第77話 大人の決断
玲姉の表情を見ていると“秘策”が始まっていたのだと分かった。
そして、玲姉の“予定通り“に島民の人たちは反響を示してしているのだろう。
僕たちは“秘策”の内容が分かっているために普通に振舞っている――いや、僕は今状況把握してようやく知ったわけだが(笑)。
それに対して島民の人たちはパニックが収まっても色々と議論をしたり、御神木に対する供え物を増やしたりしている。
はぁ~と大きな溜息が自然に出てしまった。
本当は僕たちが“作り出した演出”に過ぎないのに――実情を知らずに混乱している彼らが大変気の毒に思えた。
「為継、一体何をしようとしているんだ? こんなに島民の人たちを混乱させて……さっきの“神の声“っていうのは嘘なんだろ? そうだろ?」
僕は、島民の人たちが理解できないにしろ小声で為継に聞いた。
「ええ、そうです」
為継は小さくも短く、あっさり認めた。僕は額に手を当てて俯いた。
「ふぅ~~~~。こんな嘘を吐いて大丈夫なのか?」
「私も色々検討した結果、これが最良だと判断しました。
調査のために、そして我々の日本帰国のためには背に腹は代えられないということです。
虻輝様に黙っていたのも妨害や抵抗、騒ぎになっては困ると思ったからです。その点につきましては本当に謝ります。申し訳ありませんでした」
為継は綺麗な仕草で深々と頭を下げた。
丁寧な口調と態度ではあるが“お前に話すと足手纏いだ”と暗に述べているだけとも言えた……。
「……確かに事前に言われていたら間違いなく全力で反対した。絶対に騒いで抵抗した」
「でしょうな。虻輝様はゲーム以外においては正攻法でなければ気が済まれない方ですからな」
僕よりも納得し無さそうな、まどかや島村さんは玲姉に“説得させられた”のだろう。
ただ、あの2人は玲姉が理論的に言えば大人しくなるのに対して、僕は騒ぎ喚きそうだからこうしてハブられたのだろう……。
「……誉め言葉として受け取っておくよ。
ただ、ゲームでも追い詰められたとき以外は定跡で行っているつもりだ」
「基礎的な技術が卓越していそうですからな」
「為継が言うと何か皮肉っぽく聞こえるな……。
それで話を戻すが――そもそも、あの“神のお告げ”の内容なんだけど、明日本当に嵐は来るのか?
あれが嘘であったなら例え調査が成功して僕たちが出発出来ても、その後にこの島の人たちが大混乱しないか?
“神はいなかった“ということになってさ……」
「それについては問題ありません。私の予測した天気予報によって明日は99%の確率で嵐が来ることは分かっています」
「え……今、こんなに晴れてるのに?」
改めて空を見上げると、雲はまばらで青空が広がっている。
たった今も鳥がチュンチュンと鳴いておりとても平穏だ。
この空模様からは嵐が来るほどの状況になるとはとても思えない……。
「西の遠くの空をご覧ください。あちらの雲は非常に黒く、風も強いので今晩にも天候は一変し、明日の朝には大嵐になるでしょう。恐らく昼過ぎには過ぎ去るとは思われますがな」
目を凝らしてみると西の空の果てにはドス黒い雲が確かにある。
為継の天気予報の精度は99%以上とかなり高い……。
「確かに、あの雲が来たら脅威なのかもしれないが……。
でも、嵐が来るなら来るでわざわざ“神の声”を捏造することは無いんじゃないか?
大雨大風で勝手に洞穴の中に避難してくれるんじゃ……」
「私もそう思ったのですが、ここの島民の様子からすると、
嵐の中でも大木を警備する可能性が高いという結論が他の者とも話し合った結果出ました。
調査の際に妨害されてしまえばそれこそ大きな騒動に発展します。
なるべくお互いに損害を与えない策が”神の声“だったという事です。
玲子さんの提案ですがな」
僕は玲姉の方を振り返ると、玲姉は後ろめたそうに目線を逸らした……。
さっきの“してやったり“と言う顔を見られたのも嫌だったのかもしれない……。
「島民の人たちは動揺していたようだけど、かつて聞こえた声もああいう声だったのだろうか……?」
「どのような“声”なのか色々な方にインタビューをしておいたことが功を奏したようです。
実際に聞いたことが無いので想像でしか無かったのでその点は不安がありましたが、無事に乗り切れたのは良かったです」
「あっ、そう……」
島民の皆が大事にしている御神木の話を翻訳機を介していたとはいえ散々聞かされてきた身からすると――このように騙すようにして採取するという事は気が引けた。
触れるだけでも畏れ多い、心の住処、体の一部――翻訳の声で聴いた内容ではあるのだが、そう言った彼らの大切にしている想いが頭の中を反芻していった……。
そんなことを考えているとポンポンっと肩を叩かれた。
「輝君は納得いかないかもしれないけど、これが“大人の判断”なのよ。
確かに信念や理念、純粋な気持ちはとても大切なことだけども、どこかで妥協する必要がある――これが社会の荒波を生き抜くための方法なの」
玲姉は強か(したたか)だった。ただ、一方で悲しそうな顔をしていた。
思えば大王の実験に関与したり、お金に興味が無さそうだけど自立するために自分の会社を立ち上げたり、
どこかのラインで妥協できることも玲姉の強さの一つなのかもしれない。相手の尊厳を傷つけないレベルでの最善手なのだろう。
そしてそれを僕に分かりやすく説明して説得しようとしているのだ……。
悲しい決断でも時にしなくてはいけないという事を……。
「随分と考え込んでいるようだけど――それとも輝君は日本に帰りたくないの?」
「いや、むしろ一刻も早く帰りたいわけだが……。
コスモニューロンが無ければ公式レーティング上げられないし、予選に参加するのはするでダルイからな……」
「それならこの妥協点で納得するべきね。それとも私と小早川君が合意した以上のプランを思いつく?」
僕は首を横に振った。確かにこうでもしなければこの御神木を調べることは出来ないだろう。そもそも僕の頭脳で玲姉と為継を上回ることは到底できない……。
「私だって心苦しい、後ろめたいと思っているわ。
でも、私も輝君も他の皆も、日本に戻ってやるべきことが各々山積みなのよ。
それも他の人には中々任せられない仕事よ。
その仕事を片付けるためにもこの島を早く脱出しなくっちゃ」
「別に、調査をすると言っても大木切り出したりすることは当初の計画にはありません。
ほんの1センチの欠片をいくつか採取して、持ってきた分析機にかけるだけです。
私としては解析できるだけで構いませんので問題ありません」
だが、為継の性格からすると“当初の計画では”という言い方が気になった。
つまり“御神木を切らなければ脱出できない“と分かれば容赦なく切り倒すということだ。
この2人のこれまでの言動からすると目標達成のためにあらゆる手段を選ばないことは容易に想像できた。
ただ、一度に提示せずにちょっとずつ納得・妥協させることで“仕方ない“と思わされ続けてきたのだ。
そうやって政治や経済もちょっとずつ悪くなってきたのだろう。
今なら虻頼の独裁体制を許容してきたのだろう。
少しずつしか悪くならない状況なので中々気づくことが出来ないし、打開しようと思う人の数も少ないのだ。
僕も日本には一刻も早く帰りたいが、島民の人たちの気持ちを尊重してあげたかった……。
でも目的のためには最悪は御神木を切り倒すことも厭わない――これが“大人の判断”なのかと絶望的な気持ちになってきた……。




