第30話 幻影打ち
とんでもない技を玲姉が繰り出そうとしているのだろうが“構え”としてはそう大きな差はない。
これまでと一体何が違うんだろう? と思いながら一挙手一投足を観察していると――。
「秘技! 幻影打ち!」
「えっ!?」
玲姉がそう叫ぶとこの世のものとは思えないほど恐ろしいことが起きた。
玲姉が撃ち込んだと思った次の瞬間はボールは空中で静止し、そのちょっと後に加速したのだ。
しかし、手とボールが接触した時の打撃音は1回しかしていないので二度打ちをしているわけではないことは明らかなところが僕をゾッとさせたのだ。
それは玲姉の放ったビーチバレーボールが物理の法則を超えてしまったことを意味するのだから……。
ブロックしようとした建山さんはジャンプするタイミングが早すぎたためか、地面に着地寸前に手を伸ばすも指先が当たっただけで無情にも地面に着地した。
僕の目の前でそのボールは物凄いドライブ回転がかかっていることが、着地したあとも少しグルグル回っていたことからも分かった。
「っと、玲姉16点目!」
状況の分析に集中しすぎて、一瞬審判としての役割を忘れかけていた……。
玲姉は僕からボールを受け取るとまた構えに入る。
美しい構えなのに先ほどの“超常現象“を前にすると恐怖すら覚える……。
名前通り“幻影”を見せられたかのような気分だった……。
「いくわよ! 幻影打ち!」
“幻影打ち”とやらはどういう原理か知らないが少し遅い。
速度をコスモニューロンで計測すると135キロ前後というところだ。
それでも滅茶苦茶速いんだけど(笑)。
ただ、ドライブ回転のキレと言う面では“幻影打ち“が上回る。
今回はまどかが完全にタイミングが合わずに地面に抉りこんでいく……。
「玲姉17点目!」
「さぁ、ドンドン行くわよ。幻影打ち!」
玲姉が巧みなのは「幻影打ち」と本人が宣言しているからと言って必ずしもその技を使っているわけでは無いことだ。
今はなったサーブはこれまで打ってきた150キロを超える“普通のサーブ”だった。
連合チームの動きのタイミングが困惑しているためか何も出来なかった。
「玲姉18点目!」
この距離に対して、これだけのスピードと威力だと僅かな判断の差があっという間に失点に繋がってしまう。
単純に技術やパワーだけでは無く駆け引きにおいても一流と言えた。
玲姉の動きの一つ一つが連合チームを絶望の奈落の底に落としているような気すら覚える。
「玲姉19点目!」
最初からこの技を使っていなかったのは単純に玲姉が連合チームの実力を測っていたに過ぎない。
ゲームを面白くするための“演出“だったという事なのだ。
玲姉にとって人数差はハンデですらないのかもしれない。
こうして一瞬にして形勢は逆転していくのだから……。
「玲姉20点目! マッチポイント!」
この5得点は連合チームはほとんど触れることすら叶っていない。
玲姉がひたすらサーブを打ち続けて1発で決まっていた。
一発ごとに連合チームの皆が顔が青くなっていくのが分かった……。
再び“サーブの恐怖”に襲われていっているのだ……。
「これで私のマッチポイントね」
玲姉がニコニコと笑顔になる。
なんということだ。これが“本気”ということなのか……。
本人が笑顔なのにゾッとした……。
しかも、フォームを見ても“150キロサーブ”か“幻影打ち”かどちらかは分からない。
手がボールに対して打撃する瞬間に違いを加えているのだろう。
その違いを見極めるのは正直言ってこの時間の間では不可能だろう。
もしかしたら、最新技術で分析しても“微差”ぐらいなのかもしれない。
「あの……ちょっと作戦会議のタイム良いですか!?」
島村さんが手を挙げて提案した。あの建山さんすら茫然としているようなので、このままでは敗北必至だったのでとても適切なタイミングと言えた。
「いいわよ~」
玲姉は油断をしているわけではないだろうが、リードをしている側の余裕か? それとも勝負を愉しみたいためか? とにかく分からないがタイムを許可した。
3人が集まる。建山さんとまどかは顔色が悪い。
「2人とも大丈夫ですか? ちょっと深呼吸しましょう」
島村さんが言うと3人は深呼吸をする。皆の顔色がちょっと良くなったのが分かった。
「でもさ、どうすんの? サーブのパターンが増えるだなんて聞いてないんだけど……」
まどかはまた怯え出している。唇が紫色だ。
玲姉の完成されたメンタルとは対照的に、まどかは色々とまだまだな気がする。
ちょっとのことでメンタルが大きく揺らいでしまうのだ――メンタル以前に実力が全く伴っていない僕が言える立場では無いことは百も承知だけど(笑)。
「正直、あんなものは見てから反応できるものでは無いです。
そして、皆気づいていると思いますけど玲子さんが幻影打ちとおっしゃっているからと言って本当に幻影打ちとは限りません」
「ふんふん」
建山さんが冷静に語りだすとまどかが頷いた。
「かと言って前もってからどう動くかを決めていると、玲子さんに思考を読まれます。
だから、打った瞬間にどうするのか決めた方が良いと思います
普通のサーブだと思ったのならこれまでのタイミングで、“幻影”だと思ったのならそれよりちょっと遅れて動き出すんです」
建山さんの分析は的確だ。茫然としていたわけでは無く、何かしらの勝ち筋を計算していたという事なのか。流石に一流のゲーマーである僕が見込んだだけのことはあった。
そしてその作戦は確率は50%ではあるがどちらかに絞れば可能性はあるように思えた。
実際にこの作戦でどうにかなるかは分からないが“行けるかもしれない”と思う事が大事だろう。
追い詰められた状態でメンタルまで負けていたら直近の5点のようにまずあのサーブに一瞬で捻じ伏せられる。
「そうですね。それしか手は無いですね」
「どうやら、もう大丈夫かしら?」
玲姉は気が付けば最初のようにビーチボールジャグリングを暢気にやっていた。
いつの間にか籠から取り出していたのだ。余裕があり過ぎる……。
「はい! どうぞ来てください!」
玲姉はそう言うとジャグリングしていたボールをポンポンと籠の中に戻していって元々使っていたボールを僕から受け取る。
「皆いい眼になったわね! いくわよっ! 幻影打ち!」
玲姉が打撃の瞬間に――止まった! つまり、本当の幻影打ちだ!
連合チーム側の方にすぐ目を向けると島村さんが“玲姉ワンサイド状態“になって初めて追いついて、胸でレシーブに成功した。
あの弾力が脅威のドライブ回転を吸収したのだ。やはり胸が大きいことは偉大だ……。
「一撃で同点にして見せます!」
そう言いながら建山さんは島村さんが上手い具合に上にあげてくれたボールを叩こうとする。
建山さんからとんでもない鬼気迫るものを感じた。大きく振りかぶって玲姉にも止められないようなとんでもない球を返すのだろう――と思った時だった。
バンッ! と大きな破裂音がした。建山さんの手が接触した時についにビーチボールが割れてしまったのだ……。
建山さんがこれまでに無い気合を入れてしまったのが裏目に出てしまったのだ。
これまで壮絶な打ち合いや玲姉の幻影打ちでこの2球目が破裂しなかっただけでも奇跡と言えたが……。
「勝者! 玲姉単独チーム!」
審判のようなポジションにいる僕はそう宣言するしかなかった。
それと同時に長いような一瞬のようなそんな対決は終わりを告げたのだった。
それはとても残念に思えたのだ。
単純に美少女同士の対決を見ることが出来なくなるだけではない。
それは本当に幻影のような時間だったのかもしれない。
もっと皆の絆を深める大事な時間のように思えたから……。




