第32話 緊急時の本音
この船が一時的とはいえ傾くだなんて何があった! とコスモニューロンで為継に連絡しようとしたが――雑音ばかりでコスモニューロンそのものが起動しない!
「皆、部屋に戻って! 何か起きてる!」
これは一大事だと思って操舵室に向かって走る。
「私も行くわ!」
玲姉もすぐに僕の隣に来て走り出す。玲姉が来てくれるのは正直頼りになる。
たまに揺れながらも操舵室までたどり着く。
「どうした!」
扉を開けながら僕は叫ぶ。妙に声が裏返っているのが自分でも分かった。
「と、突然。船の状態がおかしくなったのです。オートの操縦が効かなくなり、
今我々がマニュアル運転で運行しているという状態です」
輝成が緊迫した低い声でそう答える。
時刻を見ると16時2分。いよいよ目標地点付近になり異変が起き始めている。
これまでの平和なバカンスは終わったのだ。
「虻輝様もお気づきと思いますが、
コスモニューロンを含むあらゆる機器が障害を起こし始めていますので、ご注意ください。
虻輝様は特に電源を落とした方が良いでしょう。病み上がりですし、健康状態に影響が出るかもしれません」
「あ、ああ」
事態の異常さを認知せざるを得ない。コスモニューロンが無い方が良いだなんて……。
「輝成、景親。2人は何か船に異変が無いか調査してくれ。今あらゆるセンサーを切っているのでな」
「分かった」 「おう!」
為継は冷静だった。そしてもっと冷静なのは玲姉だ。
「機器に突然、異常が起きているのはどのような可能性があるのかしら?」
「予てから大王局長とこうなる瞬間の可能性の原因について様々な話し合いをしてきました。
この一帯は衛星管理システムにすらまともに観測が出来ないことから、どうやら電磁波を弾く作用があるようです。
この状況は獄門会が支配している東北地方でも似たようなことが見られています。
正確に解明することが出来れば獄門会すらも壊滅できる可能性があるとの見解を示しています」
玲姉は悲しそうなのを堪えるような複雑な表情をした。
10歳で獄門会から追い出された身とはいえ、やはりあそこは故郷なのだ。
「そうね……私は子供の頃しかあの地方にはいなかったから詳しくは教えてはくれなかったのだけども、 何かしら対策をしていたのは間違いないわね。
電磁的なチップを埋め込まれていない私やまどかちゃん、知美ちゃんはもしかすれば何かしらのキーパーソンになるかもしれないわね」
「ええ、局長もそうおっしゃっていました。
虻輝様に頼めば必ずその中から誰かが付いてくると言い出すと」
グラリと再び船が揺れた。僕は今やガラクタになっている大きな機器に掴まる。
しかし、玲姉と為継は微動だにせず立っている。
情報共有がここまで行われなかったことが驚きとも言えるが、この状況下で冷静に対話を続けているのはもっと驚きだった。
「輝君……私はこんな風に状況が切迫しないと科学技術局側が情報をまともに出してくれないだろうと思っていたからここまで話してこなかったのよ。
決して私が無能だから情報共有しなかったわけでは無いの。
そこのところを勘違いしないようにね?」
玲姉が突如として僕の方を向きそんなことを言ってきた。思考をメタり過ぎである……。
ただ為継もこういう状況にならないと情報を出さないことは明白だし、
平時では“狐と狸の化かし合い”みたいな状況になりかねないことも分かる。
「私は狐でも狸でもないからそこのところよろしくね」
玲姉はムスッとした不機嫌そうな表情で僕の方を睨みつける。
スッと目を細めた時はどこかしらか狐のようにも見えなくはない……。
「うっ……相変わらず思考を読まないでよ。玲姉なら例え狐でも美人の狐だよ」
「そう……。それならいいか――ってよくないわよ! 私はそんなに悪知恵で人を騙してないから!」
「でもさ、騙して無くても思考を読んだうえで動いたり発言しているんだからね。
結構、狡賢い気もするんだけど……」
「言っとくけどね。“便利なツールの一つ”と思われるのはとっても心外なんだけど。
これは私が努力して勝ち得た能力の一つなんだから。
コスモニューロンの方がただ単に手術室で麻酔で寝ている間に様々な能力をほとんどの人が得られるんだからよっぽど狡いと思わない?」
「ま、まぁ……確かにそう言われればそうかもしれないけど」
普通、どんなに鍛えようともそんな能力を得ることは到底できないだろう。
特に相手の思考を読むだなんて日常生活だけでなく、運動でもゲームでもあらゆる分野で有利に働く。
やっぱり玲姉の才能は産まれながらにして突出していると言える。
「人の能力を羨ましく思う気持ちも分からなくは無いけどね。
私はこの能力を自覚してなるべく世界をいい方向に導くために活用するつもりよ。
基本的に思考を先回りして話をするのは輝君だけなんだから。
特に問題ないのよ」
玲姉の能力は常軌を逸している。相手の思考を読むだなんてコスモニューロンなんて比べ物にもならないぐらいのものだ。
しかし、コスモニューロンはほとんど努力なしで得られるというのも事実だし、玲姉が自分の特殊能力に頼りきりと言うわけでもない。
「僕の扱いとはいったい――でも、ちょっと表現はマズかったよ。ゴメン」
玲姉だって自分の力で苦しみ続けている。毎日毎日、人のドス黒い感情を聞きたくもないのに強制的に聞かされているのだから。
「お二人の仲が良いことはよろしいことだとは思うのですが、
外は今このような状況になっています」
為継は外を見るように促す。すると、ピカッ! と大きく光った直後に“ゴロゴロゴロッ!”と大きな雷が落ちたのが分かった。
「今のはかなり近いぞ……。大丈夫なのか?」
「科学技術局を信じてください。この船は最新鋭の技術を備え付けています」
「でも、私が頑張らないと雷を弾き返せないようにこの船だって直撃すれば厳しいんじゃないかしら?」
頑張れば弾き返せるのかよ……。
「雷対策も万全です。電波アンテナがキャッチすると海に沈めた錨が放出するようなシステムがあります。船は減速しますがその点安全性は確保されます。
また、この船にいれば最大船員20人でも半年分の食料もありますのでご安心ください」
「実際は半分以下の人数だから1年は持つ。最悪はこの船に籠城すればいいという事か」
「そういうことです。遊興施設も揃っていますし暇を持て余すことも無いでしょう」
「玲姉1人対全員で戦えば毎日退屈しないだろうな」
「どうして私はいつも一人なのよ……でも、輝君がいたらむしろ足枷だからそれよりかは1人の方が良いわね」
「相変わらず酷いな……」
「出発前に出来る限りこの地域の天気についても調査しました。
突発的に悪天候になることはあるものの、これに関しては気流がぶつかり合っているために起きている現象で、太平洋の他の地域と差は無いようです」
随分と安心できる話ばかりだった――その筈だったのに。どうにも胸騒ぎが止まらない。
妙に悪い予感ばかりが当たるような気がするからなおさら嫌だ。
「随分顔が青いけど――そんなに心配なら私と手を繋ぐ?」
「い、いえ。遠慮します……」
玲姉の柔らかい手がちょっと触れてきたので思わず離れた。
青かった顔も恐らくは一瞬にして赤くなったことだろう。
恐らくは刺激を与えることによって悪いことをも吹き飛ばすという、玲姉流の不安解消方法なのだろう。
ただそれは流石に僕が情けなさすぎる……。
「大丈夫よ。何があっても私が――お姉ちゃんがいる限り輝君やまどかちゃんは絶対に守るんだから」
「玲姉……」
しんみりしてきたところで、突如として玲姉が意地悪っぽそうな顔になる。
あ、これはなんか僕を“イジメ始める“序章だ……。
「ところでさっきは私のこと魅力が無いって言ってたけど、
それについて訂正してもらおうかしら~!」
「ち、違うんだ。あれは玲姉に魅力が無いという意味では無く、
興奮したら失礼だと思って抑えているということで……。
勿論、初見で玲姉を見たら一目惚れするぐらい美しいよ」
「それなら、初見だと思って貰って構わないのに……」
「え?」
玲姉が凄く寂しそうな声でそんなことを呟いたので、
いったいどういう意味だよと聞き返そうとした。
しかしそれは叶わなかった。
巨大な閃光のような光が包んだかと思うと、バリバリッ! ガラン! と轟音が鳴り響いた! それと同時に女の子の悲鳴が聞こえた。
「大変! 客室の方じゃない!」
そう言って玲姉は走り出して操舵室を一瞬にして出ていく。
僕は体が反応しきれず、茫然と玲姉を目で追うだけだった。




