第40話 小言の再来
気が付けばまどかに肩をバシバシッと叩かれてる。
「おーい、お兄ちゃん。聞いてる~?」
またしても強制的に訓練させられることが確定して呆然としていたのか全く話を聞いていなかった……。
「いや、聞いてない。記憶に何も残されていない……。全てが忘却の彼方へ消え去ってしまった。いずれは僕の名前や存在すらも漆黒と混沌の中に溶け込んでいくことだろう……」
と、思いつくままに誤魔化すようにして言った。
「お兄ちゃんそう言う芸~? しっかりしてよね~」
「単純に寝てたんだ(笑)。現代文明に染まり切っているから暗いところにいること自体慣れていなくてね」
はぁ~と島村さんが盛大にため息を吐く。
「明日以降に海が穏やかな時にでも泳いで他の島に渡った方が良いのではないかと言う話です。
この島にはあまり滞在することに適しているとは言えませんからね。
砂浜の最大面積も少なそうでちょっとした津波にも流されそうなんですよ」
確かに昼間歩いた限りにおいてもちょっとした波でも飲み込まれそうな雰囲気はあった。
「なるほど。そうなると、今日の寝る場所はどうする?」
「比較的綺麗な葉っぱを集めておきましたのでその上に寝るか、大きな岩の上で寝るかどちらかですね」
気が付けば葉っぱの山が築かれていた。
いつの間に……ただ、背中が痛くなりそうなゴツゴツした石と、衛生状況が悪そうな葉っぱ――どちらとも言えないなと思った。
「それなら2人がどっちで寝たいか優先的に選んでいいよ?」
「あたしはお兄ちゃんと寝たーい!」
「アホか! 島村さんと仲良くしてなさい!」
寝たーい! と言う発言は以前なら小さい頃にまどかと寝ていたようなただ単なる“添い寝”ぐらいなものだと思えた。
しかし、先ほどのまどかの雰囲気からすると“ただ寝るだけでは終わりそうにない”と言えるので全く意味が変わってしまった……。
「そうですよ。女の子同士で寝ましょう? また、“一生の過ち“をしでかしてしまうかもしれませんよ?」
「ちぇぇ~。確かにお兄ちゃんに襲われたら嫌だしな~」
まどかはそう言いながら頬っぺたをパンパンに膨らませる。さっきの色っぽい雰囲気は無くなり子供っぽい感じになっている。
あの僕を狂わせた柔らかい感触も甘い吐息も――何か悪い夢だったのだろうか? あまりにもいつも通りに戻ったまどかを見て狐につままれたような気分にもなった。
「話は戻るけど、石はかなり背中が痛いと思うし。
葉っぱは衛生状態に課題があると思うからどっちもどっちのような気がするんだけど2人はどっちで寝たい?」
「この状況ですし、テントなどが無いのである程度諦める必要がありますね。葉っぱのベッドにします」
「お兄ちゃん寝相悪いからそのまま海に落ちないでよね~」
「そんなことあるか! ベッドからはたまに落ちるけど……」
「私、聞いたことがあります。高齢者の方は自律神経が弱っていてベッドから落ちやすいんだとか……」
「僕は高齢者並みの扱いかよ――記憶力も怪しいけど……」
「お兄ちゃん見た目は別に実年齢よりむしろ若い感じなのにボロボロなんだよね……」
「やっぱり体力面の問題じゃないですか? 同年代最低レベルとか高齢者の方と大差ないかと。きっと内蔵の筋肉とかがもう衰えているんじゃないかと」
「島村さんが体力とか身体能力が卓越し過ぎているだけなんじゃないかなぁ?」
その僕を強烈に指摘している時に揺れている胸は邪魔そうだろうけど……。でも、いくら動きが良くなろうとも男としては絶対に手術で減らして欲しくないよなぁ……。
「いいですか? 特に腸は“第二の脳”と言われるぐらい重要なんですから。玲子さんの食事は健康的ですけど、お菓子とかの加工食品も食べすぎなんですよきっと」
ホント、こういうお説教してくるところも島村さんが玲姉に見えてきたよ……。
僕のためを思って言ってくれているんだろうから無碍にもできないわけなんだが……。
「良かったじゃん。嫌でもお菓子を食べずに済んで。これで健康になれるじゃん」
「えぇー、僕は食べたいけど……。み、見てくれ……この震えが“お菓子禁断症状”だ!」
僕は冗談っぽく全身を震わせた。
「そういうのやめてください。悪い方に引き寄せられちゃうかもしれませんよ? いわゆる“引き寄せの法則”の悪いバージョンみたいな感じで……」
「そうだよ! 縁起でもない! お兄ちゃんが発言が吹っ飛んでいるから忘れてたけど、一応は病み上がりなんだからさ!」
2人共、意外と目つきがマジなので、わざと震えるのを辞めた。
「いやぁ、それだけ甘い物が欲しいって言うか? 渇望しているという感じかな?」
島村さんの眼がキラリと光ったような気がした。マズイ……何かスイッチが入ってしまったようだ。
「色々とどうしようもないんですね……。良いですか?
砂糖や小麦粉は“合法の白い薬物”とまで呼ばれていまして中毒性がある上に“第二の脳“でもある胃の消化能力を阻害するんです。
まだまだ若いから気にしたことが無いのかもしれませんが、
消化をするだけでも体に相当負担がかかってくるんです。
肝臓などの消化能力には限界がありまして――」
玲姉が日頃から語っている“健康術“を島村さんが言い直しているに過ぎない。
僕ももう何度聞かされたか分からないので、普段は速攻で忘却の彼方に消えてしまうのにほとんど覚えているほどだ。
しかし、例え受け売りだとしても島村さんが何も見ることなくここまでの熱量を持って語ることが出来るというのは特筆すべきことだろう。
それだけ玲姉の著作物を読み込んでいるか、一瞬で覚えてしまったかのどちらかなのだから。
「――ということです。聞いています!?」
「――うん。勿論聞いているよ」
途中からは当然、トリップしていた。ゲームの立ち回りをシミュレートしていた。
僕レベルになればコスモニューロンが繋がらなくとも、手元にゲーム機が無くとも可能なわけだ――流石に手ごたえが無いとやりにくいけど(笑)。
「知美ちゃん。お兄ちゃんは何回も同じようなことをお姉ちゃんから聞いても“この有様“なんだよ。
正直なところ、豚の耳に念仏で何の効果も無いと思うんだよ」
「……なるほど、玲子さんと一緒に暮らしていながらこんなにも情けない心身ですからね。
だから、玲子さんは説得するのを諦めて力づくで言う事を聞かせようとしているという事ですか……」
「そうそう。あたしもそうだけど頭が悪い子には言葉はあんまり意味をなさないんだよ」
「お前と同列って言うのは屈辱的だけどな……」
「いえ、そんなことは無いですよ。まどかちゃんの方が素直に育っているじゃないですか。
この人は訳の分からないことを永遠と言い続けることで誤魔化そうとしているのでよっぽど姑息です」
「えぇ……僕はまどか以下だってこと?」
「当り前じゃないですか。こんな人が私と同じ大学に通っていて、しかも先輩だなんて全く信じられないぐらいですよ。
お金や権力って言うのは無能すらも吹き飛ばすぐらい本当に万能なんだなって痛感させられてしまいます」
本当に散々な言われようである……。
ただ、客観的な事実ばかりであり全ては何もかも空虚な虚像ばかりで構成されている僕がいけないのだ。
先ほども思ったけどゲームが無ければ何も残らない。
「ま、兎に角自然に健康活動を行えるんだからそんなにクドクド言うなよな。
帰ったらどうするかはその時決め直すからさ。
今日は流石に疲れたからもう寝ようよ」
正直、眠くは無くなったのだが、いい加減小言を聞かされるのは勘弁して欲しかった。
「仕方ないですね……。日が昇ったらすぐに起こしに行きますから逃げないで下さいよ。
捕まえることは容易いと思いますけど、面倒ですから」
「どれだけ信用されてないんだよ。それじゃおやすみ~」
「おやすみなさい」
孤独な状態は嫌だが、かといって小言を永遠と聞かされるのも勘弁して欲しい――僕って言うのは常に贅沢な要求をするものだなと嫌になりながら自分の寝る場所に向かうのだった。




