第63話 入れ替わりパニック(下)
取り敢えずは残った7人は黙って夕飯の準備をすることにした。
船で移動をした後パニックになったのですっかり昼ご飯を食べ損ねてしまったが、
それでも空腹感は無かった。
不安が増幅し過ぎて胃が受け付けなくなってしまったのだろう。
玲姉や為継の能力や実績を信じるしかないのだ。
不安は尽きないがゲームの行動パターンを脳内で検証していくだけで時間は何とか過ぎていった。
しかし、こんな小説やアニメでありそうな状況に僕たちが遭ってしまうとは夢にも思わなかった……。
というかまだ“夢の中にいるのだ”と思いたい気分だ……。
カサッ! ガサッ! と軽やかに砂や草を踏むような足音が聞こえてきた。
「おぉぃ! 玲姉と為継かぁ!」
「そうよぉ~。遅れてごめんねぇ~!」
僕の声でそう言われると違和感が凄すぎる……。
どうやら僕(中身玲姉)が輝成(中身為継)を抱えながら走ってきたようだった……。
輝成の体格が190センチとトンデモなくデカいのでアンバランス感が凄すぎる……。
「時間がかかってしまって申し訳ありません。思ったよりも調査に身が入ってしまいまして」
ひょいっと、僕(中身玲姉)から降りると、朗らかな口調で為継は話始める。こういった雰囲気の時は上手くいったときに違いない。
「何か大きな進展があったようだね?」
「ええ。どうやら起きている現象としては“幻惑”を我々全員が受けていたようです」
「え?」
何を言いたいのかサッパリだ。他の留守番組6人も困惑しているようだった。
ゲームの世界だと“幻惑状態“だと攻撃が当たらなくなるか自滅するかの2択だが、とてもそう言うわけでは無いだろう……。
「どうやら、私以外には“入れ替わったように見えている”ということよ」
「は? 玲姉にはどう見えているわけ?」
「私は私だし、皆はいつも通りの皆の姿よ」
一瞬何を言っているのか意味が掴めず、頭を抱えた。
30秒ぐらいかかってようやく分かったのは、「幻惑」というのは実際は入れ替わっていないという事なのかもしれないということだった。
「そもそも誰も入れ替わっていなかったってこと? それどころか玲姉は入れ替わっていないと思っていただなんて。玲姉も入れ替わったような発言をしていると思っていたけど……」
「皆をさらに混乱させないためと、事件の全容を掴むまで話を合わせていたに過ぎないわ」
思い出してみると――確かに玲姉はいつもよりも慎重にに周りを観察している気がした。
それは、その場全員の思考を読み取って状況を把握しようとしていたのか……。
「そ、それで。つまりどういう事が起きているわけ? 結局は入れ替わっていないという事のようだけど……」
「小早川君の研究と私の予測を合わせると、皆の脳の神経回路がやられてしまっていて、エラーを発生しているみたいなの。
結果として、共通の幻覚でも見ているような気になっているんじゃないかしら?」
「え……そういうことなの……。だったら、実際は僕の身体のままなわけ? こんなにも目線が低いのに?」
「そうね。輝君の場合は輝君の中のまどかちゃんのイメージで“そういう気分になっているだけ”という事なのよ」
「マジか……」
こんなにもリアルに女の子の気分になった感じがするのに実際は元のままだなんて……。
僕の妄想の中でのまどかだっただなんて……。
玲姉と為継以外の皆も僕と同じようなショックを受けており目を白黒させている。
「逆にどうしたら、脳がエラーを起こしている状態から正常な処理を行ってくれるんでしょうか?」
「私の分析では、虻輝様が痙攣していた時のような状態に簡易的になっているということです。
自分の意図した動きが出来ないという意味では共通していますからな」
輝成(中身為継)が色々と機械で入力しながらそう話した。
「なるほど。我々も虻輝様が打たれていたような解毒薬を飲んだ方が良いという事ですか……」
「あんまり注射に頼りたくないけど、安静にすればこの状況は収まってくると思うの。一時的なことに過ぎないからね」
「くっ……またしても玲子さんに大きく水をあけられていることを見せつけられてしまったような気がします……」
景親(中身建山さん)が心底悔しそうに言った。玲姉への対抗意識は相変わらずである……。
「というか逆に玲姉はどうして幻覚を見ずに済んでいるわけ? ズルくないか?」
「獄門会って結構こういった脳を直接的に刺激して倒錯を行わせる幻想的な技も多いからね。小さい頃から色々と幻覚を見せられるような匂いを色々嗅がされてきたからね。耐性が出来てきたのよ。
皆の様子を見た感じ大体それに近い感じかな? と思ったまでよ」
「そ、そう。そんな過酷だったんだ……なんかズルいとか言ってゴメン……」
「子供の時点で中々ここまで耐性ができるのはいないって言われたから、安心していいわよ。何をやられても身体が全然壊れなかったのは私の最大の誇りだし、唯一両親に感謝していることよ」
僕(中身玲姉)はニッコリと笑った。その柔らかい笑みとは対照的に僕は深刻な闇の深さを感じた。
ホント、獄門会ってどれだけ不気味なところなんだよ……。
大王とは別の部門で身の毛のよだつような研究が行われているような気がした……。
玲姉は想像を絶するぐらい過酷な環境を幼少期を過ごしたんだな……。
「しかし、この霧の成分がどこから出ているのか? が重要になります。私の研究によりますと、あの大きな木が問題の根源ではないか? と思っています」
またしてもどこか空想の世界に旅立っていたのを為継が引き戻してくれた。
確かに、この島の中央には樹齢四桁ぐらい言ってもおかしくないぐらい太い木が堂々と聳え立っている。
先に流れ着いた僕たち3人はあまり食料が実ってい無さそうだね――という事で近づいていなかったが、そう言った作用があるかもしれないのか……。
「私たちが時間がかかっていたのはあの木からは特殊な磁場もありそうで、
先ほどの船のコントロールを失ったのもあの木のせいじゃないかって言う事が分かったのよ」
「え……そんなことがあるのか……」
「我々生命体からは微量ではありますが電磁波が出ています。
あの木からは、簡単に言えばこれまでなかなか検出されなかったタイプの電磁波が多く出ているという事です。
局長にこのデータを渡せばきっとお喜びになられることでしょう」
大王が喜んでいるシーンは想像するだけで“不気味”というその一言に尽きるがな……。
「そうなるとあの木は倒すか何かをして電磁波を防がないとこの島から脱出できないってことなのか?」
「ただ、あれだけの木ともなれば中々倒しちゃうのも忍びないのよね。
倒すこと自体は簡単だと思うんだけど……」
普通ならあれだけの大木はそうそう折れることは無いだろうが、玲姉と建山さんが飛び蹴りしたらひとたまりも無いだろうからな……。
「しかしながら、全く手掛かりがない状況でいましたからこのハプニングはある意味幸いしました。
あの木さえ調べれば何とかなりそうだという事が分かりましたからな。
機器を狂わせた原理を一刻も早く知りたいものです」
為継はこの島に上陸してから初めて声を弾ませているような気がする。
木が機器をも破壊する未知の原理持っていることが、研究者としての血が騒がせているに違いない――理解不能だけど(笑)。
「いやぁ、でも日本に帰ることが出来る希望が見いだせてよかった」
僕は為継とは違うものの日本に帰る希望が見いだせそうな気がして気分が明るくなるのが分かった。
「まずは皆の幻覚を解くのが優先だけどね……。
早まる気持ちが出てくるのは分からなくは無いけど……」
「あ……そういやまだまどかの身体の中にいる感覚のままだった……」
「虻輝様に先ほど投与した解毒剤は調合すればすぐに人数分出来ます。
取り敢えずは食料を調達して食べた後早く休むことにしましょう」
今日はこの間のような体調の異変も無い。さっきは玲姉と為継がいなくて不安感があったが今はむしろ謎が解けそうで高揚感があるぐらいだ。
これでどうして幻覚が見えているのか正直言って分からないぐらいだ。
特に眠いわけでもないし、寝てるふりをして脳内でシミュレートし始めるか……。
「輝君はゲームの世界に勝手に行ってしまわないようにね。
私が輝君を中心に様子をちゃんとモニターしておくからね」
先回りされた……。思考を読まれているんだから当たり前か……。
「それじゃぁ、私が見張っておくから安心して休んでおくのよ~」
夕食をかき込むようにして食べた後、
例の“よく眠れるアイマスク”を強制的に付けられる。
この“身体が入れ替わったかのように見えてしまう状況”を打開するためには玲姉や為継の言う通りに休むしか無さそうだった……。
どうせ逃げられないんだし仕方ないか――。




