第61話 入れ替わりパニック(上)
下らない会話で時間を上手い具合に潰すことが出来て、霧が晴れてきた。
僕が“やけに霧が濃かったねぇ”と話そうとすると、なんと目の前に僕がいる!
そして僕が手を開いたり閉じたりしたと思ったらなんと随分と小さい!
この何だか頼りなく柔らかく薄っぺらい感じだけどどこか力強い手は――まどかか?
僕がまどかをコントロールしている――明朝に見た夢の通りになっているのか!?
「ちょっと輝君大丈夫?」
“僕”が話してくるがその口調や髪をかき上げるしぐさ(短いからスカッてるけど)はどう見ても玲姉だ。
やっぱり、僕がまどかになって、玲姉が僕に!?
「僕が僕に話しかけてきている……」
「アッー! お兄ちゃん! あたしの体を占領しないでよぅー!」
美甘の姿をしたまどかと思われる奴が発狂して僕をポカポカと叩いてくる。
「……何が起きているの?」
僕(中身玲姉)が腕を組んで周りを冷静に観察しているようだった。
「いや、待て。好きで占領しているわけじゃない!」
僕は体を庇いながら美甘(中身まどか)から離れる。
「ちょ! ちょっと! お兄ちゃん! あたしの体ヘンに触らないでよね!」
美甘の体に入ったと思われるまどかから抗議の声が上がる。
「オマエの体なんて興味ねーよ!」
「それはそれでムカツクゥー!」
じゃぁ、どうすりゃ良いんだ――あ、やりたいことが見つかった!
「それならこうしてやる!」
そう言いながら僕は自分の(今はまどかの)頬っぺたを思いっきり引っ張った。
いやぁ、相変わらずプニプニで良く伸びるなぁ~。
「あー! あたしの頬っぺたがー!」
「はははは! 頬っぺたが伸びる部分だけで1メートルぐらいにしてやる!」
「輝君! 体を占領しているからってまどかちゃんの嫌がることをしない! もぉ!」
そう言って僕(中身玲姉)が頬っぺたから強制的に離させた。
僕自身に引き剝がされているようで違和感が凄い……。
「ちぇぇ、仕方ないなぁ……」
しかしとんでもなく目線が低く感じるし、先ほどよりか暑く感じる――これが身長が低いデメリットか? 何となくまどかが身長にこだわっている理由が分かった気がした。
そして、下半身に“アレ”が無いとなんか“虚無感“が物凄くある……。自分の体では無いのに大切な何かを失ってしまったようなそんな感じが……。
「あぁ、憧れの玲子さんの体に――」
玲姉の体に入ったと思われる――島村さんだろうか? は興奮のあまり倒れそうになっている。
「あぁ……何で私は虻輝さんの体じゃないんですか!? こんなゴツゴツしたゴリラのような体で……! 玲子さん私と替わって下さいっ!」
景親が半狂乱状態だ。誰か分からんが、なぜそんなに僕の体に入りたいのか謎過ぎるが……。
「建山さん落ち着いて。こんな貧弱な体の中に入っても何も良いことは無いわよ」
玲姉はこの状況下にあっても至って冷静で、景親(中身建山さんだと分かった)をあしらっている。
パッと見だと僕が景親をあしらっているように見えるのが何とも言えないが……。
「そ、そうですよ。落ち着いてください。ちなみに私は美甘です」
見た目建山さんの美甘がそう言って僕(中身玲姉)と景親(中身建山さん)の間に入る。
もう何が何だか分からない……。頭がパニックになってきて熱暴走しそうだ……。
「我々は互いに入れ替わっただけのようで安心して良さそうだな為継」
「そうだな輝成。こうやって観察していると他人の家の芝は青いという感じがするだけで、やはり自分の体の方が良いような気がするな……」
為継と輝成はいつも通り平和だった……。
この状況を平然と受け入れられるぐらい冷静過ぎて逆に怖いぐらいだ。
影響が一番薄いからというのもあるかもしれないが……。
「うわ! スゲェ乳だ! こりゃたまんねぇぜ……」
見た目島村さんの言動を見ると、中身は景親のようだ……玲姉(中身島村さん)がすっ飛んできた!
「私の体に触るな。余計なことをするな。考えるな。いいな?」
島村さん(中身景親)に向かって水の矢を突き立てる。至近距離から放ったら頭ぐらい吹き飛びそうである……。
「は、はい……」
島村さん(中身景親)は大人しく手を上げて座った。
久しぶりに見た……鋼をも貫く強烈な瞳。景親は一瞬ですくみ上った。玲姉の姿だから尚更恐ろしさが倍増している。
どちらかと言うと、玲姉は笑顔でブチギレることが多いからこんな表情にはあまりならないから新鮮だよな……。
「伊勢さん。今度ろくでもないことをしたら、弓で精神だけを消滅させます――いいですね?」
「へ、へい……」
玲姉(中身島村さん)の圧倒的な凄味を前に、本当に精神を消しかねない恐ろしさを感じる……。
とにかく、あちらこちらでとんでもない騒動になりつつある……。
そんな中、パンッパンッ! と拍手の音が鳴った。
「皆、落ち着いて。ここで、誰の身体に誰の精神が入っているのかをおさらいしておきましょう?」
・輝君 ⇒ 精神 柊玲子
・柊玲子 ⇒ 精神 知美ちゃん
・まどかちゃん ⇒ 精神 輝君
・知美ちゃん ⇒ 精神 伊勢君
・建山さん ⇒ 精神 美甘さん
・小早川君 ⇒ 精神 北条君
・北条君 ⇒ 精神 小早川君
・伊勢君 ⇒ 精神 建山さん
・美甘さん ⇒ 精神 まどかちゃん
と、玲姉はスラスラと丸い綺麗な字で砂浜に書き始めた。
僕が思った通りの感じに皆の精神が移り変わってしまっているようだった。
「私の見解からすると、ただ体が入れ替わっただけで身体能力は元の精神のままよ。
例えば私は輝君の貧弱でどうしようもない体だけど、この様に――」
スッと僕(中身玲姉)が姿が消えて。すぐに元の場所に現れる。
「技が使えるから」
おぉー! と歓声が上がる。やはり“消える”と言う状況は見た目上ハッキリしているから最高のデモンストレーションだ。
しかし、“貧弱でどうしようもない体”と言うのはかなり余計な一言である……。
「くぅ~。本当にどうして私ではなく玲子さんが虻輝さんの体に……」
建山さんがまだまだ悔しがっていた……。
「こんな体の中に入っても何のメリットも無いわよ。
敢えて良いを挙げるとするならば、輝君の身体は鍛え甲斐がありそうという事が分かったことぐらいね」
「うげぇ……」
つまりある意味最悪の相手に僕の身体は掌握されてしまったことになる……。
「しかし、現在のところさしたる問題ではないにしろ、誰が誰だか分かりにくいのは非常に厄介です。
時間が経てば経つほどにこの問題を解決することが先決かと」
輝成(中身為継)はそう言った。口調が元々似ているから、中身の発言でないと分かりにくさが増している……。
だが、為継の認識としては間違っており問題は大ありのような気もする……。
美甘(中身まどか)からずっと睨まれてるし……。
「ええ、そうね。こんなに貧弱の上にしなやかさもない体ではお話にならないわ」
「僕はどちらかと言うと玲姉が技を使いまくって体が粉砕されないか心配だよ……」
僕の顔で玲姉の口調って全く合わないし……。玲姉の体で僕に向かって尊敬しているとか言っている島村さんもカオスだろ……。
「あたしはお兄ちゃんにセクハラされないか心配だよっ!」
「お前にセクハラすることは無いから安心しろ」
「うぅ~! むしろしやがれ~!」
コイツはホント何が言いたいんだよ……。
だが、男に体を占領されている女性陣は特に気が気では無いだろう。
僕はまどかの体に何かをしようとは微塵も思わないが――いや、どうだろう? 1人きりになったら何かしてしまうかもしれない。
女の子の身体が一体どうなっているのか興味が無いわけじゃないから……。




