第18話 あと1勝の遠さ
5戦目の終わりに遂に大きな異常が巻き起こった。
体が突然ブルッと勝手に震え、視界がグワングワンと歪み始めた。
「決勝戦第5戦、勝者虻利拳王」
5戦目は終盤追い上げられたもののなんとか勝ったが、まともに画面が見えなくなったので終盤はもはやカンで動かしていたといっていい。
気持ち悪いぐらいシャツが汗で体に張り付いている。
最近は寒いので暖房が効いているとはいえ、この汗は我ながら異常だ。僕の体に何か分からないが体が徐々にいう事を聞かなくなってきている。
ハンカチを取り出そうとしたが手から滑り落ちる。拾おうとするがそもそもハンカチがどこかにか行ってしまった。
と、とりあえず、水を貰おうか――。
う、嘘だろ……おい! 何か口にしようとしても言葉が出ない。
アバババババ……という僕が出したというのが信じられないような呻き声が出ただけだった。
第6戦を前についに椅子から崩れ落ちた。何かしら大会運営者が言ってきたようだが、聞き取れなかった。
とりあえずOK、大丈夫。とコスモニューロンで答えたが全く大丈夫ではない。
体を起こして座り直そうとするが、ビクンビクンと痙攣するだけだ。
椅子に戻るという簡単な動作が今の僕にはまるで富士山に上るかのように大きな障壁と言えた。
◇
玲子さんが撮影部屋に向かって1歩踏み出そうとしたとき、建山さんが玲子さんの腕を掴みました。
「……一体、何の真似かしら?」
「待ってください! 虻輝さんはまだ戦えます!」
「腕を離しなさい。さもなくば、あなたの腕を引きちぎってでも行くから」
ミシッと建山さんの腕から音がしたような気がします……。
「うぐっ……た、大会規定にはこういうのがあるんです。
試合が開始した場合大会関係者が許可しないで体に触れた場合はその選手は即刻失格になると……。
先ほどは試合開始のコールの前に天井が落下したので私たちも触れることができたのですが、今は触れてしまうと失格になります」
「……つまり、ここで黙って見ていろと言うのね? ――仮に輝君に何かがあった場合にはどう責任を取るつもりかしら?」
「今何とか必死に状況を打開しようとされているんです。
虻輝さんが負った後遺症の部分について私の体を後遺症が出るぐらい圧力を加えていただいて構いません」
2人の視線がぶつかり合います。20秒ぐらいそうしていると、サッと玲子さんが目線を逸らし、自分の席に戻りました。
「――その覚悟があるのなら、いいわ。大会の結果が出るまで動かないであげる。
あの状態でまともに戦えるとは思えないけどね」
私は思わず息をするのも忘れていました……。2人の真剣なやりとりにあまりにも見入ってしまいましたから……。
「はぁ……はぁ……私は信じているんです。虻輝さんならどんな状況でもゲームなら打開できると」
建山さんはただ単に玲子さんの腕を掴んでいただけなのにボロボロと言う感じです……。
「それならあの痙攣しているような状態でどうやって打開できるか見ものね。
そもそも椅子に座り直すことすらできないみたいなんだけど?」
玲子さんはそう言って自分の席に戻りますが、今までに見たことがないぐらい汗でびっしょりです。 それだけ焦っているということでしょう。でもそれを押しとどめるぐらいの気迫を建山さんから感じたのも事実です。
「お兄ちゃん……。どうしちゃったんだろ……。そして、ゲームになんでそんなに拘るんだよぉ……」
必死に椅子に座り直そうとしているのは本当に痛々しい感じすらします。
それを見てまどかちゃんは泣いてしまっているようです。
ついさっきまであんなに圧倒していたのに本当にどうしてしまったんでしょうか……。
皆こんなに信じているんですからあと1勝ぐらい何とかしてくださいよ……。
頼みますよ本当に……。
◇
「決勝戦第7戦。勝者フェルミ選手」
第6戦は記憶が無かった。記憶を失っていたのかもしれない。
ガラスの向こう側にまどかが見えた。何かを叫んでいるように見える。
建山さんは心配そうな目で見つめ、島村さんは部屋から目を背けている。
皆……! どういうわけか知らないが体調がおかしい。
でも、皆が見ているんだから無様に負けるわけにはいかない! もっとも皆はグニャグニャと曲がって見えるわけなんだが……。
僕の左腕だけでなく全身が勝手に震え始める。それを抑えようとしても勝手に左手がブルブルと震えてしまう……。
モロー反射と言ってブルッと勝手に動き出してしまうような状況が永遠と続いているような感じだ。
視界が歪み常にジェットコースターに乗っているような感じになってしまうので吐き気との戦いになる。もう目を瞑っている方が安全と言えた。
こんな状況が続くようでは素人には何とかなるかもしれないが、世界トップ選手には相手にならない。
「決勝戦第8戦。勝者フェルミ選手」
そんな中、試合だけは無情にも行われていく。ただでさえ一度対戦部屋が崩壊して中断したのに、ここで時間をかけていてはお話にならないからだ。
見ている側の人も時間に追われている。
この世界大会に人生を懸けている人間は参加者ぐらいなものだ。
「決勝戦、第9戦。勝者フェルミ選手」
しかし、普通の生活もでき無さそうなこの様な状況では当然のように試合にならない。HPゲージも0対100での敗北が続いている。
フェルミ選手も突然僕の動きがおかしくなったのを見て正直言って困惑しているようだ。
最初は何か新しい戦術かと思ったのか攻めてこなかったほどだ。
と、とにかくゲーミングチェアに座り直さないと……。
必死に椅子に戻ろうとするがとにかく体に力が入らなくなってきていた。
「虻利拳王……体調が悪いのでしたら棄権されることも……」
僕はコスモニューロンで大会運営者からの声を聴いて体の力が戻ったことが分かった。
ここで終わるわけにはいかない。終わることは存在意義の消滅を意味する。
今ある力を振り絞って椅子に戻ることが出来た。
「いや、大丈夫だ。ちょっと試合を面白くしようと思ってね。演出の一環だよ。ハハハ……」
コスモニューロンでは何とか反応できたが勿論100%嘘だ。全く体が言う事を聞いてくれない。自分とは違った組織が体を動かしてしまっているかのようだ。
全く僕の意思に反して勝手に動き出してしまう。
自分の意思を発信できただけでも奇跡と言ってよかった。
でもそれだけ気力で体が動かせるだけほんの少しだけでも状態が戻ってきていると言ってよかった。
とりあえず、どういう感覚の時どう動くかそれを冷静に検証していくべきだな。
普段のように状況分析と相手の行動予測で最適解を導き出し、細かい連携で攻撃をしていくのは困難だ。最早、眼を開けておくことすら困難なので、状況は音声だけで判断し、何とか手を動かすことに集中した方が良い。
――なるほど、手首に力を入れれば指は何とか中指ぐらいまで動かせると……。
下半身に力を入れればフラフラの状態は何とか改善できる。
そんな風に逐一どうしたらいいか確認をしていると汗が引いてきて逆に寒いぐらいになってきた。
でも異常な発熱をしているような状況よりは良い。
滝に打たれて冷静になったようなそんな感じになってきた。
「決勝戦、第10戦。勝者フェルミ選手」
いよいよリミットが来た。大まかにどうやれば手が動かせるか分かってきた。
視界がままならないのは相変わらずだが、今どうすればベストの力を出せるかは徐々に分かってきた。
泣いても笑ってもこの11戦目に僕の人生の全てを出し切るしかない!




