第60話 濃霧中の茶番
休んでからいよいよこの島の本格調査を開始しようとしたところで、
いよいよ霧が濃くなり出した。
“霧が晴れてから行動しよう“と言う前提がそもそも崩れ去ったのだ。
「うわっ。凄い霧だ。手元すら見えないじゃないか……」
こんな10センチ先も見えやしない濃霧は正直考えられないレベルだ。
「取り敢えずは、動かないことが大事ね。ここは少し海からも離れているし、流されることも無いと思うから」
しかし休んで待っているだけで前も見えないと手持ち無沙汰なので、ここは僕が盛り上げていくしかないな!
「この島は特殊な環境になっており霧の状況まで予報が出来ていませんな」
「実はこの霧は僕の特殊能力から発せられているのだ! ドライ・アイス・ブレス!」
僕はブゥーーッ! っとわざとらしく息を大きく出した。
「なんだよそれ……。それに、お兄ちゃんが出してるのならさっさと止めなよ……」
「まどかぁ、お前は分かってないなぁ! これは僕がサボるための戦術なんだよ!」
「サボるための作戦なら口に出さない方が良いのでは……? あと、霧なら“ミスト“なのでは……」
島村さんが心底呆れかえった声で言ってきた。
「あっ! しまった!」
コスモニューロンが動かないと簡単な英単語すら調べられないから分からねぇ(笑)。
「お兄ちゃんホントに大学生なの……?」
「そんな下らない無駄口を叩けるぐらい輝君の体の調子が良くなってきたと前向きに捉えるしかないわね。
輝君は追い詰められたりすると心の殻の中に閉じこもるきらいがあるからね。
こんなふざけている状態の時は“輝君らしい”と言えるときね」
まどかと玲姉が次々に僕をけなす。そのコンビネーションはいつもながら完璧過ぎる……。
「良いじゃないですか! 虻輝さん気にしないでください!」
「お、流石建山さん――」
「こうしたよく分からないことをおっしゃるのも特技の一つですよ!」
建山さんそれフォローになってないから……。建山さんも何かズレてるよな……。
「そ、そうか……アハハハハ……」
僕は皆には見えていないだろうが、かっくりと項垂れた。
……僕がサンドバッグになっているだけにしか思えないが、会話に参加していない景親などのグループからも小さな笑いが起きているので、目的は果たしたといっていいだろう。
「こういう手持無沙汰の際には素数でも数えられるといいですよ。無の境地で時間を過ごすことが出来ます」
「いや! 俺なら筋トレするね! 今からスクワット1000回しますぜ! いっち! にぃー! さんー! 虻輝様もどうですかい!?」
為継と景親らしいそれぞれの時間潰しの方法だった……。景親は僕の真横にいるらしく、大変暑苦しい……。
「いや、どっちもすぐに行き詰って、できなくなりそうだ。
それをするぐらいならゲームのあらゆる局面での戦略パターンについて考えてみるよ。
過去の大会については覚えているからね。」
快勝した試合までは覚えていないが、負けてしまった試合は覚えている。
そもそも負けること自体が少ないし、かなり悔しいから克明に覚えているものだ。
「輝君はそういう事に脳の容量を割き過ぎているんじゃないかしら……。
だから普段の生活や学業が疎かになっているのよ……」
「でもさ、僕に出来ることって他に無くね? 一つでも世界一の分野があるだけマシじゃね?」
「……と言うか輝君はそもそも虻利家後継者の権利を勝手に放棄しているだけじゃない。
景君が赤井君辺りに襲撃されたせいで今輝君にお鉢が回ってきているだけで」
「いや、そこなんだよ。何が悲しくてそんなに僕がそんな“家”なんかに拘束されなくちゃいけないのかって。
権力とか別に要らないから。欲しい人にあげられるのなら上げたいし、玲姉にあげられるのなら優先的にあげたいよ」
「名門の家柄であればあるほど“血統”と言うのが重視されるからね。
輝君は生まれながらにして責務があるのだから全うしないと」
ホントそこにウンザリなんだよ……。
「ですが、玲子さん。虻輝様には虻輝様の良さがあると思うのですよ。
ここは“新しいタイプのリーダー“として皆に理解してもらう必要があると思います」
輝成は僕をリーダーに据えたいという意味では変わらないが、僕の今の状態を受け容れてくれているというのは大変ありがたかった。
そもそも僕は誰かの上に立てるような人間ではない……と言うかソッとしておいてほしいんだけど……。
「うーん……北条君の言いたいことは分かるけど、やっぱり輝君の現状は問題だと思うのよ。流石にリーダーが趣味のレベルを超えるぐらいのゲームをしているって言うのはねぇ……」
「何かの型に嵌ってしまって良さが無くなってしまえば元も子もないと思うのです。
こんな不思議な感じの方は私は初めて見ることが出来ました」
輝成から暗に“奇人”と言われているような気がしなくも無いけど……。
「でも、最低限の生きる力も無いような気もするのよ……
「玲姉がいれば大丈夫だから問題ないよ」
「私も常に一緒にいられるわけじゃないからね……」
「虻輝さん! 私もいますから! 特攻局が護衛を出しますよ!」
建山さん。それはそれで違う意味で怖いから……。
しかし、議論に終わりが見えないな……僕も含めてお互いにあまり主張を譲る気配がないために、話が前に進まないのだ。
「まぁ、皆が何を言おうが僕はマイペースで行くんで……」
「私も半分諦めて輝君のペースに合った方向性で行くから。逃げられたら困るからね。
案外、今みたいな輝君が否応が無く巻き込まれている状況は適度に成長させてくれるのかもね」
「現状維持ならそりゃ良かった。
巻き込まれている理由の5割ぐらいは大王が下らない案件ばかりをくれるんだよ。
まぁ、僕よりも玲姉や為継に実質的に頼んでいるんだろうけど」
「局長も虻輝様の成長に役立っているのなら何よりです。
局長の“お願い”と言うのはかなりの圧力がありますからな」
何せ命が懸かってるんだからな聞くしかないだろ……。
「それじゃぁ今この瞬間は束の間の休息という事だな。
もうちょっとサボるために――ドライ・ミスト・ブレス!」
しかし、僕が叫ぶと逆に霧が徐々に薄くなってきて皆の姿がおぼろげながら見えてきたのが分かった。
「お兄ちゃん、逆に霧が晴れてきてるんだけど……」
「ありゃ……」
「流石ですね虻輝様。逆張りですか?」
美甘までそんなことを言ってきた。景親は897……とか言いながらスクワットを相変わらず続けている。腰が壊れないか心配だが、コイツなら大丈夫かな? と思えてしまうが……。
ホントにコイツらは僕をリーダーにしたいのか貶したいのかよく分からんよな……。
僕の存在を良い感じで理解してくれているんでそこは大変ありがたいんだけどさ……。




