第70話 失っていた笑顔
声が被ってしまってとっても恥ずかしいです……。
ある意味心が通じ合っているという事で前向きに捉えた方が良いでしょうか?
で、でもまた話そうとすると被っちゃうかもしれないので話し出せないです……。
「えっと……島村さん先にどうぞ」
と、ドギマギしていたら虻輝さんが譲ってくれました。
口を開くのすら恥ずかしい気分ですけど、いつまでも黙っていたら何も進展しないですよね……。
「その……私との組み合わせは嫌でしたか?」
「そんなことはないけど……まどかが言う通り仲良くしたいというのは本当だし」
「それならどうして、籤を引いたときに固まっていたんですか?」
「あ、いや。笑顔になろうとしている時にちょっと毒舌は勘弁して欲しいなぁって……。
“笑う事も出来ないだなんて精神が歪んでいるか心が汚れているからなんじゃないですか?” とか言われることを身構えていたぐらいだし……。
そんなことを言われたら笑顔になるどころか表情が凍り付いちゃうと言うか……」
な、なるほど。虻輝さんにとって私はそういう風に見られていたんですね……。
「正直に言ってしまっていることを“毒舌”と捉えてしまっているのでしたら、本当にすみません」
他に言いようが無いので取り敢えずそう謝って頭を下げました。
「そ、そう……。それなら良いんだけど……。あと、悪気は無いと思うから別にそんなにかしこまらなくても……。僕も失言ばっかりだしね?」
ちょっとでも“虻輝さんの中の私のイメージ”をまともなモノにしていかなければ……籤で私と組まれた段階で凍り付いてしまうような状況は耐えられそうにありません。
「私もそんなに笑顔が得意じゃないんで、指摘するようなことは無いと思います。
“笑顔の練習“をしていたぐらいなんで……」
(第4部第5話)
「そうなの? 島村さんは美人なんだから笑ってた方が絶対にお得だよ。
皆からも優しくしてもらえるだろうし」
「そ、そうですか……。これで――ど、どうですか?」
私の中では柔らかい感じをイメージして、目いっぱい自然に笑っているつもりです。
「元の顔立ちが良いから可愛いのは間違いないけど、どこかぎこちないね。
唇の端がヒクついているし……」
「……どうすれば良いんでしょうか?」
虻輝さんの前だから緊張しているという可能性もありますけどね……。
「さっき玲姉から言われたんだけど、嬉しかった時のことを思い出すと自然に笑顔になれるみたいだよ。僕はゲームの世界大会で優勝したことを思い出すと笑えることが分かったね」
「……私、最近そんなに嬉しいことって無かったかもしれません。
心の底から笑えるなんてことは特に――毎日、生きるのに必死でしたからね。
家族がバラバラになる前はどういう風に笑っていたんでしょうか……」
多分、愛想笑いとかその場で“笑わなくてはいけないから笑っている”とかそういう感じだったと思います……。
「そ、そうなんだ……。これは僕にも責任があるだろうね。本当に申し訳ない……」
あ……虻輝さんとても落ち込んでいます。そう言えば、自分のせいで私の家族がバラバラになったと思っているんでしたっけ……。
「で、でも気にし過ぎないで下さいね。
あなたのせいでこうなったわけでは無く、社会システムに私の家族がたまたま飲み込まれてしまっただけですから……。
不幸な家族の一つに過ぎませんから……」
「ところで、こんな雑談で大丈夫なのかな? ほとんど笑顔にもなっていないし……」
「疑問はもっともですけど、私たちの目の前の仮面の方々からは抵抗しても無駄だという諦めの雰囲気がありますからね。
私たちが危害を加えないという姿勢が大事ではないでしょうか?」
「確かに最悪は無理に笑うことは無いね。島村さんは何もせずに立っているだけで美人だし」
「そ、そうですか……」
私はこれまでチラチラと虻輝さんの方を見ていましたが恥ずかしすぎて全く見ることが出来なくなりました……。
でも、周りが美人過ぎて単純に「美人だ」というだけでは全く駄目なんですよね……。
そんなことを考えているうちに、ふと思い出したことがありました。
「あ、でも。玲子さんに初めて会えた日は凄く嬉しかったですね。
憧れの人が思った通りかそれ以上の方だったのでもっと精進しなくてはと思いましたから」
「いやぁ、あの時のことは僕も印象的だったね。
というかそれより少し前にブラジャーの上から島村さんの胸を触ったことが印象に残っているんだけど……。
欲望のままに“襲う”ことは容易いんだろうけど、絶対に心の傷として永遠に残るだろうから超えてはいけないラインだと思っているんだよね」
また虻輝さんが失言気味ですけど、ここは指摘せずに抑えた方が良いんですよね……。
「相手のことを考えておられるのは優しい証拠だと思いますよ」
「ぼ、僕が優しい? いやぁ、男をあんまり信用しない方が良いと思うけどね。襲われるだけだよ?」
「……でもあなたは体目的では無さそうですよね? 最近私が“誘って”も応じてくれないですか……」
「いやいや、それは玲姉から“両想いじゃないとダメだと”キツク言われているからね。
僕の精神が健全だからでは無いよ」
「……一体あなたは何を考えているのか全く分かりません。
どんな方がタイプなんですか?」
「僕は基本的に誰とも付き合うつもりは無いよ。皆で仲良くやっていければ――と思っているだけでね」
「は、はぁ……」
答えになっていないですよ……。
何かそれこそ引きつっているような表情をされているので釈然としない気持ちはあるのですが、
今の私と虻輝さんの関係では追及したところで教えてくれそうには無いですよね……。
「でもちょっとは会話が出来て良かったよ。
島村さんが僕と仲良くしたいというのも本当だという事も分かったしね」
「そうですか? それこそ私を信用しきるのも危険では無いですか?
そもそもあなたのお父さんを殺しに本社まで乗り込んだわけですけど」
「ハハハ……中々手厳しいね。でも、美人に殺されちゃうのならそれはそれで許せるかな。
“男のサガ“と言う奴で死ぬわけなんだからね。
それに殺そうと思えばいつでも殺せたんじゃないの?
僕なんて家にいるときなんて隙だらけだろうし」
「……確かに隙だらけですね。ほとんどの時間ゲームに時間を注いでおられるみたいですし。どこかボーっと明後日の方向を向いている印象があります」
「島村さんは分からないと思うけど、コスモニューロンって言うのはそう言うものだからね……。
でもこうやって会話が出来て良かったよ。
島村さんとは大学は一緒ではあるんだけど、隙あらば遊んだりお金で単位を買おうとしている僕。
それに対して真面目に大学を通って、休んでいる間も出席日数や単位について考えている島村さん。
全く違った人種と言えるために会話になる気がしなかったんだよね」
「どこか見えない壁があるような気がしましたよね。
これからはもっと仲良くなりたいです」
「ここでは9人で協力して頑張るしかないし、
日本に戻っても再び同じ屋根の下で共同生活をすることは間違いないからね。
お互い情報共有をしていこうね」
「はい。そうですね」
「あ、今! 良い笑顔出来ているよ。鏡が無くて確認できないのが勿体ないぐらいだね」
何か私とズレている感じは拭えないですが、一つ大きな峠を乗り越えたような気がします。
今、私は心の底から笑えているかもしれません。




