第59話 海流の強さ
この海域が奇妙である原因が金の亡者による闘争なのか? それとも幽霊の仕業なのか? その他なの要因なのか? という結論が見えない話をしている間に、徐々に霧が出てきていた。
それも10メートル前が見えないぐらいの濃霧になりつつあり、建山さんはオールを止めて為継の方に振り返る。
「どうしましょうか? 流れも少し早くなっていますが……」
いつもは強気な建山さんもこの前が見えなくなりつつある状況に対して流石に少し不安そうに眉を下げていた。
「海流から見ても予定航路からは外れていません。取り敢えず減速しても直進を続けてください。
直進をしている状態で突然別方向に強制的に向かわせる状況に陥るところが大きな分岐点です。
そこで景親にオールを1本渡して、一気に脱出しましょう」
僕はすぐ後ろについてきている玲姉に向かって同じことを“念波“みたいので送った。
玲姉はウンウンと頷いた。どうやら読み取ってくれたようだった。こういう時は大変便利だ。
――いつもは、僕の考えが披露されてしまうために、プライバシーが侵害されて困るのだが……。
それに対して“輝君にはプライバシーは無いのよ”と玲姉の顔が語っている感じがした。
マジで勘弁してくれよ……。
◇
更に暫く船が直進すると、何の前兆も無く船が急に左に旋回し始めたのが分かった。
「アッ! 伊勢さん助けを頼みます!」
建山さんと景親が一つずつオールを持って必死に漕ぎ始める。
それでもジリジリと左に進んでしまう。
なんて圧力がかかっているんだ……。
「あたしも手伝う!」
途中からはまどかも加わった。
皆、額に汗をしながらあらん限りの力を出している。
僕は手伝っても邪魔になるだけなので無事に日本に帰れるように祈るしかなかった。
しかし、いくら3人が頑張ろうとも元の進路には一向に戻りそうもない。
「……この様子では厳しそうですな。
今日はここまでにして、近くの島に停泊するとしましょう」
為継が静かな声で言った。
「え……ここまで来たのに……」
思わずそう言ってしまった。皆の必死の頑張りを無駄にしたくないから……。
「データは取れましたので無駄ではありません。事前の打ち合わせ通り、命の安全が大事です。試行回数を稼ぎましょう」
僕の心の声を読んだかのような反応をしてきた。
為継は様々な数値をつぶさに観察している。その判断は僕なんかよりも合理的で正しいのだろう。
「分かりました。今は安全に島に戻ることに注力します」
建山さんも為継を信じているようだった。
まどかと景親も肩を落としながら従う様子だ。
モヤモヤした気持ちは晴れないが、数メートル離れた玲姉の船にも同じことを伝えた。
先頭にいる玲姉は頷き、隣の輝成と島村さんに何か語りかけていた。
B班も、多少なりとも失望している雰囲気があった。
ただ、皆理解力は非常に高い。無謀な賭けをせずに僕たちに従ってくれているようだった。
こうして結局は元の島の出発した時から逆の位置に戻ってきたのだった。
多少、上陸するときに大きく揺れて転覆しそうになったとはいえ、スピードを落としていたので何事もなく戻ってくることが出来た。
「しかし、流石為継。判断としては英断だったな」
実際に波は砂浜ですら腰の高さまで来るようになってきており、現状人力で脱出することは不可能になってきている。
「虻輝様達が溺れたような事態が再び起きないようにするためにはリスクはなるべく下げていかなくてはいけません」
しかし、ただ生きていても無意味な活動ばかりを続けているのなら虚無感に襲われてしまう。
「何の成果も無かったわけじゃないよね?」
「ええ。今、様々な方向から分析をしています。お待ちください」
為継は僕の方を見ずに答えた。
ただ、隣にいても役には立て無さそうだ。むしろ邪魔になるだけだろう。
為継はデータ分析や研究のプロなんだから信頼してやらないとな。
他の皆の貢献をしたいと思った。建山さんが肩を回しながら僕に近づいてきた。
「ふぅ……なんとかなりましたね」
「お疲れ様です」
建山さんにタオルを渡すために脇から正面に持ってきた。
「ありがとうございます」
建山さんは笑顔でタオルを受け取ると、なぜかどちらかというとタオルを大切そうにしながら体を拭き始めた。“ぬくもりぃ……”と言う声が聞こえたような気がした。
一体何がそんなに良いのか……。
「ねぇ、あたしには?」
まどかが手招きしてタオルをせびってくる。
「ほらよ」
それに対して頭から被せてやった。
「ねぇ、雑じゃない? あたしに対して」
「別に良いだろ。妹なんだし」
「はぁ……そうだよね……。お兄ちゃんはそう言う人だった……」
タオル貰えたんだから良いだろ? 何を拘ってるんだか……と更に言い返したくなったが、原因は不明だがそれを言ったらまた拗れることだけは分かったので口にはしないことにした。
モヤモヤしたものが晴れない中、玲姉のB班も無事上陸出来たようだった。
「玲姉もお疲れ。はい、タオル」
「私はいらないから知美ちゃんたちに渡して。船の洗濯機で洗った乾いたタオルは貴重だからね」
涼しげな表情をしている玲姉。余力があるだけでなく、判断や発言も非常に大人の対応と言える。
僕も潮風と霧で体がベタベタになったのでタオル使おうと思ったけど、玲姉の発言を聞いて遠慮することにした……。
「でも、御免なさい壊しちゃったわ。オールがもうちょっと丈夫なら何とかなったと思うんだけどねぇ……」
玲姉は真っ二つになった2つのオールを申し訳なさそうに頬を軽くかきながら為継にソッと差し出した。
為継は静かに受け取り、しげしげと割れた口を見つめる。
「まぁ、皆無事なのが一番重要だよ。
しかし何という事だ……玲姉や建山さんの力でも脱出できないのなら終わりじゃないか……。ここで一生暮らすことになるのだろうか……」
「輝君……大丈夫何とかなるわ。
どうしてもこの島に引き寄せられてしまうのならこの島について調べた方が良いのかもしれないわね。普通の脱出方法なら難しそうだから」
為継は半分になったオールを置いて、僕と玲姉に見えるように機械の画面を見せた。
「ふむ、私が船に乗りながらこの異常な海域の中心地を調べていたのです。
するとこの島の吸引する磁場が抜きんでて高いことが分かりました。
この島周辺が、島の大きさを考慮しても難破船や墜落飛行機が抜きんでて多いこともデータ解析で分かってきております」
為継が画面を示しながら説明する。赤のポチポチがどうやら船や飛行機、赤の矢印が磁場を表しているらしいが確かに説明通りになっている。
やがて、為継は画面を霧で濡れてしまった部分を拭いて、カバーを付け始めた。
「空気中の水分は機械の故障の元ですし、電源もしばらく充電できませんのでまた後で分析するとしましょう」
「でもさ、この島について流れ着いた最初の日にまどかと島村さんと調べたけど特に何も分からなかったんだけど……」
「その時の調査はどちらかと言うと食料調達ではなかったかしら?
新しい視点で見るとまた違ったことが分かるかもしれないわ」
僕が言うと玲姉がすぐさま反論してきた。確かに視野が狭かったのはあるだろう。
「そうですね。磁場の中心があるかどうかについて考えてみたこともありませんでした。
ここに流れ着いてすぐの時は生きること・食べることに必死でしたから……」
島村さんが言うとまどかがウンウンと頷く。
僕は食べ物についても大変だったが、まどかと島村さんに迫られてそっちの方が身も心も持ちそうになかったがな……。




