第66話 手加減戦
僕は包囲されて弓などを向けられてパニックになりかけたのを必死に抑えようと、膝を掴んだ。意思に反して勝手に走り出さないようにするためだ……。
「上手い方法ね。ちょっと前から気配がするなと思って警戒してたけど、徐々に包囲網を狭めるように動いていたから。
狩りとかも相当慣れているんじゃないかしら? この島以外には大型動物もいるのかもしれないわね」
謎の人間? に囲まれていながらも玲姉は冷静に周りを見極めていた。
「あらゆる分析をしながら気づいていたのは凄いけど、感心している場合じゃないでしょ! どうするんだよこれ!」
「◇▽×●!」
さっきからお相手さんは全く意味不明な言語を使って永遠と話し合ったり、叫んだりしている……。
ただ、何となく分かることはあまり友好的ではなく、弓矢や鏃のようなものをこちらに向けてきていることだ。
ただならぬ雰囲気も感じるし、相手の意図としてはこの場から遠ざけたい――最悪は殺したいと思っていそうだ。
しかし、玲姉が目的地の目と鼻の先のところで休むことを許可したのも、ここが木の根元よりも見晴らしが良いからかもしれなかった。
玲姉の深い思考は計り知れないから……。
「凄いお面ですね……。日本の文化からは考えられません……」
「でも、建山さん。私たちも私以外はガスマスクを着けているわけで、“変なマスク同士のご対面”と言う感じはしないかしら?」
「流石は玲子さん、その視点は思ってもみませんでした。
お互い初見の文化ですからね。あの方たちは一体何を考えておられるからあのような奇妙な模様をしているのか興味がありますね……」
玲姉と建山さんはこの状況下にも関わらず、背中を合せるようにしながらそんなどうでもいい議論をしているんだから実にマイペースで神経が図太いと言える……。
ただ、口調や内容とは裏腹に相手への警戒は怠っていないから、この意味を感じさせない会話は僕たちを安心させるものなのかもしれない……。
「こんな包囲された状況でも余裕があるのは良いことだけど、
どう対処すればいいんだ? まさか何もしないわけじゃないでしょ?」
僕がそう質問をすると玲姉は表情を引き締めて、皆に向き直った。
「皆、こんなにも敵意を向けられてはいるけどもあんまり手荒な真似はしないで。
せいぜい気絶させるぐらいにして頂戴。加減の仕方を覚えるのも強くなる第一歩よ」
相手によって手加減の仕方が違う玲姉が言うと言葉の重みが違うな……。
「わ、分かりました。ただ持っている弓は雰囲気的に毒が塗ってありそうなんですが……」
弓の取り扱いに関してプロである島村さんが言うならこれも間違いなさそうだ。
確かに、それぞれの弓の先端には何か異質な液体が塗ってあるような感じがする。
「私と建山さんで弓矢は防御するから安心して。輝君は役に立たないし、小早川君は色々な機器を持っているから全てが終わるまで私たちの陰に隠れていてね。
他の皆は私が合図してから各自相手の動きを封じて」
悲しいことに僕は露骨なまでの戦力外通告を受けたが、動いて足手纏いになるぐらいなら何もしない方が良いだろう……。
今朝の夢の中だとこういう状況になった時、僕はパニックになって暴走してやられちゃったんだよな……。
そんな末路にならないためにも指示通りにした方が良いだろう……。
「何か、長めの棒みたいなものを貸して下さい。弓を一気に振り払いますので」
「良いでしょう。これを使ってください。本来は上空から撮影するための機材ですが」
為継は建山さんに2メートルぐらいの金属の棒を組み立てて渡した。よくあんなの入ってるよな……。
「良い感じですね――あっ! 相手から攻撃が来そうですよ!」
建山さんが金属の棒をパシッと受け取る。それを何かの攻撃的なサインかと思われたのか一気に全方位から弓が放たれる!
「さぁて、弓を撃ち尽くしたら小早川君の持っているロープで確保して頂戴!」
玲姉はそう言うと思いっきり地面に向かって拳を叩きつけた!
すると、砂埃が舞い上がり壁となる。こっちには上手い具合に影響が薄いのだから本当に巧みだ。
逆方向の建山さんは為継から貰った金属の棒を一気に振り切った!
ビュッン! っというその風圧だけで広範囲の弓を失速させていた。何つースイングスピードとパワーだ……。僕ならあの金属の棒を持っただけで骨折しそうだというのに(笑)。
「☆●□▽! ☆●□▽!」
お相手さんは何を言っているかは分からないが、流石に動揺していそうだった。
一部はどこかにかパニックになって逃げ出したり一心不乱に弓を撃ちまくっている。
心配するな。こっちもこの2人のパフォーマンスに驚いているから……。
時期に、相手は持っていた弓を撃ち尽くしたようだった。
「行くぜ!」
景親が先陣を切って突撃していった。
それに続くように、まどか、島村さん、輝成が一気に怯んだ相手の確保に移った。
為継が持っていたロープを活用してそこら辺の気に縛って手際良く動きを封じていった。
相手は最初は抵抗していたものの、玲姉と建山さんが最後の“締め上げ“をすると抵抗が弱くなった。
「お疲れ様~。何とか誰も怪我人を出さずに終わったわね~」
玲姉の作戦は見事に成功した。元から住んでいた方々も傷をほとんどつけなかったようで、そこはとても良かったと言えた。
「ふぅ……何とか終わったねぇ~。またシャワー浴びたいよぉ~」
まどかが手をパタパタさせてヘバッテいる。
今回は最後の段階で良く働いたと言えるが、コイツは昔からよく動くがすぐに汗びっしょりになってヘバる印象があった。
頬っぺたが上気して赤くなっていて触りたくなってきた。
「いやぁ、相変わらず頬っぺた柔らかいなぁ~!」
「ふにょぉ~! ひゃにすんのぉ~!」
皆がやってくれたから、僕は完全に傍観者だったわけなのだが、正直言ってかなり疲れた……。
あり得ないほどのストレスに晒されているからだ……。
そんな中、いつも抵抗せずにプニュプニュの頬っぺたを引っ張らせてくれるまどかはかなり癒されると言えた。
「遊んでないで、この辺りを当番制で警戒しましょう? まだ仲間が潜んで私たちを狙っている可能性があるから」
「確かに長期的なゲリラ戦が一番神経を消耗しますからな。
相手は警戒心も強そうですし、見回りをするだけで効果がありそうです」
玲姉が言うと為継が同調した。
「よっしゃ! 俺が行きますぜ! 見つけ次第ロープでまたグルグル巻きにしてやります!」
景親が元気に立ち上がった。コイツは声も大きいし、体力が化け物クラスでありそうだ……。
「それじゃぁ、1時間おきに北条君、知美ちゃんとまどかちゃんグループの3班の交代で見回りね」
「分かりました」
島村さんが答え、輝成が頷いた。
「あの、僕は?」
「輝君は相手に拉致されたりしたらたまらないから黙って座っていなさい」
「えぇ……」
「それより、輝君はいつまでまどかちゃんの頬っぺた握ってるのよ……」
「あ、スマン……つい、触り心地が良すぎて……」
流石に解放してあげた……。うわぁ、まどかの両頬に僕の指の跡がクッキリ残ってる……。
「うぅぅぅぅ~! あたしの頬っぺたがぁ! いつか10メートルぐらい伸びるようになっちゃうかもぉぉぉぉ!」
そう言って僕に向かって拳を振り上げてきた。
僕は交わしながら走り出した。
「こらぁ! お兄ちゃん、待てぇ!」
僕とまどかは太平洋の孤島であろうと同じことしてるな……と思いながら、ちょっと安心したのだった。




