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ディストピア生活初級入門(第5部まで完結)  作者: 中将
第5章 南の島で

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第34話 全員遭難

 船の傾きは尋常では無かった。

 この船であればすぐさま重心を戻るだろうと思った瞬間に体が浮いたのだ!


 しかも、都合の悪いことにプール室の壁が崩れており海に投げ捨てられた。


 嘘だろッ! と思ったらそのまま一気に海水を飲み込んだ。


「ブハッ!」


 着水した衝撃で一瞬溺れかけたがヘタに動かなかったのもあって体が浮いてきた。


 実際にこの状況になったことは無かったがゲームであまり体をバタつかせない方が良いという事を学んでいたことが功を奏した。


 すると僕の前にビーチボールとまどかが直線的に見える。


「掴まれ! 絶対離すなよ!」


「うんっ!」


 僕はまどかにビーチボールを投げた。


 この大嵐と荒れ狂った大海原に放り出された状況では、明らかに心もとないのだが、

僕たちの周りにはこれぐらいしかない。


 顔に強烈な波が打ち付けてきて目を開けていられるのもやっとの状況だ。


 そんな風にして溺れないように必死になっていると、


 気が付けば乗ってきたクルーズ船から大分離れている。


 あの船とて安心安全では無くなっていたのだが、それにしてもビーチボールでは脆弱な生命維持装置だ。不安ばかりが募った。


「とりあえずあの島を目指そうよ!」


 まどかが指さす波の向こう側には先に小さく島が見えた。

 この大荒れの波の中で潮の流れに逆らうことは無理だ。潮の流れはあの島に向かっている。まどかにしては良い判断と言えた。


 ただ問題は結構遠いという事だ。現状は豆粒のような小ささのために無事に辿り着けるかは怪しい。


 それでも今の状況下ではあの豆粒を目指す他無いのか思った。


「ねぇ、お兄ちゃん掴まっていい? 離れたくないよ……」


「いいよ。最悪僕たちだけになるかもしれないからな」


 まどかの小さくて柔らかい手をしっかりと掴む。

 

 口に出してしまったが本当にあり得るかもしれない。玲姉達が僕たちを発見できる可能性だって低い。

 

 しかし、まどかと手を繋いだのが逆に災いしてしまったのかもしれない。

 

 安心感を得る代わりにボールに掴まるバランスが崩れ、一気に波に飲み込まれてしまう……。


「グボボボボ!!!」


 海水を飲んでしまい意識が飛んでいく……そんな中でもまどかと握った手は握りしめた。





 玲子は残された虻輝のサンダルを透視すると顔をスッと青くする。


「嘘、嘘よこんな……私が守るって言ったのに――いや、今からでも遅くないッ!」


 そう言って玲子は海に飛び込もうとサッと柵を跨ごうとしたときに、後ろから手を掴まれる。


「建山さん。私の邪魔ばかりするけど、今度はどういうつもり?」


 建山だと分かると半ばキレながら振り返る。先日の世界大会で止めに入られたことについても含めてお怒りのようだった。


「玲子さんお一人なら泳いで太平洋横断すらもできると思いますけど、

 3人も抱えて戻ってこられるのですか?

 私と玲子さんが一緒に行けば可能性があるかもしれないですが、こんな大海原を泳ぎながら見つけられるんですか?」


「……」


「それに今、体の状態万全じゃないんじゃないですか?

 さっきビーチバレーで本気出されて、平然とされているようで、お疲れなんじゃないですか?」


「……」


 できない上にそもそもどこに流されたのか分からないのが事実だった。

 玲子も頭に血が上り切っていたのだ。とりわけ虻輝とまどかが関わってくると我を忘れる傾向にあった。


「大丈夫ですよ。あの3人はしぶといですから。必ず無事で生きてますよ。

 ここは落ち着いて救う方法を考えましょう。

 皆、操舵室で待っていますよ」


 玲子としては“あなたが輝君たちの何を知ってるの?”と言いたくはなったが、ここは信頼するしかないというのが事実だった。


「不思議ね。あなたは輝君が流されても平静を保っていられるだなんて」


 玲子が操舵室に向かいながらそう呟いた。


「私は、3人を信じているからですよ。私だって泳いで助けられるなら今からでも泳ぎますから」


「そうね……輝君はヤワそうに見えてヤワじゃないからね。

 何とかなると思いたいところね……」





「なんと……。虻輝様、まどかさん、島村さんの3人が恐らく流されてしまったと……」


 操舵室に残りの6人が集まり、建山が虻輝たち3人が流されたという話をすると動揺が広がった。


「ええ……ただ正確に言うのなら、3人が流された瞬間を見たわけじゃないのよ。

 私は上から見ていたけどちょうど死角になっているようなところだったから……。

 でも、3人の“いた痕跡“だけは感じ取ることが出来たから……。

 恐らくさっき船が大きく傾いたときに海に放り出されてしまったのよ」


 玲子が口惜しそうに言うと重苦しい空気が操舵室に立ち込める。

 玲子は特に自分が近くにいながら何もすることが出来なかったことに関して大きな後悔と責任を感じていた。


 そして、救出するための明快で画期的な打開策が見つからないもどかしさが誰もから伝わった。


「ここは我々だけでも脱出して、後から捜査船を――!?」


 玲子は小早川の胸ぐらをつかんでその先を言わせなかった。


「ふざけないで! この最新鋭の技術とやらを詰め込んだ船ですらこの有様なのに、助けられるとは思えないわ! つまり輝君たちを見捨てろってことじゃない!」


「し、しかし……」


「私は泳いででも輝君たちを探すわ。私なら気合を入れれば3人担いでこの海域を泳ぎきれるわ!」


 玲子は小早川を投げ捨てるようにしながら、外に出ようとする。

 しかし、小早川は玲子の前に立ち塞がる。


「お、お待ちを。これが合理的な判断なんです」


「見棄てるのが合理的? あなたと輝君は仲がいいと思っていたけどその程度の間柄なのね?」


 玲子の怒りは極致に達しようとしていた

 このままでは小早川は最低でも気を失う程度には殴り飛ばされることだろう。

 

 最悪は半身不随状態や命すら失いかねない。


「待ってくだせぇよ、旦那。この為継は空気の読めないデータ・マニュアル野郎なんですぜ。皆でちゃんと話し合いましょうぜ」


「……」


 伊勢が玲子と小早川の間に入る。

 玲子は伊勢と視線をぶつけ合った。

 そして何かを思い直したのか、拳を降ろし近くの空いている椅子に腰かける。

 

「おい、為継。あんまりも薄情じゃねぇか。俺も捜査船じゃ見つけられねぇと思う。

 俺たちで虻輝様達を探し、そこから全員で脱出を図るんだ」


「私も、虻輝さんを探さなくて何の意味があるのか分かりません。

 まどかちゃんや島村さんも心配ですし」


 建山がそう言った。その発言の真意は分からないが……。


「私も10億を失った時も励ましてくださったことを忘れたくないです」


 北条は、10億の損害を被らせてしまったことを痛切に感じたそうだ。

 生命保険をかけて自殺してでも弁済したいと内心思っているほどだ。


「私も虻輝さんの秘書以外考えられません」


 美甘もそれに続いた。


 小早川はフッと息をつく。


「それでは、皆さん一つだけ確認したいことがあります。

 我々6人だけなら今からでもかなりの高い確率で生還できます。

 しかし、虻輝様達を探すとなれば我々6人を含めた9人全員が遭難しかねません。

 例え生存していたとしても日本の土を二度と踏めない可能性があります。

 それでもよろしいですかな?」


 小早川以外の他の5人は静かにだが、確実に頷いた。

 当然その言葉の重みは理解している。


「……分かりました。マニュアルには全く反しますが、

 この状況下でも全員で無事に日本に帰りましょう。必ず」


 こうして9人全員の遭難は確定した。


 だが、なぜだか悲壮感はない遭難だった。

 それは彼らが全員強いからだろう。皆がそれぞれの力を信じているからだ。

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