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ディストピア生活初級入門(第5部まで完結)  作者: 中将
第5章 南の島で

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第79話 理想と現実

 4時間半後、もう一眠りして(ほとんど眠れなかったが)いる間の出来事を為継が話してくれた。


 建山さんが颯爽と御神木の頂点に登り詰め制御する機械を装着したらしい。

 嵐は大分収まりつつあったので何とか間に合ったのだ……。


 女性陣が借りている洞穴に労いの言葉をかけに向かうと、

 玲姉と建山さんが何やら2人で共同ストレッチ? みたいなことをしている……。


 お互い手を前に合わせて力を加え合っている……。

 同じような力を出しているためかピクリとも動かない。


 奇怪だ……。少なくとも朝からやるようなことでは無いだろう


「おはよう。早朝から何やってんだよ2人共……」


 2人とも力を緩めてこちらを向いた。


「輝君おはよ~、ストレッチ兼力比べみたいなものかしら?」


「玲子さん。それでも手加減していませんか? 私が目いっぱいなのを見越して……」


 建山さんは結構汗びっしょりだが、対する玲姉は涼しげな顔をしていた。


「ん~? そんなことも無いけどねぇ~」


 玲姉は笑顔で答える。


 一見すると仲が良さそうに見えるが、この2人は視線を合わせていなかったり目が笑っていなかったりする。


 表面上は仲が良さそうにしているだけあって逆に恐ろしい……。


「ところで、玲姉と建山さんは昨晩は御神木の研究のために凄く活躍したんだって?

 特に建山さんがあんな木を登れるだなんて信じられないな……」


「ツルツルだったら流石に厳しいですけど、木はデコボコの取っ掛かりがありますからね。寝ながらでも余裕ですよ」


 忍者かよ……。そして寝ながらは流石に危ないだろ……。


ばち当たりになるとは思わなかったの? 一応は御神木なんだからさ……」


「罰とか当たるんですか? 嵐の中だと雷とかの方が当たったら怖いですよ。

 登っている最中に木に直撃しますと流石に避けるのが困難ですからね。

 飛び降りても体勢が崩れていたら命に関わります。

 昨晩は幸い雷は少なかったのであまり気にせずに済みましたけど」


「あ、なるほど……」


 建山さんはサバサバとしている感じで、何でも合理的に考えるタイプだろうからな……。

 更に神をも恐れぬ強気な雰囲気があるからこういう返答はある意味納得がいった……。


「むしろ、虻輝さんが神や迷信を恐れている方が驚きですよ。

 虻利家という世界最高峰の名門に生まれ、金と権力をほしいままにできる地位にありますし。

 神も仏も架空生物も討伐するようなゲームの世界で無双しているぐらいなんですから。

 てっきり、そんなことお気になさらないのかと」


「僕はこれでも金と権力を欲しいままにできる地位にいないんだよ……。

 そして、ゲームの世界とリアルの世界は全く違うでしょ……。

 ゲームの中の神様なんて実際は何も祀られていないただの“設定”なんだからね。

 “設定”を倒すことに何の躊躇ちゅうちょも無いけどさ、現実の世界では流石に戸惑うよ」


「リアルと現実を見分けがつかなくなって事件を起こす人は昔から際限なく現れていますからね。

 私もそう言った人たちを逮捕するのに当初は狂ったような話を聞かされて戸惑いました。

 今は何を主張されても無視して連れていきますけどね」


 怖えーよ!


「それに対して、1日16時間とかプレイされているのに虻輝さんは現実とゲームの見分けがついているのは凄いですよ。」


 何かやけに低レベルなところで褒められているような気もする……。


 建山さんから見て僕は“その程度の人間“ということなのだろう……。


「私の教育のお陰かしらぁ? 現実とゲームの世界を区別しなさいって小さい頃からずっと言い続けてきたからね」


 うん、そうじゃないと玲姉に吹っ飛ばされるからね……。

 嫌でもそういう思考になるわな……。


「まともなモラルを持ちながら、比較的純粋に育ったのよ――甘やかしすぎてひ弱にもなったけど。

 これからは全ての骨が悲鳴を上げるまでやろうかしら?」


「ヒィィ!」


 僕は飛び上がって玲姉から離れようとしたが、後ろには建山さんがいたのでそれはそれで怖くて退くことが出来なかった……。


「冗談よ~。もう、反応が可愛いんだから~」


 これまでの歴史を考えると全く冗談に聞こえないんだからそこに気づいてくれ……。

 僕の思考をそういう読み取り方をしてくれ……。


「それはそうと、島民には誰も発見されなかったの?」


「ここの島民の方々は本当にあの御神木に神様が宿っていると思っているみたい。

 ある意味純粋過ぎて心配になっちゃうほどね……。

 でも、これまである種の“ガラパゴス状態”だったわけで、最初に警戒感を持っていただけでもまだマシだった方だと思うわね」


「いきなり歓迎会なんて正気じゃないよね。それこそ“大人の判断”が甘いんじゃないかと思うね」


「輝君も結構純粋な子で耐性が低すぎるとは思うけどね……」


「事前に今回の作戦を教えて貰えなかったぐらいだからな……。

 僕には“大人の判断“が出来そうにないよ……」


「でも、意外とね。社会に出てみると“年齢だけが嵩んだ(かさんだ)子供”って言うのも結構いるのよ。 感情に任せて怒鳴り散らしたり、自分を主張したいがために周りに迷惑をかける人って結構いるものよ」


「あぁ、政治家でもいるよな。“違法ではない”っていってお金を受け取っている人。

 確かに、違法では無いんだろうけど、倫理的には問題しかないよね。

 あれとはいったい何が違うんだ?」

 

「大事なのは本質を見失わないことよ。

 会社員にとって大事なのは自分の役割に見合った活動をして家庭を支えること。

 政治家に大切なことは国の舵取りを良い方向にもっていくこと。

 今回一番大事なことは私たちが日本に無事に帰還して、ここの島民の生命と幸せが保証される。そうでしょう?」


「確かに。つまりは、手段は選ばないのだけども体裁はしっかりと整える。

 整え切れていないように見える人が大人ではないという事か……。中々バランスが難しいな……」


「そうね。今回の嘘も“体裁と建前“のためにやっていると言っていいかしら。

 納得のいく説得をするためにはかなりの時間がかかりそうだからね。

 “御神木のお力を拝借“というところね」


「でも体裁が立派で中身が伴ってない人と僕達は何が違うんだ?」


「彼らは手段と目的が混同してしまっているのよ。

 例えば幸せになるためにお金を稼いでいたはずなのに、気が付けばお金を稼ぐことに終始して、体調を崩して不幸になってしまったりね」


 だが、前提としてある程度の実力が無ければ体裁を整えることも、

 手段と目的が混同するほど成功することも無いだろう。


 だから普通の人間はただ単に喚ているだけに見えるんだろうけどね。

 逆に体裁を整えて手段と目的を見失わずに成功した人たちは「革命児」として持て囃されるのだ。


「年齢だけが嵩んだ大人じゃない、本当の意味で大人になるためにはどうしたら良いんだろうな……」


「理想と現実と強硬策の3つの適切な妥協点を見つけることじゃないかしら? 

理想論だけでは全く前に進まないけど強硬策ばかりでは不幸な人が増えるばかり

 ――そこで、現実的な落としどころを探るのよ」


 小さい頃から“大人の都合”によって人生を狂わされ続けてきた玲姉はそう言った妥協点を見つけることに長けていたのだろう。


 また自分の実力を高く売って大人の都合に振り回され続けてきた現実をも変えていったのだ。


「今回であれば“神の声”を偽装したことが一番損害が少ないというわけか……。

 玲姉のやっていることについては理解できたような気がする……。

 でも、本当に“神の声”があるんだとしたらこの木には何か力があるかもしれないんだよね? そしたら僕達のやっていることはやっぱり“罰当たり”になりゃしないだろうか……」


 何かしら見えない力を発しているからこそ様々な機器を狂わせてきて難破船が次々と周囲の島に漂着していったわけだ。

 この御神木に今の科学で完全に解明できない力があるのだとしたら――。


 妄想に囚われそうになったときにスッと玲姉が僕の肩に手を置いた。


「もし仮に何か起きたとしても私がいるんだから大丈夫よ。木が動いたり島が崩れても私に捕まっていれば助かるわ。

 基本的には私たちの脱出と島民の方を助けることの両立をすることに知恵を絞るけど、万事になれば輝君たちの方が大事だからね」


「う、うん……」


 異常なことが起きたらもう“非常事態”ということで体裁は整える心配は無いという事なんだろうな……。


 島全てを敵に回しても何とかなりそうに思えるところが玲姉の凄いところだけど……。


「そうはならないように、さっきからあの御神木に心の中で私は話しかけているのよ」

 

 玲姉は少し風が吹いてきたので髪を抑えつつ、御神木を見上げながら言った。


「えぇ……話しかけてどうにかなるものなの?」


 流石に玲姉であっても沈黙する御神木と人間の言語が共通するものは見出せないだろ……。


「分からないけど。気持ちと言うのは伝わるわ。

 大丈夫よ。私たちはこの島とこの島の人たちを守りたい。輝君もそうでしょう?」


「うん。だから偽善者っぽいことを一杯考えているわけだし、後ろめたさで体が押し潰されそうなわけだ……」


「そうよね。それなら尚更輝君はこの御神木に誓った方が良いわ。

 “絶対にこの島の人たちを守って見せます”――ってね」


「そうだね――」


 玲姉は“気持ち”をとても大事にしている。

 それは外からは見ることが出来ない。

 

 言葉だけを取り繕って陰で我田引水をしている悪党は世の中でいくらでもいる。


 そうはならないためにも信頼関係が重要なのだろう。


 でも、世の中利害関係が無くなればすぐさま信頼関係は崩壊してしまう。


 だからこそ“身内“と言うのは大事だし、”高潔な心“と言うのは長期的に育んでいかなくてはならないのだろう。


 本当に玲姉の言っていることはいつもレベルが高いし、話を聞いているだけで目いっぱいだった……。

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