第22話 5年ぶりの”旅行”
ご飯は家に残った烏丸が作ってくれてた。
肉の捌き方は驚異的に上手で今日はなんとイノシシの皮が残っていた。
あの皮も上手いこと剥いであるので売れるレベルだろう……。
「いやぁ、美味しかったぁ。流石烏丸は上手いねぇ……」
「明日から大旅行だからスタミナ付けておかないと倒れちゃいますからねぇ~」
「そもそも旅行じゃないし……お前、僕たちがいない間に虻利家を乗っ取るなよ?」
「それじゃぁ、虻輝様の財産を全部僕の名義に書き換えるぐらいにとどめておきますよ」
「それは強盗だろうし乗っ取ってるって……」
「ははは! 冗談ですってぇ。いやだなぁ~。掃除とガーデニングに勤しんでますよ」
「なんだコイツ……」
烏丸もどうも建山さんみたいに“裏の目的”がありそうな気がしなくも無いのだが、
どうにも掴みどころが無い。
本当に財産目当てなのだろうか? ただ、虻利家の資産は大抵は色々なシステムに紐づけされているから許可なく売却されてしまえばすぐに引っかかってしまう。
そうなるとただのギャグである可能性は高い。
暗殺するにしたって毒を仕込めば今日にだって殺せたんだ。目的がやはり見えない……。
建山さんは特攻局を利用して目的を達成する可能性があるが、烏丸はここで料理作ってガーデニングすることで目標を達成できるのか?
「お兄ちゃん体は本当に大丈夫なの?」
「うん、今のところは何の問題も無い。ゲームだって自在に今もやれている」
考えながらや話しながらでも次の大会へ向けて調整をしなくてはいけない。
今度の旅はもしかすると電波が届かない状況になってしまう可能性も高いからな……。
「もぉ~、本当にゲームが大好きなんだね。本当に恋人みたいだなぁ……」
「僕はもう2歳ぐらいからゲーム機を握っているからまさしく“人生の全て”と言ってもいいかな? これを失ったらもう僕には何も残らないよ」
「で、でもさ。懸命に何とかしようもがいているお兄ちゃんはちょっとカッコよかった……かな?」
まどかが赤くなりながらちょっと俯き加減にそんなことを言ってきた。
悔しいけどちょっとだけ可愛らしい。
「何言ってるんだよ。僕は元からSSS級イケメンだよ」
「またそれかよ……。むしろそれ言っている時の方がカッコ悪いよ……」
一気にまどかはゲンナリした顔になった。
ただ、まどかは赤くなっているより、そう言ったちょっと面白い顔をしている方が僕としては落ち着く。
「それより明日から太平洋で調査だが、お前こそ大丈夫かよ? 忘れたりして無いよな?」
ちなみに僕は大王の姿を見るまで完全に記憶から忘却していたがな(笑)。
大学に平然と行こうとして呼び止められてようやく気付くまである(笑)。
心のどこかで今日倒れたことで中止になるのではないかと願っていたが、残念なぐらいに今現在体調が正常に戻ってしまった……。
無期限延期になるぐらいボロボロになってくれれば――と思ったけどゲームもできなくなる状況は嫌だな。
「うわぁーい! 明日から旅行だー! 久しぶりだねー! 持ち物最終チェックしなくっちゃ~」
まどかがくるくる回ったり、飛び跳ねたりして喜んでいる。
そんなに嬉しいか? とも思ったがよく考えてみれば最近、玲姉やまどかと旅行に行って無かったな。
もう5年ぐらいは行って無いんじゃないか? 父上が忙しくなってしまってから家族旅行に行くことがめっきり減ってしまった。まどかはつまり小学生から家族旅行をしていないのだ。
虻利家の力を使えば遊園地もビーチも貸し切ることが出来るのでゆっくり過ごせる。
ただ玲姉は“あまりにも人気が無さすぎるとそれはそれで怖いわね”って意外と嫌っていた。
ただ、僕や玲姉は一般的な知名度と言うのが年々上がってきている。貸切らないと周りを包囲されるような旅行になってしまいがちなので、こういった家族でもない人たちとぞろぞろと旅行に行くのはある意味良いのかもしれない。
正確に言うと旅行じゃないんだけど(笑)。
「まったく、遊びに行くんじゃないんだから。これでも仕事なんだぞ? 往復で息抜きをしていいと言うだけでさ……」
僕が主導して旅行に連れていこうにも、そもそも僕自身がゲームの世界大会ぐらいしか外に出ることが無い。そして、2人も興味無さそうだったから海外の大会にも連れて行かなかった。
でも、今日の感じを見ていると僕の邪魔にならないように配慮していてくれたのかもしれない。色々と責任を感じた。
「でもさ、意外となんも無いかもしれないじゃん? そしたら遊んで行って帰るだけになるよね?」
「まぁ、そうだな」
ただの旅行だと思い込んで無邪気に喜んでいるところ悪いが、どうにもそんな気楽に考えて良いものでは無いだろう。
大王の持つ圧倒的な技術力で調査することが出来ず、玲姉や建山さんが危機感をもって付いてきてくれるのだから楽しめるのは往路だけだろう。
「お兄ちゃんを水着でメロメロにしてやるんだから!」
「僕をメロメロにして一体どうするって言うんだよ……」
「そ、それは……」
まどかは言いよどんだ。そしてまた赤くなる。
その顔を見て水着試着会のシーンが蘇った。どの水着も可愛かったと思ったけど、それはきっと僕が言うセリフでは無いだろう。
「あ、分かった! “メロメロ”って言うのは何かの効果音のことだろ?
ゲームの中ではそう言う効果音で相手を惑わしたりすることがあるからさ。
それとも新手の格闘技とか?」
「何言ってんだよ……。あたし、ゲームとか全然知らないんだけど……。
たまにほんとに同じ言語使ってんのか分かんなくなる時あるよ……」
そういってまどかはさらにゲンナリと言う感じで肩を落としながら立ち去って行った。
ふぅ、短時間の間に妹の分際で無駄に何度もドキドキさせやがって……。
そう言う表情は好きな相手だけに使えよ。僕の身が持たないし、他の奴には勘違いされるぞ……。
「まどかちゃんは、輝君相手だから“その表情”とやらを使っているんだと思うけど?」
「うわぁっ!」
玲姉が突然真後ろから耳元に囁くようにして話しかけてきたので、
文字通り何センチか飛び上がってしまった。
「輝君は本当に罪な男よね……。悪意無く女の子を傷つけることを無限に考え続けているんだから……」
「え? え? え?」
「ちょっとその本当に分かっていないって言う表情は腹が立つから、今日も今から訓練しよっか?」
僕の体が震えだしたのが分かった。
「さ、さっきまで倒れていたんだが……流石に明日から旅に出るわけだし、安静にしていたいんだけど……」
「とは言うけど、結局のところゲームをして夜更かしをしようって言う魂胆でしょ?」
「うぐっ!」
申し訳ないが今話ながらも次の大会に向けて調整をしている。
次の大会は総合的に色々なゲームをやらなくてはいけないので本当に時間が無いのだ。
「やっぱり健全な精神が無いと体の治り具合も悪くなっちゃうと思うのよね~。
疲れ果ててベッドに直行するぐらいにしないと駄目なのよ~」
「ぼ、暴論だ! パワハラだ! 殺人だ!」
「愛情よ! そんなに言うのなら、今日は“準備運動“だけにしよっか?」
「いぃぃぃぃぃぃぃ! それも体が無事で済むか分からん~!」
玲姉の言う“準備運動”とは当然うさぎ跳びと反復横跳びのことである。
この人は本当にオリンピック種目にするまでゴリ押しし続けるに違いない……。
「嘘よ嘘。さっきまでは倒れていたぐらいなんだから安静にしなくっちゃ。
明日から何が起こるか分からないんだからね?
ゲームはほどほどにして早く寝るのよ。
そうじゃないと本当に反復横跳びさせるわよ?」
「え……は、はい。一体何が待ち受けているんだろうな……」
いつものようにどこまでが冗談か本気か分からない。
でも、今回の旅が無事に終わってこんなやり取りがいつまでもできればいいんだが……。




