第78話 嵐の中で
2055年(恒平9年)11月21日 日曜日
1時間おきに目が覚めた……。
その夜は天気が悪くなることが為継の予報で明白だったので、僕たちも洞穴の中で一緒に寝かせてもらう事になった。
“神の声”を島民の皆も聞いていたので快く空いている場所を貸してもらえることになった。
しかし、断熱性のある壁や二重サッシの窓どころか、まともな扉すらない状況だ。
雨風の強烈な「ビュー! ブォォォォォ!」という恐ろしい音や木の枝が折れる音、何かが飛ばされて壊れる音などがひっきりなしに聞こえていたために深い眠りに付けなかった……。
東京にあるウチの家ではあらゆる設備が整っているためにこんな環境で寝るのは人生で初めてと言える。
この島に来てから寝心地が悪く、起きた瞬間から最悪の眼覚めなのだが、
今日に限っては一時の眠りすら危うい。
夢としての悪夢は見なかったが、新しいタイプの悪夢と言えた……。
充電が残っているゲーム機を見るとどうやら朝の4時だ……。
「うぅ~。皆どこだ~?」
2つの大きな洞穴を与えられて男子班と女子班に分けられた。
ところが、気が付けば男子班の寝床は僕以外誰もいなかったので、気になって寝床を抜け出したのだ。
目をこすりながら。洞窟内を歩く、石や木の枝が足に食い込んだりしているうちにだんだんと目が覚めていくのが分かった。
寝る前から為継が作業していた部屋に向かうと、為継は僕が夜眠りに就く前と起きた後でほとんど同じ態勢のまま作業を続けていた。
暴風の中、玲姉や建山さんと共に御神木の欠片を採取しに行ったと思われ、猛然と機器を使って調べて今に至るのだろう……。
その様子には鬼気迫るものすら感じた……。
「虻輝様おはようございます。作業は順調に進んでおります」
僕がやってきたのに気づいたのか為継は振り返った。無理やり笑っているような感じで怖いけど……。
「為継、おはよう。寝なくて大丈夫なのか? 昨晩からずっと没頭しているようだけど……」
「いえ、もう既に寝た後です。45分休憩を2回ほど行いました」
「え……90分じゃ休んだうちに入らないでしょ……」
「虻輝様はご存じないかもしれませんが、私はそこまで休まなくても大丈夫ないわゆる『ショートスリーパー』に部類される体質なのです。
15分単位で休むことによって効率よく疲労を回復することが科学的にも証明されています。
ですので、健康状態は何の問題もありません。ご心配無く」
確かに、為継は寝不足の雰囲気を感じさせない。
先ほどから発言している時以外欠伸を連発している僕の方が傍目からすると寝不足に見えることだろう……。
「そ、そうなの……」
確かに普段からとんでもないほどに仕事量をこなしている上に飄々(ひょうひょう)としているからな……。
ただ、流石にこれほどの状況下で作業をこなし続けているとなると単なる瘦せ我慢の可能性もあるだろうけど……。
それを感じさせないのが本当に一流だよな……。
「この状況下で働いているのは私だけではありません。輝成と景親には嵐が極度に強くない状況であるなら、倒木や老木などを活用して筏を作るための木を集めさせています」
「2人共どこにいったのだろう? と思ったらこんな嵐の中もう動いていたのか……
嵐の中大変じゃないのか?」
「あれだけの体格を持つ2人です。風速100メートルの大風でも飛ばされないのでは?」
「流石にそれほどの大風だと飛ぶだろう……」
「皆日本に帰国したいのは同じ気持ちですし、これほどのチャンスを逃すわけにはいきませんから、多少のリスクをあの2人も負うという事です」
それぞれの頑張りに思わず頭が下がる思いだった。
「僕に何かできることは無いの?」
「むしろ下手に動かないで欲しいですな。
女性陣も筏を洞穴の中で組み立てている作業をしており、
それぞれ手一杯なので虻輝様のフォローに回ることが難しい状況ですので」
僕は手先も不器用な上に握力も腕力も無い。
本当にゲームぐらいしか取り柄が無いのだ……。
何をしても足手纏いになるために為継は暗に戦力外を通告しているのだろう……。
確かにこれまでの僕の傾向では確かに動くたびに自滅しかねないのも事実だ。
悲しいけどここは素直に大人しくしていよう……。
「そ、それで解析の結果はどうだったの?」
「虻輝様が気になっておられるのは、あの大木を切り倒す必要があるかどうかですな?
それについては問題ありません。どうやら電波を妨害する能力を持っているのは木の頭頂部のみですから、そこに電磁波を発する機械を取り付ければ問題無いことが分析結果分かりました」
僕の思考パターンぐらいはお見通しだという事だろう……。
「それは良かったけど……あの木のてっぺんからも採取したの?」
「ええ。様々な部位を分析することでどのように対策を講じればいいのか分かるようになるのです。
もっとも、簡易的な分析なので一体どういう原理で最新機能を備えた船を難破させ続けたのかまでは日本でじっくり検査しなくては分からないですがな」
「御神木は30メートルぐらいあると思うんだけどどうやって上ったんだろう……」
「頭頂部に関しては建山がやってくれました。彼女は木の僅かな窪みを利用してまるで梯子を上るようにスイスイと頂上まで登っていました。
更に、頂上から飛び降りても無傷だったのですから本当に驚きです。
柊玲子も木の根元を数メートル掘ってあっという間に元に戻したのですから、異常性しか感じませんでしたな」
容易に想像できる上に、あの2人なら余裕で成し遂げられるだろうなと思えるところがな……。
そして2人がいないところだと相変わらず呼び捨てなのな……。
「さ、流石だな……。でも御神木を切らなくて済むのは本当に良かった」
「まだ、安堵なさらないでください。
私の分析の結果、あの大木に対して電磁波を抑え込む装置を取り付けなくてはいけないことには変わりは無いようです」
「今、その装置を作っているから急いでいるわけか」
「そうです。やはり特殊な電磁波を発しており、ある程度抑え込まなければⅩ海域は安定しません。
嵐の中で無ければ装置の装着も島民に妨害されて取り付けることが出来ないでしょうから、こうして休む間を惜しんでやっているという事です。
次にこれだけの暴風雨に曝されるのがいつになるか分かりませんからな。
チャンスの時間は短いという事です」
「そうで無いと強硬的な手段をまた取ることになるからな……そこまで無理させて済まない……」
切り倒されることだけは何としてでも避けなくてはいけないからな……。
僕に出来ることと言えば応援することぐらいしかできないわけだが……。
「いえ。虻輝様は恐らくは帰国してからの方が色々大変でしょうからお休みください。
顔色があまりよろしくないようなので、心労が積もり積もっておられるのでしょう」
「確かに、帰ってから大王とどんな交渉をするか分からないからな……。
おぉ~クワバラクワバラ……」
皆しっかり出来る役割を果たしているんだから、僕ばかりが甘い汁を吸ってばかりではいけない……。
“なんちゃってリーダー”から卒業していかないと……。
「私が事前に伝えておきますので島民の処遇について心配は無いと思いますがな。
ただ、局長は“それに見合った対価”を要求してくるとは思いますが……」
それでも、“最悪の選択肢”を取る可能性が大幅に減ったのは僕の心持ちとしては非常に良かった。
もっとも、大王がとんでもない要求をしてきて青ざめるのは目に見えていることなのだが……。
「邪魔してゴメンね。終わったら休んでいいからさ」
「ええ。あと、4時間ほどで嵐が去ってしまうと思いますので、それまでが勝負です」
為継のそんな声を聞きながら作業をしている部屋から去った。
安堵と不安が交錯した。そんな為継との会話だった。




