ。
大変ありがたいことに為継の機器の次に僕の荷物を優先してくれた。
対して役に立たない僕のために……。
思えばこの島に来て色々なことがあった。
食料を求めて彷徨った(さまよった)り……。
まどかと島村さんがおかしくなったり……。
神様がいるという島民に囲まれて、その後騙すようにして研究をしたり……。
「なぁに、感傷に耽ってるのよ~」
「あ、いや。この短期間のうちによくこんな立派な筏を作ることが出来たなと思ってね……」
全く別のことを考えていたが、照れくさくもあったので
ついでに筏を手で触ってみた――ちょっとやそっとのことでは壊れそうには感じられなかった。
筏を最終的に組み上げた女子組はどうだ! と言わんかのように胸を張って手を振って僕にアピールをしている……。
景親と輝成はそれに対して体をほぐしたりしている……これだけ丈夫な木を運んだりしたんだからそりゃ大変だったよな……。
手動で漕いでいくために普通ならある程度の時間は必要ではあるだろうが、
この静かな波だと玲姉と建山さんであればすぐに安全区域まで脱出できそうだ。
「島民の方たちに挨拶をしておきましょう。
短い間だったけど確実にお世話になったしね」
翻訳機を使って帰ることを伝えて頭を下げた。
すると彼らは涙しながら、僕たちを代表して話をしている玲姉の手を取った。
その後、“お別れの歌“みたいなのを歌ってもらい。一気にしんみりした雰囲気になった。
仮面を装着している人たちもどことなしか悲しそうなものを使っていた……。
元々僕たちは調査に来ただけなのに……。
今後の命運がどうなるかはまだまだ分からないのに……。
本当にお人よしの人たちなのだなと思った……。
長老は筏に乗り込む前に僕たち1人1人と抱擁を交わした後に何やら空に向かって呟いている。
「あの長老は抱擁の後に一体何をやっていたの?」
「どうやらこの島の神から祝福を与え、母国に無事に帰れるように――みたいなことを言っていましたな」
「そう……」
感覚の違いに対してついていけない気がした……。
僕は玲姉達と島民の中間ぐらいの感性に位置しているとは思うけども……。
でも逆に玲姉達は“こんなものだ”と割り切れているのに対して、僕は中途半端な状態なのだ……。
筏は短期間で作ったとは思えないほど、しっかり作られてはいるのだが、それでも大きな波が来てしまえばすぐさま大海原に放り出されてしまうだろう……。
「では出発します! そんなにスピードを出すつもりは無いけど、緊張感を持っていないと海に投げ出されるから注意して!」
中央には大きな木を建て、帆に見立てた為継が持っていた特殊な水を弾く素材の布を付けてある。
これが無事に立った時に大きな歓声が上がっていた――そして僕は思ったよりも揺れているのでこれに必死にしがみ付いているわけだ。
それに対して、皆は案外平気そうな顔をしているんだから僕の体力不足、筋力不足が改めて露呈している……。
「ところで、あの機器は御神木や島民に対して悪影響を及ぼすことは無いの?」
早くも捕まっている手が痛くなりつつある。気を紛らわせるために為継に話しかけた。
「こちらの主機が遠ざかれば遠ざかるほど制約を受けなくなるために問題はありません。
大体100キロも離れれば大木も島民にも悪影響を及ぼすことは無いです」
為継は手に持っている手のひらサイズの機械を取り出し、まだまだ大きく見える御神木の頂点を指しながら言った。
「そ、そうか……それは良かった……」
あの御神木が島民に対して何かしらプラスの影響があったとしたなら、
それが抑制されてしまう事は大きなマイナスになると考えたからだ。
「逆に我々がこの機器を持っていけば今度は上陸することは容易になります。
このように波は静かになり、恐らくは上空も安定していることでしょう。
探索船やヘリなどが向かえば今度は島中を綿密に調査することも可能になるのです」
「そうなの……」
それはあまりよろしくない情報だった。
状況次第で彼らはこれまでの生活を続けることが出来なくなってしまうからだ。
人口が増えすぎることによる騒動があるにせよ、彼らなりに“完成された世界“があの島にあるような気がした。
その世界が壊されてしまう事には抵抗感があった。
「島民の人たちが無知とはある意味不幸なのかそれとも幸せなのかよく分からなくなってきた感じがする。
だってそうだろ、僕たちが口添えをしなければ確実に大王に“やられる”んだ」
「でも逆に、輝君が頑張れば何も世界の複雑性を知ることなく助かることになるわね」
「確かに凄い紙一重のところにいますけど
全てはあなたの活躍次第なんじゃないですか? 島民の方々を生かすも殺すも……」
島村さんがそんなプレッシャーをかけてきた。
荷が重すぎる……。
「ま、まぁ。善処するよ。僕の手の届く限り救えるだけ救おうと決めたからね……。
あの人たちの純粋な気持ちを大事にしていかないとね。
世の中の悪いモノに染まっていない人たちと言うのは貴重だから……」
――守れよ約束。
「え?」
僕は後ろを振り返った――が、そこには何もいない。
「どうしたの?」
「今、声が聞こえたような気がして……」
「気のせいじゃないの?」
玲姉は僕の思考状態も分かるために心底心配そうだ。
――守らなければ末代まで祟る!
「き、聞こえた! 今度こそ! あの御神木が僕に対して直接! 語りかけてきているんだ!」
僕は頭を抱えてその場に座り込んだ。そこに少し波が高くなり僕はフッと海に投げ出されそうになる――ところをビュン! と引き戻された。
「疲れてるのよ。ゆっくり私の膝で休みなさい。座りながらでも漕げるし、落ちないように見張っておくから」
玲姉が大海原に再び飲み込まれるところを救ってくれたようだ。
そして玲姉は自分の膝をポンポンと叩いていた。すると女性陣から鋭い視線が集まる――なぜそんなにも怖い顔をしているのか分からないがここは断った方が無難そうだ……。
「い、いや良いよ……。眠れそうにないし、何か視線を感じたことで正気に戻れたって言うか……」
「そうですよ。玲子さんだけ良い思いさせませんから!」
建山さんの“良い思い”と言う基準がよく分からない……。
「でも、そもそもそんなにすぐに帰れないよね? こんな筏じゃ進めないだろうし……」
転覆しないのを重視しているのか、このメンバーにしてはそこまでスピードを出していないのだ。
「救難信号は大木の力が弱まった直後から出していますので、ご心配なさらずとも夕方にも救援船と合流でき、早ければ夜にも日本に帰れます」
「そう……手際が良すぎるのも困ったものだな。休む暇も無く酷使される(笑)」
「お褒めに預かり光栄です」
為継なら皮肉と分かっているだろうに……直接打ち返されると案外困るものだな……。
しかし、先ほどの声は本当に“気のせい”なのだろうか?
疲れからくるただの耳鳴りか何かだったのか?
それとも、本当に僕に対して直接あの木が語りかけてきているのか? あの島に“神”がいるとでも言うのか……?
最後に島民からの歌が妙に耳に残っていたのでそれが脳内で再生されたのが分かった。
もしかしたら何か命の希望でも訴える歌だったのかもしれない……。
僕はあの島に“何か”があるという畏怖の念、そして島民の命を救わなくてはいけないという責任感に襲われていた。
それは雄大な自然が広がっている島が小さくなり、そして完全に見えなくなっても続いていた……。




