第31話 バカンスの終わり
「あぁ……このような終わり方とは……。しかも自分で設定したルールで自滅するだなんて……」
建山さんが恨めしそうに手元のビーチボールの残骸を見つめる。
このボールも僕たちの犠牲になった“被害者“とも言えるんだけどね……。
「あぁ……負けてしまいました。玲子さん凄すぎます……」
ちょっと遠めに見ていると建山さんと島村さんがほとんど同じポーズでガックリと俯いているところに親和性を感じた。
性格的にも意外と近い気がする――なぜかそれを指摘すると2人共烈火の炎のごとく怒り出すだろうから絶対に言えないけど……。
「でも最終的には2点差でしょ?
実質的に私の負けだと思うけどね。最初は輝君が連合チームのコートにいるという“縛り“だったわけだしね。
流石に私もちょっと本気を出したから疲れたわ」
確かに今日は汗が一杯だ――ったが、たった今タオルで拭いていつもの涼しい感じに戻っている。
ただ玲姉のことだから早いうちに追い込まれていっていたのなら“更なる奥の手”を使ったかもしれない。
本当に底知れない力を持っているので、相手を持ち上げた“リップサービス”の可能性も高いと長年の付き合いから分かった。
「今度はお兄ちゃんをお姉ちゃんと一緒のチームにしようよ~。
そうじゃないとハンデになってないよ~」
「えー、流石にちょっとそれは厳しいわね。
私が連続でサーブを打って、輝君がコートの端に置物として存在しているだけならいいけど」
「それって同じチームメイトって言えないだろ……。僕は呪いの装備か何かかよ……。
とこれであの“幻影打ち”とやらはどうなっていたんだ?
ちょっと驚きすぎたんだけど」
物理捻じ曲げてたからな……。
「企業秘密だから、具体的にどうやっているかは明かせないけど。
簡単に言うのなら、弾き方をいつもより強めに打つことで手元で止めるようにできるという事よ」
「――つまりとんでもない圧力がかかりすぎて一瞬止まっているとかそう言う事ですか」
「そうね。ボールが割れないようにする加減がちょっと大変だけどね」
建山さんはすぐさま納得したようだが僕には何が何だかさっぱり分からん。
要するに玲姉がとんでも無さ過ぎて通常のサーブでは無かったってことなんだろうけど……。
「あたしも全然ダメだったから今回はお兄ちゃんのことを強く言えないな……」
まどかは途中から島村さんに言われたようにレシーブに徹した。
正確には身長の都合上元々徹してはいたのだが、役割に明確性が出たことでおどおどしている感じは無くなったのだ。
「僕が言えた話では無いのだが、まどかは何だか最後まで力加減が分かっていなかった感じだったな。 フワフワとしたサーブで何とかコートの上を通過していた感じだったし。
レシーブについては島村さんに言われてから良くなってきていたけどね」
「ホント……どれぐらいのパワーを出せば割れるか割れないかどうしたらいいのか分かんなくって……。ただでさえ足引っ張ってんのに……」
力入れなさ過ぎてネットをやっとこさ超えた時もあったからな……。
「まぁ、気にするなよ。僕なんてきっとサーブすら決めることが出来ないから。
パンチ力があまりにもなさ過ぎてね(笑)」
“戦力外“になった瞬間は僕もプライドがズタボロになって嫌だったが、
玲姉の技を見ていたらコート内にいなくて良かったように思える……。
レシーブして骨が飛び出る複雑骨折とかしかねない……。
「まどかちゃんはボールが割れてから調整するぐらいでよかったと思うけどね~。
適度な力加減を瞬時に把握する能力も重要だから後で特訓ね~」
「え~~~~! あたし耐えきれるかな……」
最近は建山さんや爺とVR空間での訓練が多いからリアル世界での訓練状況を良く知らないが、先ほどの島村さんの“水の弓”も考えると相当進捗しているという事なのだろう……。
僕は体力面のレベルですら進歩しているかどうかすらも怪しくとても彼女たちの成長についていけるとは思えない……。
「そもそもビーチバレーでお一人で何人分もこなそうとしていること自体が尋常ではないと思いますけどね……」
疲労困憊の島村さんは思わずそう呟いたが、建山さんと共に十分通用していたと言ってよかった。
でも、それにしても玲姉が圧倒的だった。
「私はそもそもの話、1人で何役もこなさないといけない状況に小さい頃からあったからね……。
特にまどかちゃんが誕生してから輝君の家に来るまでの1年は家事に育児と母親代わりみたいなことまでして本当に大変だったわ……」
「ご、ゴメン……」
「あっ! まどかちゃんを責めてるわけじゃないのよっ! でもそれぐらい1人何役こなすことに慣れているってことよ~。
輝君の家は色々なテクノロジーがあって私の家事も大分楽になったわね~」
最後はいつものノリに戻ったが、深刻な雰囲気が漂っていた。
玲姉とまどかは生まれた境遇が一番大きく違うのかもしれない。
玲姉は産まれた瞬間から過酷な運命のようなものを背負っているのに対して、
まどかはその玲姉の庇護のもとに暮らしている。
まぁ、僕はまどか以上にお気楽な恵まれた地位に生まれながらにしているわけだから、全く他人のことを言える立場ではないわけなんだけどね(笑)。
「それより僕は感動したよ。
建山さんと島村さんは普段はマリアナ海溝ぐらい溝があると思っていたんだけどね。
でも、今日は勝利のために連携がうまくいっていたんだからさ、これを機に仲良くした方が――」
「絶対にあり得ません!」 「負けたくないから連携しただけです!」
今も全く同じタイミングで鬼の形相になったんだからある意味波長は合っていると言えるのだが……。
何が一体この2人を隔てているのだろうか……。
しかし、僕としては試合から退場して審判の立場になってからはメリットしかなかった。
何と言ったって目の前で美人の女の子たちが懸命にビーチボールを追っていたんだからね……。胸が弾んだり、太腿の食い込みを整えたり……。
――これ以上は変態チックなことは言えないけど、“眼福”であることには間違いなかった。
「輝君……私たちで邪なことばかり考えていたでしょぉ?」
「えっ……! ま、まさか! 今更玲姉の水着姿を見て興奮するわけ無いし……!」
「それはそれで失礼よ! 私に魅力が無いって言うのぉ!?」
直前まで玲姉は温厚そうに話していたのが、いきなりこめかみの血管が浮き出し、
今にもビーチボールで150キロを超えるサーブを僕に打ち込んできそうな雰囲気だ……。
「そ、それじゃぁ。どう答えればいいんだよー!」
玲姉の魅力について本音で話せば間違いなく“セクハラ“みたいになってしまう……。
邪な考えが浮かんできそうになる――それと同時に何か強烈な攻撃が飛んでくることを想定して少しずつ距離を取る。
だが、走り出すわけにはいかない。今度は足を滑らせて頭を打ち気絶しないようにするためだ。
その時、グラリ! と突然大きく船が揺れた!
「皆気を付けて!」
この船はコンピューターによって重心が傾かないようにありとあらゆる工夫がなされている。
そのために一瞬僕が昨日の事件の影響から眩暈を起こしたのかと疑ったが、
玲姉が叫び、周りの皆も同じようにバランスを崩しかけて戻ったところを見ると、船全体に起きていることなのだということが分かった。
ビーチバレーの熱戦に見惚れていて気が付かなかったが、
周りの海が荒れだし、空は真っ黒な雲が多い尽くしていた。
――バカンスの終わり。その言葉が頭をよぎった。




