第37話 寸止め
黄金色に水面が染まってきた。もうすぐ日没になるだろう。
島は思ったよりも小さく、半日もしないうちに散策し尽くしてしまった。
僕が思った通り誰も住んでいなかったし。島村さんも流れ着いていないという事が分かった。
途中、とんでもなく喉が渇いたけど湧水を飲んだりして何とか過ごすことが出来た。
動物も思ったよりおらず――ヘンな白い蛇がいたぐらいか……。
まどかが抱きついてきて凄くドキッとしたけど……。
「それにしても、お兄ちゃん体力無さすぎだよ……。
どれだけ休みながら歩いていたのさ……」
まどかの指摘通りだ……。
実を言うと夕方近くになってようやく大して広くも無い島の探索がようやく終わったのは、僕が膝に手をつきながら立ち止まるシーンがあまりにも多かったからだ。
今も大きな石の上に大の字で倒れているわけだ……。
「す、すまん……。ホントあれぐらい休んでいかないと体が分裂しそうで……」
「どれだけだよ……。ま、お兄ちゃんはお姉ちゃんやあたしがいないとホントダメダメだから~」
嬉しそうに言うなよな……。
「しかし、この様子だと食料調達には苦労しそうだよな。
昼食には何食べたらいいか分からないから片っ端から雑草とか木の実食べていたぐらいだし。
火の起こし方も碌々分からない」
サバイバルモンスターの景親から食べられる雑草をもっと教えてもらうべきだったかな……。
正直なところ何が食べられるのか毒があるのか全く分からない……。
ハッキリ言ってどれも同じ草にしか見えない……。
とりあえず片っ端から食べていくしかないのか……。
「確かにあたしももっといろいろと学んでおけばよかったよ……。
助けって来ないのかな……。他に人もいないみたいだし……」
小さい体をさらに小さく丸めている。とんでもなく不安なのだろう。
僕だって不安が無いわけでは無いが、一応は兄として元気づけてやらないと。
カッコ悪いところばかりを見せているわけだし……。
「気にするなよ。何とかなるさ。とりあえず調査して分かったことは近くにも島がありそうだという事だ。海が静まれば他の島に渡っていけばいい」
潮が引けば十分泳げそうな範囲内に島が点在していそうだった――なお僕の泳ぐ能力では非常に怪しい模様(笑)。ビーチボールもどこかにか行ってしまったし、密かにピンチである(笑)。
「ねぇ、でも島がたくさんあったとしても誰も来なかったりしたらどうする?」
考えてもみなかった。基本的には僕は楽観的に物事を考えるから……。
「その時は2人で生活するしか無いだろ。最悪は雑草でも蛇でも食べられそうなのは何でも食べていくしかない……」
食べられない場合は餓死一直線だから今日吐き出したような奴でも、最終的には飲み込んでいくしかないんだろうな……。
「ね、ねぇ……ずっと2人きりだったらさぁ……」
まどかが顔を真っ赤にして僕に寄ってきた。僕はそのあまりの可愛さにドキリとした。
「あ、あたし。結婚して子供産みたいって気持ちがあるんだ。
もし、他に誰もいないならお兄ちゃんと――ダメかな?」
「え……」
まどかは目を潤ませ僕の服に縋りつくようにしてきた。
僕はガバッと飛び起きる。
唐突過ぎて驚いたと共に、これは昨日夢の中で見たシーンそのものだったからだ。
「あたし魅力ない? 人類って最初はアダムとイブで2人だったんでしょ? それならあたしたち2人で“最初から“始めようよ……」
まどかはそう言って顔を近づけてきた。可愛らしい唇が動くのに見惚れていた。
頭がバグで埋め尽くされそうになりながらも、これではいけない! と現実に強引に引き戻した。
ここで発言を間違えれば、夢の時のようにまどかが暴走して死んでしまうことは容易に予想できた。
あの夢は僕に対する何かの警告だったに違いない。
何とかして、傷つけないように言葉を選びつつ説得しなければ。
「で、でもさ。僕たち兄と妹……だろ? やっぱりそういうの良くないんじゃ……」
「それって問題なのは近親相姦だからでしょ? 家系としてはそこまで近くないんだし大丈夫だよ――それとも呼び方が嫌なら変えるけど……?」
「いや、呼び方の問題じゃないよ。そんなに子供が欲しかったのか?」
そんなことは一度も聞いたことは無かった。あまりにも意外過ぎだ……。
「生きるって命を繋ぐことだと思うんだよ。
先祖代々から脈々と受け継がれている遺伝子を後世に伝える――それが生きている証、存在証明になると思わない?」
そう言ってはにかみながら笑った。僕はそんな大人っぽい笑顔をまどかがするなんて思わなかった。
そして、そんなに深い考えを持っているだなんて思わなかった。
例え玲姉の受け売りかもしれなくてもスラスラと言語化できるだけの理解力があるという事なのだろう。
僕はそんなこと一度も考えたことは無かった……。
女の子が自ら子供を産むからそう言う事に早くから興味があるのかな……。
「その相手が僕となんかで良いのか? 」
「そ、そりゃ。お兄ちゃんとは本当は嫌だけど。生還する見込みも薄そうじゃない……?」
まどかは「妹」だと思い続けてきたから何とか手を出さずに済んできたものの、そのタガが外れてしまえば理性が飛びそうなぐらい可愛いと思う。
最近は、体の小ささは相変わらずではあるものの「女」として意識せざるを得ない場面も増えてきたのは事実だ。
「分からないが希望を持った方が良い。そして僕なんかと関係を持つなんて考え直した方が良いよ。お前も僕のダメなところをいくらでも知っているだろ?」
そうは言っているが遠くにも船が見える様子は無い。
更に今日1日一度も飛行機を通過していないと思う。
恐らくはこの海域を通過すれば墜落の恐れがあるからだろう。
このように通りがかりの船や飛行機による救出の可能性が低いために、生還の見込みは確かに薄いと言えた。
まどかは僕の胸の中に飛び込んできた。
「お兄ちゃんは自分のことを卑下しすぎなんだよ。
確かにダメな時は全然だけど、いざという時は凄く頼りになるし、責任感も凄く強いと思うよ。
だ、だからお兄ちゃんとの子供でも全然構わないんだから」
顔を真っ赤にしながら恥じらう可愛さ、柔らかさ、甘い息。その全てが魅力的だ。
一度でも抱きしめることが出来たなら。人生において大勝利だろう。
そのまどかが、自ら関係を望んでいるのだ。
こんな幸せなことが他にあっていいのだろうか?
「でも僕は殺人鬼も同然だぞ? データを改竄して大王の下に罪もない人を送り込んだんだ。そんな奴の遺伝子なんているのか?」
「うん……欲しいよ」
あまりにも穏やかでありながらもしっかりした声だった。
そして僕を見上げてきた純粋な瞳に僕は反論する気すら失った。
そこまで言われてしまったならもうどうしようもなかったのだ。
「そ、そうか……でも後悔するなよ? 僕だって経験あるわけじゃないんだから。絶対に余裕が無くなる」
「そ、そうなの……? 凄いモテるのに? 美甘さんから聞いた話だと、山のようにファンレターが毎月届くらしいけど……」
「皆、僕の虚像が好きなんだよ。実物はあまりにも惨めで何の実力も無い」
「なんかそれはそれで勘違いしているような気がするけどね……」
意味深なことを言ってきた。
「そして、僕だってお前しかいないから、仕方なく――なんだからな? 勘違いするなよ?」
「そ、そりゃ勿論だよ……でも、なるべく優しくしてね?」
まどかの甘い息が麻薬のように僕の思考を狂わせる――太腿の中身がチラチラと見えそうで見えない。
まどかをポンと優しく地面に押し倒す。
2人しか陸の孤島に存在しないという状況が僕の行動を大胆にさせたんだ……。
「あっ……良いよ……。お兄ちゃんの好きにして……?」
まどかに対して可愛い、魅力的だと伝えないのは我ながら狡いと思う。
この無人島に2人きりで遭難したという“特殊な状況”であることを理由に全てを誤魔化そうとしているんだ。
でも、今まで散々イジッておきながら突然掌を返すようでそれはそれで嫌だったんだ……。
そしていよいよまどかの体に手をかけようとしたその瞬間、ガサリと草むらで音がした。
「だ、誰だ!」
僕たちは飛び跳ねるようにして一気に離れた。
急激に現実世界に引き戻されてしまったような気がした。




