第56話 生存確率が高い作戦
シャワーを浴び終わり、夕ご飯を食べ終わると今後の方針を焚火をしながら話し合う事になった。
缶詰がこんなにも美味しいと思えたのは人生で初めてではないか? と言うぐらい味わいすら感じて大満足だった。
「輝君も随分と元気になってきたみたいだし、いよいよこの島を脱出します」
玲姉は皆を見回すと高らかにそう宣言した。
“随分と元気になった“というのは先ほどの「シャワーの音盗み聞き事件」を考慮して大いに皮肉が含まれていそうだ……。
無論僕はボコボコにされて治療された状態あり、事情を知らない残る4人は当初絶句していた……。
「私が名付けたⅩ海域の地図はこうなっています。
現在は地形を確認したところこの真ん中の島に流れ着いているようです」
為継はそう言って地図を広げた。
コスモニューロンを使っているとリアルの地図を見ること自体稀だ。
僕は一体何年ぶりだろうか……。
Ⅹ海域は横長く広がっておりその中の真ん中の島を指さしていた。
「結構簡単に抜け出せそうだけど……?」
まどかがあっさりと言ってのけたが、確かにそんなに広くも無い。
「ところが、このあたりの海流は調査したところかなり特殊になっています。
Ⅹ海域のみでかなりの速さで水流が循環しているようで、
昨日の夕方流した調査カメラを装着した機械が翌朝には発見されたのです」
「へぇ……確かに流れが速そうに見えたけどそんなに……」
建山さんはそう言うと事態の重さを徐々に皆、把握してきた。
「我々は今エンジンを持っていない緊急脱出船しかありません。
何も策を講じなければ、この海域から脱出することは困難を極めるという事です。
推定時速200キロ無ければ突破することが出来ないと言った試算も出ています」
しかし、短期間の間でそこまで調査しているのは流石だと言えた。
ただ、それだけ厳しい中でも為継は表情を変えない。
「それで、どうするの?」
「データを見ている限り、やはりカーブの際には速度が落ちます。
その瞬間に一気に加速することで、Ⅹ海域の無限回廊から脱出することが出来ることが期待されます」
「流石為継、頼りになるなぁ」
「いえ、元はと言えば私が局長を止めることが出来なかったのです。
ここにいる全員を無事に日本に送り届けることが今私のできる最大のミッションです」
「いやぁ、大したものだよ。僕なんて完全に無力な存在だからさ」
僕はそう言うと為継は地図から目を上げ、目線を合わせてきた。
「虻輝様はよく無力だの実力が無いなどと言われたり思われたりしていることが多いようですが、私でもそう思う事があります。
今回の調査もあらゆるリスクを想定して準備をして臨んだわけですが、
結局のところ遭難すら防止することが出来ませんでした。
今となっては取り返しのつかないことですが“ああすればよかった”とか“こうすればよかった”などと色々思う事が多いです」
「そ、そうだったのか……」
「そうよ。私だって実力不足だと痛感するわ。
こんな皆で調査なんてしないで、私がワープしてデータを取って戻ってくればこんなリスクを背負う必要ないんだからね。
私もそう言ったレベルにならなくちゃね……」
玲姉は視線を落としながら呟いた。
そんなことが出来たら今だってヤバイのに、もう人間じゃないよ……。
魔女か宇宙人だよ……。
「結局のところ今できる最大限のことをこなすことが重要なのです。
虻輝様は自分が低いレベルにあると思われているから、無力感にあると思うのですが、
実際のところ虻輝様はお役に立っていますよ。
マイペースに過ごされているだけで、私は和むことがありますからな」
「そ、そりゃ良かった」
結局のところ馬鹿にされている感はあったが、できる人にはできる人なりの悩みがあるのだなという事も何となくは分かった。
天才だ、万能だ、最強だ、と散々祭り上げられながらも自分の目標としていた結果が出せないと非常に屈辱感や無力感を感じるのかもしれない。
「この作戦が為継と話した限り一番リスクが低いという事が確認されています。
とりあえずは生きていることが一番重要なので、試行回数を稼ぐことが大事かと」
輝成が言うと景親も頷いた。
「夜になると視界がほとんど捉えることが出来なくなるんで危険になりますぜ。
朝に動き出し、夕方に島に戻る決断をするのが基本的な考えの方が良いわな」
日頃の景親とは思えないほど真面目な話をしている。
しかし、リスク管理に関してはこの3人がプロと言ってもいいだろう。
「問題は海流から脱出できずに島に戻る時です。予期せぬ加速で上陸できないこともあり得ます。
緊急脱出用の船は耐久力にも不安がありますから岩に乗り上げることも困難かと」
為継が言う通り、確かにさっき見た限りゴムボートを強化した程度の船だから流石にすぐにやられそうだ……。
「いざとなったら私や建山さんが無理やり船を止めて上陸させるから心配しないで。
勿論船もなるべく損傷を与えないようにするわ」
全てを粉砕してきた玲姉は実績が物語っているので説得力が違い過ぎた……。
「私は船よりも命だと思いますよ。最悪は木を切り倒して船を作ればいいんですからね」
ロボットを蹴り倒す建山さんなら直径5メートルぐらいの巨木も蹴り倒しそうだ……。
「――そうね。輝君もこの方針で行くことで良いわね?」
「あ、うん。そうだね」
玲姉は、名ばかりのリーダーである僕に一応聞いたというところだろう。
僕には何のプランも無いので承諾するしかない。
「船はそんなに大きくないから5人と4人の2班に別れましょうか」
何故か僕の方に視線が集中する。特に女の子達から……。
「席順は籤引きにしましょう? 私はいつも通り余り物で良いから。建山さんも最後から2番目を引きなさい」
玲姉は沈黙を破ってそう言い放った。
玲姉クラスともなればどの籤が“当たり“なのか分かるんだろう。
席順ごときで何をもって“当たり”とするのかは謎なのだが……。
皆次々と籤を引いていき、焚火に照らされた砂に書かれた船に席が決まっていった。
「……」
玲姉は最後の籤を見る間もなく渋い顔をしている。
隊列として前から建山さん、まどか、為継、景親、僕のA班。玲姉、島村さん、輝成、美甘のB班となった。
“間違い“が起きてしまう可能性が下がる状況は安心できた。
玲姉はこの班分けがそんなに不満なのだろうか……。
比較的バランス良い感じになった気がするんだが……。
まどかが玲姉に耳打ちすると、玲姉はウンウンと頷いている。
そして、任せたわよと小さくまどかに言った。
「この間の虻輝様達のように海に投げ出されないようにするために班の中では鎖でつなぐことにします。
幸い、大柄の景親と輝成が別々の班に分かれましたので、良い感じの“重し”として活躍してくれることでしょう。
仮に景親と輝成が海に投げ出された場合、このように――」
為継は付いているボタンを強めに押して鎖の連結を外す。
「比較的に簡単に連結も解除できます。道連れにならずに済むという事です」
「なるほど……」
かなり冷淡ではあるものの、全員が巻き添えを食うリスクも踏まえてのことか……。
ただ、班分けで玲姉が微妙な表情をしていた理由も分かった。建山さんを心から信頼はしていないのだろう。
「そして最も重要な明日の運航に関する基本的な方針について本格的に話そうと思うけど、
海が静かな時間帯は分からなかったのでしょう?」
玲姉は声だけは温厚そうにして皆に言った。
建山さんの方を睨みながらで怖いんだけど……。
玲姉は建山さんがイカサマをしたと思っているんだろうか……。
「ええ。少なくとも我々が滞在している間に統計的に潮の満ち引きすらも分析することはできませんでした。
恐らくこのX海域特有の何かがあると思うのですが、僅か2日では法則性は分かりませんでした。
最早、“勘“以外使えるものは無いです」
為継はこの島に来てからしきりに機械を使ってデータを取り続けていたが、
そういう事を調べていたんだな……。
「出たところ勝負なら私に任せなさい。こう見えてもかなり勘は良い方だからね」
「私はデータを基に判断しますので2人の意見が合致した時に意思決定を行う事にしましょう」
何とも言えない沈黙が落ちた。いよいよこの島から脱出し、日本に帰れるかもしれない。
でも逆にリスクも非常に高そうだという事だ。
「取り敢えずは早く寝ることにしましょう? 寝れない人は小早川君からよく眠れるアイマスクを貰ってね。
本当はあんまり道具には頼りたくないけどね。寝ないことの方が危険だから」
玲姉は文明の利器に頼らなくてもいいかもしれんが、僕のような弱者は何かしらのツールに頼っていかなくてはこの緊張感のある夜を乗り切ることはできないだろう。
「それなら、早く強者になって欲しいものね……」
「思考勝手に読むなよな……」
「輝君の思考は無料公開サービスみたいなものよ。皆で共有した方が良いわ」
「僕にプライバシーは無いんですかね……」
僕の扱いは相変わらずなのだが、今日は玲姉達と合流できて本当に良かったと思った。
僕は知らず知らずのうちにまたしても迷惑をかけてしまったのは本当に申し訳なかったな。そんなことを思いながらアイマスクを付けた――。




