第65話 目的地前の休憩
この海域から脱出するきっかけを探ろうと大木の根元に向かっているわけだが――呼吸がしにくいと言うだけでこんなにも歩くことすらも難しいのか……。
と、痛感させる行進だった。目の前を歩いている為継の背中を追っていくので必死で、どれだけ歩いたのかも分からない……。
元々、世界大会に出場するとき以外は引き籠っているために、動くことそのものが苦手なわけなのだが、それにしてもフラついた。
マスクのせいで視界が狭いこともあってあちこちにぶつかった。
そしてついに、地面に手を付き大きく息をついた。
「あぁ~。外の酸素を吸いたい~。深呼吸してもほとんど肺に酸素が入らないじゃないか~! 次の改良から酸素吸入器も付けてくれ~!」
「なるほど、その意見は貴重ですな……。後は真横をもっと見やすく出来れば……」
為継は黙々と僕の愚痴を“レビュー”としてまとめているようだった。
こんな時でも自分の持ってきた機器の改良について熱心な奴だった……。
でも、将来の改良も大事かもしれないけど今の僕を助けてくれ……。
しかし、為継は相変わらず色々と機械に入力しており、僕の身体の状況について全く考慮してくれ無さそうだった……。
「ちょ、ちょっと休憩! これ以上歩けないんだけど……」
普通に声を出すだけではくぐもった声になってしまうために思わず叫んだ。
僕は最後尾をノロノロと歩いて遅れかけていたために皆振り返った。
「あとちょっとで到着しそうですし、俺が背負って運びましょうか?」
景親が駆け寄りながら提案をしてくれた。それは助かるぅ! 確かに大木の根元は目と鼻の先にあるが、そのあと少しの距離が今の僕には極めて厳しい。
「ダメよ! そんなことをしたら訓練にならないわ! 5分休ませてあげるから甘えないの!」
あの大きな背中の景親がタクシー代わりになってくれるならどんなに楽だろうか……。
先頭を歩く玲姉は鬼の化身に違いない……。僕をイジメ殺すために地獄から派遣されたのだ……。
「そんな恨めしそうなことを思わない! 私は鬼じゃないわ! 輝君がこれ以上身体が弱くなったら、いよいよゲームの世界大会ですら勝てなくなるんだから!」
まぁ、確かにそうかもしれないんだけどさ。僕の身体の限界があるんだよ……。
「仕方ないから休むことにしましょ。目の前にして休むだなんてとんだお笑い種だけど」
大変疲れているために何も口に出さなくても玲姉が反応を返してくれるのは本当に便利ではあるが、議論する余地すら与えてもらえない感じがあるのがな……。
何度もぶつけたためにマスク越しにも僕の膝や脛は血塗れになっているのが分かった……。
強制されるような状況でなければ絶対に砂浜で待っていたことだろう。
しかも、辿り着いたからと言って責任が重い決断を押し付けようとしているんだからたまったものでは無い。
ゴールしたら好きなゲームができるとかなら話が変わってくるけどさぁ……苦痛が待ってるとかどんな地獄の罰ゲームだよ……。
「先ほどは虻輝さんの様子に気づけず申し訳ありませんでした」
建山さんが休憩に入ると寄ってきた。
女性グループが前、男性グループが後ろと言う陣形だったために僕はある意味気を遣わずに歩けていたとも言えたわけだが……。
女の子たちを前にすると色々な意味で緊張が走るから……。
「いや、為継や景親がいたから何の問題も無かったよ」
「でも、虻輝さん大丈夫ですか? よろしければ休憩が終わったら先導して差し上げますよ」
建山さんがそう言って僕の手を握ってきた。思わぬ行動だったのでギョッとした気分になると同時に興奮を抑えながら振り払った。
「い、いや遠慮しとくよ」
「そうですか? 無理なさらない方が良いような……」
こんな美人にエスコートされる権利を自ら放棄するのは勿体ないと思ったが――建山さんは何を考えているか分からないし、特攻局に所属していると言うだけで警戒しなくてはいけない……。
「そうそう! お兄ちゃん1人だと歩けないレベルだよ! あたしがいないと!」
「いえいえ、ここは私が!」
視界が狭くてよく分からないが、声からすると左からはまどかが、右からは島村さんが代わりにやってきて腕を掴もうとする。
「皆駄目よ。マスク着けていて視界が狭いんだから。私だけなんだからね? 視界を確保できているのは」
そう言いながら玲姉はまどかと建山さんに体を確保される前に僕を隣に無理やり連れてきた。
何なんだこの争いは……。
皆は何を競っているんだろうか……? 僕の反応を愉しんでいるだけなんだろうか……。
ついさっきまでボロボロの身体、意思決定の責任が降りかかってきたという最悪の気分だった。
しかし今では一転して美人女の子に囲まれるという天国に近い状況にもなっている。
「ねぇ……。そんなに他の女の子に鼻の下を伸ばすなら。私が忘れさせてあげるわ――」
玲姉がドキリとするようなことを耳元に囁きかけてきた。
僕はその甘い息に思考が崩壊してきた……。
と思った瞬間に、バシッ! っと思いっきり額に衝撃が走って大きくよろめく。
玲姉がビュンっと引き戻して元の位置に戻った。
「いったぁー! 何すんだよぉ!」
――どうやらデコピンを受けたようだった。マスク越しにも関わらず強烈な一撃だった……。
「でも浮ついた気分からは脱却できたんじゃないの? それでも手加減をしたつもりだし。輝君もまどかちゃんによくやってるわよね?」(直近では第2部24話)
「ま、まぁ確かに……」
凄いひりついている……真っ赤に違いない。
でも、僕と玲姉のデコピンじゃぁ威力が違うだろ。
玲姉が本気なら額に穴が開いていただろうし――それって死んでね? とも思うけど……。
“もっと甘くなること”で上書きをしてくれるかと思ってしまったのが本当に情けなかった……。でもマスク着けている状態で出来ることなんて知れているよな……。
「ほら、膝貸しなさい。治療してあげるから」
そう言って玲姉が、手をかざして暖かい光が出てきた。
痛みがスッと引いていき、傷口も塞がっていく。いつ見てもとんでもない力だ……。
癒しの力を持つ天女と言っても過言では無かった。
「いやぁ、ありがとう。正直もう完全に歩けなかったから……」
「いつも厳しいことを言うようで悪いとは思うけどね。
輝君の将来のことを考えて心を鬼にして指摘しているんだからね?
私はいつも輝君の味方なんだから信頼してくれないと」
「はい……」
厳しさと優しさを両方感じる瞬間だった……。
本質的には優しいから鬼の姿をした天女とでもいうべきか……。
「私は天女の姿をした天女ですぅ~!
本当はその身にその事実を叩き込んであげたいところだけど、“現状”を把握してもらう時が来たようね……」
えっ……? と思った瞬間に、
ガサガサッ! という数多くの生命体が迫ってきているのが分かった。
「いぃぃぃぃ! 何だコイツらはー!」
これまで一体どこにいたのか全く分からないが 何やら奇妙なお面を被った集団に取り囲まれた!
この不気味な仮面はこの世のものとは思えないセンスの仮面を被っており不気味であり、
今朝の夢で見たようなものだ……。
まだ、100メートルほど距離はあるものの一気に空気の緊迫感は急変した。
おいおい、また悪い正夢かよ……。




