第68話 「言語の壁」の乗り越え方
玲姉と会話を終えてブラブラしていると、為継が珍しく眉間に皴を寄せて唸っていたのが目に入った。
「為継どうした? 何か苦戦しているようだが? 僕じゃなくても誰かに相談した方が良いぞ?」
僕が為継が悩んでいることを解決できる可能性はゼロだが、僕の背後でこんな時でも爪を整えている玲姉がきっと何とかしてくれることだろう(笑)。
「いえ、それほど深刻なことではありません。
……現状。彼ら仮面の原住民の話す言葉について分析をしました。
その結果、私の言語データーベースからでは全く判別できない未知の言語ということです」
「え……そうなの? 為継の持っているデータだと地球上のあらゆる言語が入ってるんじゃ……」
「激しいイベントが続いたために衝撃によるシステムの誤作動の可能性もありますが、我々の日本語は普通に検出されています。やはり未開の地であることから、独自の言語文化になったのかと」
「しっかし、言語が全く通じねぇのは厄介っすなぁ。
何言ってんのかサッパリ分かんねぇと何を主張してんのかも分かんねぇ……」
気が付けば1時間が経って輝成と後退した景親がそこら辺の雑草を頬張りながらそう言った。コイツは本当に自由な奴である……。
「ちなみにどうだった周辺の状況は?」
「あぁ、2人ほど襲ってきたのを撃退しましたぜ。
遠距離攻撃さえ対処できれば、問題なさそうですぜ」
「景親のように元気に撃退できる状況ばかりとも限りません。
このまま交流できないのは本当に困りますな。このまま拘束し続けたり、残る仲間の襲撃に備えなくてはいけませんから」
輝成も能天気な景親と違って為継と同じように困惑している様子が見て取れる。
交流すらできないだなんてどうしたらいい? そんなあても無い問いとなって沈黙が落ちた。
為継が対処できないとなれば一体全体どうしたら良いのか分からなかったからだ……。
では、見回りに行ってきますと輝成が出ていった。
何も状況は進展せず、溜息と能天気な景親が残った。
「まぁ、これまで科学技術局ですら解析できなかった無人島の原住民なんだから、独自の言語を持っていてもおかしくはないよね。
警戒しながら研究と言うのは果たしてできるのか謎だけど……」
何の励ましにもならない発言しかできない自分が嫌になる……。
「皆そんな暗い顔しないで、私が何とかして見せるから」
それまで静かにしていた玲姉がサッと僕たちの間に入ってきた。
いつものように胸を張って自信満々だ。
「え? 玲姉はこの人たちの言語も分かるの? どこかで聞いたことがあるとか?」
玲姉は何か国語も話せる超人だ。今どきはコスモニューロンで自動変換してくれるわけだが、そのツールすらも補って余りあるほどである。
その言語能力は為継のデーターベースすらも上回るのか……?
「いえ、全く分からないし。初めて聞いた言語体系だわ」
「えぇ~~!」
ズルッとその場で崩れかけた。
それでこれだけ胸張って自信満々なのは凄すぎるだろ……。
「でも、言語って言うのは必ず一定の法則性で成り立っているものなのよ。
全くの法則性が無ければ仲間同士だってコミュニケーションに支障が出るでしょう?
私がすぐに色々な言語をマスターできるのもその法則に着目しているからよ。
だから、ちょっと時間はかかるけどやり方次第では確実に解読できるようになるわ」
以前聞いた話では玲姉は適切な教科書があれば、なんと3日もあれば言語を習得できるという。未知の言語に対してすらもこの確信に満ちた表情と発言はそれすらも嘘ではないことが分かる……。
まさしく僕とは“次元が違う”のだ。
「なるほど、そういう手もありますな。私も協力しましょう。
言語の法則性について私も検証していきますし、データーベースに入力して体系化していきます。即席でツールを作っていきます」
「それは大幅に時間が短縮されそうで良いわね。私だけなら丸1日かかりそうだから」
「ええ。質問の仕方についても工夫していきましょう。
名詞と動詞、助詞の区別の仕方については対話を重ねていくうちにわかるでしょう」
「大人しそうで会話がしやすい方を見極めるわね。
言語の内容が分からなくても思考パターンが過激かどうかは大体わかるからね」
玲姉と為継の会話には全くついていけない……。
ついさっきまで同じ世界にいたのに、一気に蚊帳の外に追い出された感じだ。
物理的な距離は変わっていない筈なんだが……。
と、思っていると玲姉は笑顔で振り返った。
「私たちが言語の分析をしている間に、皆は彼らを安心させてあげて。
そちらから危害を加えなければこちらからも危害を加えないという事を示して欲しいの」
疎外感を感じたところですかさず玲姉がフォローしてきたのは流石だ。
「具体的にはどうすんのさ?」
「笑顔で手を振るぐらいで良いわよ。表情や態度は世界共通言語だと思うからね」
確かに先ほど仮面の人たちに包囲された時の殺気に近いものは僕たちにも通じた。
言語が分からなくても「通じ合える雰囲気」みたいなのはあるのかもしれない。
「はぁ、しかし僕は意図して笑うのはそんなに得意じゃないんだよなぁ……。
僕ハッキリ言って笑顔に自信が無くって……」
「そう? 自然に笑っているのはとっても素敵だと思うけど?」
サラリと照れることを玲姉は言ってくれる……。
「そもそもの話、このマスクを着けてると相手から顔は分からないんじゃないの?」
「いえ、それには及びません。どうやら、現時点ではあの霧の成分は出ていないようです。
しばらくは外していただいて構わないです」
「それを早くいってくれないと……。マジで呼吸しにくいんだから……」
「こんな作戦になるとは思いませんでしたので」
「……為継はマスク外さないの?」
僕はマスクの紐を緩めたが、為継は全くその動きをしそうにないので気になった。
「私にしか判断・処方できない薬もありますから。念のために付けておきます。
比較的呼吸も浅い方ですし私の健康についてはご心配なく」
つまりはまだまだ外気は危険だと言いたいんだろうな……。
ただ、かといってマスクを着けていれば笑っているかどうかすらも分からないので外すしかなかった……。
どうなるか分からないから恐る恐る外したが――ふぅ、久しぶりの空気が美味しい……。
「美味しい空気とリスクがトレードオフになる日が来ようとは思わなかったな……」
「ま、多少のことなら私が何とかするから安心してよ。
ほら、ほら。笑顔笑顔~!」
玲姉は僕の口角を無理やり上げさせた。
「かといってその“素敵に自然に”なんて笑う事なんてできないんだが……。
今みたいな不気味な感じにしかできないよ」
「それなら何か嬉しかった時のことを思い浮かべればいいのよ。
例えばゲームの世界大会で優勝した時のことを思い出してみて?」
ステージで優勝した瞬間に自分の名前が呼ばれた瞬間を思い出した。
優勝は――虻利虻輝ですっ! 一気に歓声が会場中から沸き立つ――。
体全身から高揚感が弾け出ると共に、幸福感が蘇ってきた。
「……いたって単純ね。でも、とってもいい笑顔だわ」
「そりゃ良かった。ちょっとは自信がついた」
「次からは口に出さないでやってみてね。
私たちの作業は非常に繊細だし、ナイーブな相手には逆に怒鳴られそうよ」
「あ……声に出てた?」
「うん……うるさかったよ……」
「迷惑をかける人の特徴として、自分自身に自覚がないことがあるようです。
その典型例とも言えそうですね」
振り返ると、気が付けばマスクを外していたまどかと島村さんが立っていた。
この2人からは相変わらず散々な言われようだった……。
コイツらホント僕に対して容赦しないよな……。一緒に行動したくねぇ……。




