第71話 翻訳成功
その後も島村さんとは自然に話せた。
一体何の因子が影響しているのか分からないが、
何を話していいのか全く分からなかったから助かったので、
島村さん側から歩み寄ってくれることはプラスに捉えた方が良いだろう。
そもそも島村さんの対応が少し変化したような気がする。
相変わらず毒のある言葉で追及されることは変わりないわけだが、
でも何か瞳の奥にある感情が変化したような気がするのだ。
これは言葉でしっかりと言い表すことが出来ない感覚的な話ではあるのだが……。
先日、肉体関係を要求されたのも正直驚いた。
――もしかすると、この島に来て不安やストレスから心に負荷がかかっているのかもしれない。
でも、様々な因子が特殊に絡み合っているとはいえ、もともと心優しそうな子だし邪険にする方が可笑しいことだとも言えた。
「みんな~! 大体終わったから集合して~!」
そんなことを思いながら島村さんと自然な笑顔(推定)で話していると、玲姉の声が聞こえてきた。
未知の言語解析が終わったのだろうか……。
その間、電池が残っているゲーム機で時間を確認すると約2時間ほどである。にわかには信じがたいのだが、玲姉の表情は自信満々だ。
「何かしらのいざこざや騒動、相手からの奇襲は起きていないみたいね。
どうやらは任務を果たしてくれたみたいだから偉いわ」
「僕なんて島村さんと雑談していただけだけどな……」
「あら、良い感じの笑顔を知美ちゃんと共にしてたわよ」
島村さんも身をよじらせている。どうやら照れているようだった……。
ただ、その動きが何となく扇情的で僕には刺激が強かった……。
「むぅ~~!」
「あぁ~あ。やっぱりあの籤を渡したくなかったですね……」
まどかと建山さんは何故か怒り気味である……。
視線が痛いほどなので話を変える必要がありそうだ……。
「それより、こうして皆を集めたという事は言語の解析が終わったということで良いのか? 僕たちの前の人たちは暴れる様子も無かったので、そもそも温厚な民族なのだろうか?」
「そうねぇ……最初は聞いている途中で周りから吹き矢とかで攻撃されたりしたけど、撃退できたし、基本的には何の問題も無かったわね」
問題あっただろそれ……。
「えぇ……そんな攻撃的な相手がいたんだ……。玲姉や建山さんでなければ無事では無かっただろうね……」
島村さんと話すことに集中していたが、気が付かないうちにそんなことが起きていたとは……。
「どちらかと言うと敢えて攻撃的な人を選んだのよ。
攻撃的な人を説得できれば、他の人も説得できるでしょう?
後はより、色々なことを考えていそうな方を選んだわ。
色々と不満を持っているのであればそれを話してくれるだけでデータの収集にも繋がるしね」
「な、なるほど……」
玲姉の見ている領域が違い過ぎる……。敢えて最短かもしれないが困難そうな道を選ぶんだからよっぽどだ……。
僕ならできるだけリスクが低そうな手ばかりを選びそうだな――あ、でもゲームだと僕も追い詰められればリスクある選択肢を考えることも多いからやっぱり持っている実力が違い過ぎるのだろう。
「では、皆さんに我々の成果をご覧にいれましょう。こちらに来てください」
為継が小さい箱のようなものを取り出して残る8人に対して手招きした。
「トニーさん。また会話よろしいですか? 先ほども申し上げましたが私たちはこの島から脱出したいだけで危害を加えたいわけでは無いのです」
為継が言うと機械音が変な言語に変換されている。
トニーと呼ばれた男性はそれと似たような言葉を放った。
「いいですよ。ただ、血気盛んな者も多くいます。そう簡単には意思の統一はできないかもしれません」
と少し時間がかかるが機械音が答えてきた。
「おぉ……多少のラグはあるとはいえちゃんと会話が成立している……。
たった1時間ほどでここまでできるなんて信じられない……。
どうやってこんな歴史的快挙を成し遂げたんだ?」
「どういう感情で発言をしているのか、名詞、動詞、修飾語、語尾につける癖など様々な方面で分析を行いました。
やはり、未知の言語でも一定の法則性はあったのです。
探索船なども難破するⅩ海域に探索に出かけるという事でこのようなプログラムも改良して搭載しておいたのです」
「色々なことを想定しているのは流石よね~」
「AIで最終的に学習していくことになるのですが、データの入れ方には工夫しなくてはいけません。
しかし、玲子さんの流石に質問の仕方が上手でした。
このシステムが何を意図しているのか大体分かっているという感じで、的確な質問をしていましたな」
為継は玲姉に対してあまり良いイメージが無いようだが、認めざるを得ないといった雰囲気を感じた。
玲姉はこんな状況でもあまりにも普通に振舞い続けているのだから凄すぎる……。
「何の言語か分からなくても思考方法としてはそう変わらないと思ったからね。
その経験則に基づいて質問していっただけよ。
どんな形であれ、考えが分かるというのは大きいわね」
「現状は、1人分しか翻訳できない状況ですが、3か4台であれば少し時間がかかれば増産できますので活用していきましょう」
「私が交流をするから、皆はどんな感じで対話をしたらいいのか学んで欲しいわ」
玲姉はトニーさんに再び近づいて行った。
「私たちは危害を加える気はありません。日本と言う国からやってきて遭難してしまったのです。日本に帰るまで一時的に滞在しているに過ぎません」
玲姉はいつものちょっとマッタリした感じの話し方ではなく、しっかりした口調の日本語で話した。その方が正確に翻訳して相手に伝わる確率が上がるのだろう。
他人行儀の言い方で、僕としては何か聞いていて良い感じは無いけど……。
「しかし、あなたたちは魚介類や木の実などを無断で獲得しているではありませんか?
あれは私たちの資源です。勝手に奪われるのは言語道断です」
トニーさんはこの会話方式に慣れているのか、翻訳が完了するまでちょっと待ってから発言するというテンポが非常にやりやすい雰囲気がある。
何も知らなければ一方的に話してしまうこともあるからだ。
玲姉の“調教”が完了しているだけなのかもしれないが……。
「それについては大変失礼致しました。
ただ、私たちは敵対する意思は無いのです。
獲ることのできる種類や量を教えて下されば守りますし、
ここを脱出するめどが立ち次第、島を立ち去れます」
「確かにあなたは誠実そうで強くて、信頼が出来そうです。
ですが、私たちが懸念していることはあなたたちが帰った後です。
他の島は後に侵略されたと風の噂で聞きました。
私たちの立場を保障してくれなければ困ります。
そのために私たちは□△〇を付けて最大限の警戒をいるのです」
「なるほど、私たちも警戒するときに武装をします。
ただでさえ未知の私たちが突如として来島したのに対して不安と嫌悪感を感じるのは理解できます。
あなたたちの身の保障が分かるような方法を考えようと思います」
玲姉は穏やかな口調で話しているためか、相手がとても「敵対的だった」とはとても思えないほどだ。後半の内容がシビアだったことを考えると猶更だ。
僕はゲームの中でしか“良い結果が出ること“に対して責任を持てるほど強くないが、玲姉は最初からその自信があったという事なのだろう。
僕たちはこのようにして翻訳機に対してしっかりと発声し、ちょっと時間を待つというコツを得たのだった。




