第20話 事件の裏側
「ぐ……ここは? 僕は勝ったのか?」
意識が朦朧としながら辺りを見渡すとどうやら医務室のようなところに運ばれてきていたようだった。
「あ、お兄ちゃん目を覚ましたよ! よ、良かったぁ――皆! 来て! 来て!」
まどかがパタパタと走って皆を呼びに行った。
ベッドに座り直して体に問題ないか色々動かしてみると、驚くほど何事も無かったかのように体調は良好だ。眩暈も吐き気も無ければ汗も出ていない。
少しするとまどかは玲姉を先頭に建山さんと島村さんを引き連れて戻ってきた。
「良かったよぉぉぉぉぉ! また心配かけてぇ!」
まどかがワンワンと僕の寝ているベットに縋るようにしながら泣きだした。
最近ホント尋常では無いペースで“死“に近い状況に直面しまくっているからな。父上の護衛している途中で襲われたり、ヴァーチャリストで閉じ込められたり、綱利に殺されかけたり……。
本当に申し訳ない気持ちになった……。
「まったく、本当に世話が焼けるんだから……。
あの状況で、どうしても勝ちたいという執念には驚きすら感じだけどね。
私としてはさっさと白タオルを投げたいぐらいだったわよ」
「で、僕はちゃんと優勝できた? もはや最後はどうなっていたのかも分からなかったんだけど……」
「勝ったわよ……ホント、そればっかりなんだから……」
玲姉はホッとした半分呆れ半分と言った表情だった。
「良かった……。夢じゃなかったんだ……。死ぬ思いをしながら続行して優勝できなかったら情けなさすぎる……」
「でも内容がゲームだからちょっと見栄えが悪いけど、あそこまで情熱をもってやりきるという事はなかなかできることではないからね。
いわゆる“男を見せた”というところかしら?
方向性を変えることが出来れば偉大な人物になることが出来ると思うんだけど……」
玲姉からいつもコテンパンに言われることが多いからちょっと照れる……。
「ゲームのイメージが悪すぎるのがね……。それを変えるために日々僕は戦っているのだけども……」
「でも不健康なのは間違いないですよ。
運動することは抗鬱剤と一緒だという研究もあるそうですから、
あなたが不健康と精神病を広めているという事ですよ?」
相変わらず島村さんは僕に対して辛辣だ……。
「それは面目ないな……実際に僕も体力が無く貧弱なわけだから他人のことを言えないわけなんだけど……」
「私は信じていましたけどね。虻輝さんはこれまでも絶体絶命の場面から大逆転してきましたからね」
建山さんがニコニコと笑いながら言った。
確かにこれまで追い込まれた状況から僅かな勝ち筋を見つけて逆転してきたが、正直言って勝ち筋が不明の状況から勝ったので今までと違った“奇跡”と言うのを感じた。
「もう最後は何をしていたのか分からなかったね。本当に勝ったのかすら分からなかったぐらいなんだからさ。
ダッシュ・ウルフが意思をもって勝ってたんじゃないのか? って思いたくなるぐらいだったよ」
「手元を見る限りいつも通りかそれ以上の動きをされていましたから、間違いなく実力ですよ」
「そりゃよかった。無駄に不正を疑われたくないからね。
ところで、今はどうして体に何も異常が起きていないんだ?
特攻局が何かしてくれたのか?」
建山さんはフッと怖いぐらい真剣な表情になった。
「虻輝さんの状態に異常が出てから色々と遠隔で検査させていただいたのですが、
白粉に江戸時代から使われていたような鉛毒が含まれていたそうです。
私は解毒のための注射と抗痙攣剤をすぐに取り寄せて使ったのが良かったと思います。
恐らくは汗と共に溶け出し、鉛中毒のような状態に陥っていたのだと思います。
我々特攻局はメイク担当者の所持している白粉に鉛毒が検出されたので即刻逮捕しました」
「えっ……! まさかあのおっとりしたメイクさんが僕を殺そうとしていただなんて……」
メイクをしに来てくれた時はそんな悪意は一切感じられなかった。
むしろ試合前の緊張感を解いてくれそうな笑顔を振りまいていたほどだった。
本当に恐ろしい暗殺者と言うのは敵意や悪意すらも和らげてしまうという事のだろうか……。
「人は見かけによらないという事ですね。
優しそうに近づいてきても裏では殺しにかかってきているのかもしれないので警戒された方がいいかと……」
「それは、建山さんにも注意しろってこと?」
建山さんの表情が緩んだ。
「私は虻輝さんに対しては、とことん尽くしますよ。安心してください」
「そうなの……」
僕の心が歪みきっているせいか分からないが、何かどうにも建山さんに対しては諸手を挙げて信用していい感じがしないんだよな……。
これだけ優秀で美人な人が何の裏が無いとは思えないから……。
しかも特攻局の出世頭だろ? なんか妙に“信頼感”を勝ち取ろうとしている感が拭えないんだよな。
でも、助けてくれたのは事実なんだからお礼ぐらい言わないとな……。
「建山さん本当にありがとう。今日は何から何まで世話になりっぱなしで……」
「いえいえ、虻輝さんの体調不良の中での大逆転を見られただけでも満足です」
「でもそれじゃ申し訳ないよ。何かお礼させてよ」
「それなら――私と今夜一晩ご一緒しません?」
「え……それって……」
建山さんが目を潤ませ僕の手を握ってきた。心臓が一気にバクバクと動き出した。
「建山さん勝手に2人の世界を作り出して何を言ってるの……。
しかも私の目の前で堂々とやるだなんて本当に良い度胸しているわね……」
玲姉がバッと僕と建山さんの間に割り込んでくる。目を血走らせながらどこから出してんだっていうぐらい低い声だ。地獄の門番でもこんな声はしないだろう……。
「じょ、冗談ですよ……それは玲子さんに勝ってからだって話し合ったじゃないですか……」
あの建山さんが額に汗がビッシリだ……。
「そうよねぇ~。まさか抜け駆けだなんてねぇ~」
声は戻ったが、目の奥はギラついている。
殺気だけで生命が死滅しそうなレベルだ。もちろん死滅対象に僕も含まれている。
「なんでそんなに怖いんだ……」
「輝君が空気読めてないからよっ! 私たちだって輝君のためにわざわざここに来たんだからねぇ!」
玲姉の距離が近すぎる……。それでも唾とかを飛ばさないのは玲姉の上品さがあってのことか……。
「み、まどかと島村さんもありがと。特にまどかと島村さんの2人は興味も無かったでしょ?」
「ホント、準決勝までは寝てたね……。でも決勝はあのボロボロの状態から勝ったのは驚いたよ……」
「大丈夫です。周りを警戒する任務があったんで時間を潰せました」
2人は予想通りの答えだった……。
「やっぱりな……。そういや優勝インタビューって大丈夫だった?」
「私が虻輝さんが優勝された瞬間に特攻局が別サーバーに繋げて私が虻輝さんっぽい応答をしておきましたよ。今回の優勝メダルはご自宅にお送りしました」
「建山さんが僕の代わりしたのかよ……」
「建山さんも独特の世界観があるから似たような感じの応答になっていたわね。
私から見ても違和感は無かったわ」
建山さんから映像が送られてきたが、確かに僕が話しているように見える――元の頭の出来の差だろうけど建山さんの方が遥かに“まとも”に見えてしまう……。
「いやぁ、思った以上に僕っぽく見えた。僕もそろそろ用済みという事かな?」
「何言ってるんですか。肝心のゲームのスキルで私は遠く及びませんよ。昨日だって全然相手にならなかったじゃないですか~」
「でも並みのプロより強いんじゃないか? 僕とハンデ無しでいい勝負が出来るだけでも凄いよ。普通ならこのまどかみたいにノーダメージで勝てるから」
「ちょっとぉ! いきなりあたしをダシにしないでよぉ!」
「あぁ、ゴメンゴメン。お前相手ならハンデありでノーダメだった」
「もっと酷すぎぃ!」
建山さんの意図は依然として不明だが、これまでも僕を殺そうと思えばいつでも殺すことが出来た。
今日だって“何もしない”ことが僕を殺す一番最善だったんだ。それを全力で助けてくれた。
腑に落ちないところはあるがやはり“敵ではない“と判断していいだろう……。
そんなことを考えていると、ピピピッ! とコスモニューロンに緊急信号が入った。これは超重要人物だ。
「虻輝様。近くまで参りましたので、お体の状態を直接確認させていただいてよろしいでしょうか?」
突如として大王から連絡があった。丁寧な口調だが、背筋が思わずピンと伸びた。
「あぁ、勿論歓迎するよ」
建山さんもそうだが大王もイマイチ意図が不明だ。皆にも伝えると皆も安どの表情が引き締まったのが分かった。




