第39話 電気の無い夜
捕れたての魚は生っぽさはあったが、それでも空腹だったためにムシャムシャと食べきった。
「いやぁ、ご馳走様。こんなに魚が美味しいと思えたのは初めてだよ」
「お粗末様でした。本当はご飯や芋などのたんぱく質があれば良かったんですけどね……」
「あたしたちは食べられる雑草すら分からなかったからこれでも十分過ぎるよ……。
知美ちゃんホントにありがと」
闇の中からまどかの声がした。
「お前、火の方にもっと寄って来いよ。てっきり小さくなり過ぎて見えなくなったのかと思ったぞ」
しかし、日が沈むと視界がもう火の付近に限られており、本当に真っ暗になってしまった。
「大体、小さくなってないし! むしろ今年も確か2ミリぐらい身長伸びたし!」
まどかがプンプン起こりながら火の下に近寄ってくる。顔色も良さそうで何よりだ。
しかし、何と言うかやることが無く、手持無沙汰だ。
普段は日が落ちようが何しようがゲームをやり続けることに何ら変わりないが、
電気が無い空間、コスモニューロンが繋がらない世界、ゲームが出来ない状態だと日没になるとこんなにできることって限られてくるんだな……。
もう下らない話を永遠と続けるか、寝るしかないレベルである。
コスモニューロンが繋がれば無限に時間を潰すことが出来るんだが――スイッチを入れたとしてもツーっという音が流れて来るだけで一向に繋がってくれる様子はない。
繋がるかどうかたまに確認するが雑音が耳障りなので切っておくしかない。
「日が沈むとこんなに暗くなるんだね……今日は雲も多くて星すら見えないわけだし……。本当にやることが無いね」
ただ、僕は北極星が辛うじてわかるかどうかと言う知識レベルだ。
星が見えても何座かどうか全く分からないんで“豚に真珠”状態なんだろうけど(笑)。
「日が落ちたら寝て。日が登ったら起きる。夜行性を除く本来あるべき生物の姿に戻っただけじゃないですか? 電気が普及して以降の人間の生態系が異常なんですよ」
「スマン……僕はもう既に本来あるべきではない生物の姿に進化しきっているんだ。
つまり完全究極的に完成されているんだよ。
コスモニューロンさえ使えれば夜をも統べる力を持っていたというのに……」
持ってきていたゲームのリアルデバイスもどこかにか流されてしまった――もっとも充電することが出来ないからどのみちあってもすぐにガラクタに成り下がることだろう。
「また訳の分からないことを言って……。
そんなに完成されているんでしたら、きっとご飯を食べなくても栄養を十分補充できるんですよね? もう次からは魚を私が釣っても分けてあげませんからね」
「ひぃ~! それはご勘弁を~! 僕も一生物、人間ですぅ~! どうかお恵みとご容赦を~!」
僕は島村さんの前に平伏す。
「一瞬過ぎるでしょ……。“完成された生物”だった瞬間が……」
まどかが呆れ果てたような声で僕に言い放ってくる。
生物は食べ物を食べなければ生きていけないんだ……。
僕はただでさえ島村さんに対してそれまでも弱い立場だったのが更に弱くなってしまったのだ。
ついに、ミジンコレベルまで落ちてしまったのかもしれない……。
「はいはい、分けてあげますからそんな情けない姿晒さないで下さいよ」
僕が顔を上げると火に照らされている島村さんがいつもより穏やかに見えた。
「しかし、今後はどうしたものか……。助けが来る見込みは無いんだろうか……」
「私の勘では玲子さんは私たちを見棄てるとは思えないです。
希望を持って生活をすることが大事だと思いますよ。
根拠を示せと言われたら、それはそれで困るんですけど……」
島村さんの言葉を聞いてハッと思い出したことがあった。
「確かに玲姉はかなり諦めが悪いというか、やると決めたからには“何とかしちゃう感”が凄いからな……」
特にまどかを救い出そうと躍起になるに違いない。まどかよりは劣るにしても僕や島村さんに対しても実の弟や妹のように接していてくれる。
遅かれ早かれ玲姉がここまで辿り着くのはよくよく考えたら明らかだった。
こうなるとまどかと一時の迷いで“関係を持とうとしてしまったこと”はかなり危険だったと改めて認識させられた。
「助かる確率を上げるためにも、日が昇ったらまずは砂浜に“SOS“って大きく文字を書いた方が良いと思います。
もしかしたら玲子さん達だけでなく誰かが通りがかってくれるかもしれませんからね。
波で文字を消されたとしても諦めずに書きましょう」
流石は島村さん。冷静かつ建設的な意見だ。
「いやぁ、視野が素晴らしい。島村さんがいなければ僕たちは一巻の終わりだったよ」
「感心していたり私に頼ってばっかりいないで、同じぐらいやれるようになって欲しいんですけど……」
「え……火起こしとか原理は見て何となく分かったけどさ。僕と島村さんとじゃ力の差があり過ぎるよ。
体力面ですらまどかに敵わないレベルだぞ僕は? 学年最下位の体力だぞ?」
「自慢することじゃないですよ。唯一の男性なのにこんなに頼りないなんて……」
「いや、島村さんがむしろ頼りになりすぎるんじゃ……。男勝りと言うか……」
ただし胸元以外を除くがな……。胸のボリュームは女性の中でも突出しているのはこの暗がりの中でも分かる……。
「色々と失礼ですね……。玲子さんや建山さんや村山さんがいなくても私が鍛えますから。覚悟してくださいね」
「ひえっ……なんということだ……。
ようやく、あの悪夢の3人衆から解放されたと思ったのに……。
やりたくない、やりたくない、やりたくない……!」
「お兄ちゃんどれだけだよ……」
「――ハッ! 僕は頂上に君臨する人間だぞ? そもそも動く必要すらないのだよ!」
「そんなにやりたくなければ、私は別に強制はしませんよ。
ただ、明日訓練に参加しなければ明日の食べ物は分けてあげませんからね」
「いえ、是非とも参加させてください。僕も下級市民ですぅ~!」
恐ろしい。任意と言う名の強制の発動である。
無人島では“食べ物を獲得できる者”がここまで強いのか。
資本主義社会では金を持っている奴が圧倒的に強いから、
僕みたいな人間でもトップにいられるわけだがこの状況下ではいつもの“ペット以下“よりさらに地位が下がっている。
もはやそこら辺の石ころの方が価値があるんじゃないか……?
「また一瞬だった……。“頂上人間“だった瞬間が……。
お兄ちゃんにはプライドってのは無いの?」
「いや、あるぞ。ゲームの世界王者のプライドは誰にも譲れない」
「ゲームできない今じゃ何のプライドも無いも同然なんだね……」
「た、確かに……」
まどかに言われて気づかされた。僕って今、何の価値があるんだ……? ゲームが出来ない状況で何かできることがあるのだろうか……。
「とりあえずは体力面の強化が大事ですよ。スタートラインにすら立っていないわけですからね。ゲームの大会だとよく“スタミナ切れ”とかにならないで済んでますね……」
「ゲームをやってるときはアドレナリンが出ているのか知らないけど、不思議と疲れないんだよね。
それでも世界大会だと対戦数が少ない方が優勝しやすい気がするから、やっぱり体力面が一番課題がありそうだけど……」
「それなら良かったじゃないですか。体力が付けば世界大会も更に勝てるようになるんじゃないですか?」
焚火の火が消えかけた暗がりでも島村さんの爽やかな笑顔がよく見えた。
ただ、僕にとってはそれが悪魔の微笑みにしか見えなかった。
なんて余計なことを言ってしまったんだ……。




