第9話 ベビーシッター受注
2055年(恒平9年)10月27日水曜日
朝6時……とにかく体が重かった。普段はあまり食べないのに昨日は出前寿司をたくさん食べたからだろう……。特に僕はイクラに目が無い。気が付けば輝いていた赤い宝石は僕の胃袋にほとんど消えていた……。こ、今度から慈悲深い僕は周りの皆にも分けてあげようと思う。
「あー! 良く寝れた~」
大きく伸びをしながらベッドから立ち上がる。そういえば満腹だったこともあるが、久しぶりに夢を見なかった気がする。一昨日も何か忘れたがヘンな夢だったし、何かしら不安に憑りつかれていたのかもしれない。
「あ、まどかおはよ~」
ただ、いざ立ち上がると胃もたれが激しい……昨日流石に食べ過ぎたのか……。
「うわぁ……随分とダルそうだね。二日酔いぃ?」
ちなみに僕は酒が飲めない。未成年だからというのもあるが以前口にしたとき倒れたのだ。
アルコールが早く回りやすい体質らしくドクターストップがかかっている。まぁあんなにマズイのは二度とごめんだから丁度いい言い訳を手に入れたぐらいに思っているが(笑)。
「いや、僕は酒が飲めないのを知ってんだろ。……純粋に食べ過ぎだよ……。」
「アハハ! 知ってるよ!」
まどかは底抜けに明るいところはホント良いよな……。悩みが無さそうって言うか、なんというか……こんなこと言うと怒られるから言わないけど(笑)。
「ところでさ、誰かあの後相談者って出たの?」
コスモニューロンで専用の掲示板を開設したので、相談者が投稿すれば自動的に通知をしてくれるので管理には問題なかった。
ぶっちゃけた話、通話するので良ければ部屋すら要らないのではないかと思ってしまうわけだが……。
「いや、相談なんて来ないって。大体、3000円払って素人に相談する人なんていないだろ(笑)。
無駄に悪名も広がったことだし、もう来ないだろうと思って僕はむしろ枕を高くして眠れたね。昨日殺到したのもタダで何万もするサインを貰えるからというだけだし」
「えー、意外と来ると思うけどな~」
あと、まどかは常に前向きでいる所もいいことではある。何かと思い悩むことが多い僕でも単純な思考のまどかを見ていると悩みが軽くなる感じはする。
ピロン。その時通知音が鳴った。緊急度が高いようなのでコスモニューロンが強制起動されて内容が表示される。
「あ……」
「どしたの?」
「あ……それが、まさかの噂をすれば相談者が出てきたようだ――何々? 突然のメール失礼いたします。私は高橋清美と申します。今日の午後両親も私もいないので7歳と生後半年の子供の世話を頼みま――これって」
そこで声に出して読むのをやめた。これ、ただのベビーシッターじゃないか……。
「まぁ、初仕事なんてそんなもんなんじゃないの? 大体どういうのを想像してたんだよ?」
確かにどんな仕事を想像していたのかと言われるとよく分からない(笑)。
どちらかというと探偵みたいなことをやるもんだと思った(笑)。
それを言うとまどかはその場で文字通り転がりながら笑った。
「ふっ……アハハ! くっくく……アニメや漫画の世界じゃないんだからそんなの頼んでくる人いないよっ!」
な、なにもそんなに笑わなくても……。
「し、しかしだなぁ……島村さんだって自分の家族の情報を集められればとか言ってたし少なからず僕みたいな想像をしていたんじゃないのか?」
「ゆくゆくはそうかもしれないけど、最初からそんなのが来たら逆にビックリだよ」
まどかはとにかく笑いまくっていた。し、失礼な奴だな。だが現実的に考えてみて実績ゼロの団体に来る話はそんなものだろう。悔しいのでこれは口には出さないが。
「まどかちゃん、おはようございます」
「知美ちゃんおはよう!」
「あ、島村さんおはよう」
島村さんがやって来た。僕は手を上げて挨拶をするが僕のことはまるで存在しないかのように島村さんは完全にスルーである。玲姉という“強制力”が無いと本当に酷い扱いだな……。
「皆さん、おはようございます。その様子だと何やら仕事が来たみたいじゃない。
後でそれについて話し合いましょうね。とりあえず、まずは朝ごはんを食べましょう」
玲姉が優雅ないつもの足取りで登場して颯爽と立ち去って行った。玲姉は僕が島村さんと決定的に関係が破綻しているのを知りながらこの仕打ちである。一体何を考えてるんだか……。
ご飯を食べ終わった次の瞬間に箸をおくと共に僕はさっそく意思表明した。
「僕は絶対に担当したくないね。大体僕、子供とか言うことを聞かないイメージしかないし好きじゃないんだ。正平やカーターにでも頼んでくれ」
僕は体の前で大きくバッテンの文字を作って拒否表明をする。
「それじゃ、今回の件は輝君が担当に決定しました~」
玲姉が無駄に爽やかで高らかに宣言している。
「ちょぉっ! 玲姉、今の僕の話聞いてたの!? 難聴にでもなったの!?」
「え~、“絶対にやりたくない“と言うほどのことなら逆にやらせたくなるじゃない~?」
僕の意見は恒例通り全く通らない。
先ほど言っていた“話し合いをしましょうね”とは一体何だったのか……。これがリアル悪魔か……。
「悪魔じゃなくてお姉ちゃんよ☆ フフフ……覚悟は良いわね~?」
玲姉が自分の箸をパラパラとした粉に変換させていってしまう……あの箸は僕の骨未来を現しているのではないかと思うとゾッとした。
「ひぃぃ、こ、こんな時に思考を読まないで欲しい……。っていうか大体、育児ロボットとか使えばいいだろ。難なら僕が500万円ぐらいのをプレゼントしてもいい」
「いや、どんだけやりたくないんだよ……」
まどかよ。それだけやりたくないんだ。
「輝君は知らないのね~。子育てをする際にはちゃんと親が育てないと学力や言語において悪い影響が出るのよ?」
「え……マジか……」
「なるほど。この人が色々と酷いのもちゃんとご両親からちゃんと育てられてないせいなんですね」
島村さんが僕の方を見ながらサラリと酷いことを言ってのける。
「小さな子供であればあるほど、ご両親の顔を見て言語を取得していくのよ。
ロボットによって育てられた子供たちはかなりの確率で悪い結果が出ているんだから」
玲姉が恒例のどこから仕入れたのか不明な情報を教えてくれた。
「そうだったのか……そういや、介護ロボットはかなり普及しているけど、子育てロボットはサッパリだって話を聞いたことがあるけどこういうことだったのか……」
「ということで、輝君頑張ってね~」
「ま、待ってくれ! 子育てに人手が必要なのはよく分かった。だが、それとこれとは話が別だ!」
「ふーん……」
玲姉の声が低くなりそれと同時に壁に手をやる。少しずつ、壁にヒビができ始める……これ以上逆らうとまた家が危ない!
「や、やりますっ!」
その圧だけで僕は震え上がってしまう……。なんて弱いんだ僕は……。
「やっぱり弱点はどんどん克服しておかないとね~。とはいえ、輝君だけではとてつもなく不安だわ。何といってもすっぽかすかもしれないし」
「ふっ、僕はすっぽかしたりはしない! そのように見えても純粋に忘れているだけだ!」
「いや、それはそれで問題だと思います……。」
「アハハ! ハタチになる前からボケてるだなんてっ!」
もうほんと、朝から散々にもほどがあった……。
「ということで知美ちゃん。昨日の約束覚えているわね?」
「
はい……私も一緒に同行します」
島村さんも昨日のやり取りがあってからか、元気は全くないが抵抗することなく頷いた。虻利家の統治とは別の“玲姉流独裁政治”がここにあった。
「いやぁ、朝から傑作ですねぇ。素晴らしいコントを見させていただきました」
烏丸はいつも通りニヤニヤしている。そういや、シリアスな話題になると霧のようにいつの間にか消えたりしている。ある意味特技なのかもしれない。烏丸はそもそも気が付かないうちに家事やガーデニングをこなしているのであまりご飯を一緒にしないがね。
「それにしても正平やカーターはズルいな……お子様のお守りをせずに済むんだからな……」
「あら、あの2人には大学内の清掃をやってもらうことになっているわ。それも5時間ほど」
「そ、それはまた貴重な体験だな。僕は絶対に嫌だが……」
大学の掃除とかそれはそれで嫌すぎだ……大学には掃除ロボットが闊歩していて大きなゴミとかはあまり無いと思うんだけどね。何せ、大学の広い敷地を網羅するためには台数が欲しい。
そのためには安いタイプの掃除ロボットを入れがちだから意外と埃とかが端にたまっていたりするからな……そういう四隅を逐一掃除していくんだろうなと思うだけで気が遠くなりそうではある。
「さっさと、ご飯を食べたから行くかね。そこまで時間も無さそうだし」
島村さんと一緒に活動するのはかなり不本意ではあるが、昨日からの玲姉との約束上本当に仕方なかった。いつも意見が違う島村さんもこの点は全く同じ考えだろう……。
「はぁ……なんでこの人と行動しないといけないんだろう」
僕の後ろを付いてくる島村さんは僕のように感情を隠さずに小声ではあるものの露骨に言ってきた……。
「まぁ、折角一緒に行動するんだし、頑張ろうよ」
僕は振り返り手を差し出すが、まるで見えていないかのように島村さんは僕の前を素通りする。ある程度の想定をしていたがこれは想像以上に前途多難だった……。
慣れないベビーシッターに全く対話をしてくれない島村さん――あぁ、玲姉は本当に何を考えているんだろう……。




