第17話 無理を承知
ようやくホッと一息が付ける観客席に来た。改めて対戦スペースを見ると部屋の天井が丸ごとくりぬかれたような感じになっている。
まどかはどうしてか手をぼおっーと見ている。僕の手を握った方だったが何か強く握り過ぎたのだろうか……?
「ふぅ、何とか生き延びたものだが。お客さんたちは大丈夫だったのかな?」
何か知っていそうな雰囲気の建山さんに声をかけた。玲姉はフェルミさんと何か話しており、島村さんは皆を観察しているような感じだ。
「犠牲者はいませんでした。司会者の2人は危ないところでしたが腕と顔に軽傷を負った程度で済みました。
恐らくは衛星管理システムでドームごと貫いた攻撃だったと思われます……」
「宇宙から狙われるとかそりゃ危険すぎるな……。
この試合が始まる前にも僕は狙われていたようだ。建山さん、何かあったな?」
建山さんはいつも強気で堂々としている感じがあるが、今はシュンとしており僕から目を逸らしている。
「はい……。実を言うと脅迫状が届いていたんです。
私たち4人が来たのも虻輝さんを守るためです。
虻輝さんが無事な上に、何とかお役に立てたので幸いでしたが」
「やっぱりそう言う事があったんだ……」
「黙っていて申し訳ありません。脅迫状ぐらい頻繁に来るという事を美甘さんからも聞きましたので、どれぐらいのリスクなのか図りかねましたので……」
建山さんは頭を下げた。
「いや、問題ない。それより一刻も早く決勝戦を再開をできるようにして欲しい」
「え!? この状況下でもやられるんですか!? 今大会はここで終わりにして同時優勝にしましょうよ……」
建山さんは僕のゲームに関して一定以上の理解があるとはいえ世界大会規定について細かいことは知らないだろう。
「建山さん……君は詳しくは知らないだろうが、同時優勝と単独優勝は全く扱いが違うんだよ。特に賞金が半額になる。
更に言うのなら、世界大会の年間賞金獲得レーティングというのがあってこのままだと優勝したのにレーティングが下がるんだ。
去年までは満額貰えていたわけだからね。
確かにこれまで何度も殺されかけたが、それでもこの大会だけは今日優勝しておきたいんだ」
「な、なるほど……分かりました。何とかしましょう」
無理は承知だ。流石に僕の熱弁に対してちょっと引いているようだった……。
「僕からの提案なんだけど、この会場からはお客さんは避難してもらって続きはVR空間でというのはどうだろうか?
入場料金、観客席代金は一部返金してもいい。
僕はお金と言うよりレーティングの数字が大事なんだ。
命の残りの“残値“と言ってもいい」
「そ、そうですか……」
「ただ、これは対戦相手ありきの話だからフェルミさんが同時優勝が良いというのならそれはやむを得ない。
完全に僕のエゴで提案している話なんだからね」
「分かりました。やれるだけのことはやりましょう」
建山さんの表情が引き締まった。何かしら覚悟を決めたのだろう。
「ふぅ、ありがとう。済まない無理をさせて」
「いえ、その言葉があれば私は元気100倍です」
そう言って建山さんは一瞬笑顔になるとパッと身を翻してフェルミさんの下に向かった。
「お兄ちゃん正気じゃないよ! こんなに危険だってのにまだやろうって言うの!」
気が付けばまどかが舞い戻っていた。
「僕からゲームを取ったら何も残らない。あったとしてもそれはただの肉塊に過ぎないんだ。特にこのFVの大会に関しては人生を懸けていると言っても過言ではない。
まどか、お前は僕に肉塊になれと言っているようなもんだよ」
「はぁっ!? 意味わかんないし!」
まどかのほっぺたがパンパンに膨らんでいるのを見て引っ張りたくなったが、
ここで口論になって思わず負傷していたら大会どころではなくなるからな……。
「まどかちゃん。輝君が正気でないのは今に始まったことじゃないわよ。
言っても聞かないし反対しても無駄よ」
玲姉がまどかに耳打ちしている。
「そんな……お姉ちゃんまで……」
「せめて納得して辞めさせないと、輝君のことだから魂の抜けきった廃人みたいになっちゃうのよ」
玲姉、小声で諭しているつもりなんだろうが聞こえてるぞ……。
理解があるのが嬉しいような……諦められていて悲しいような……。
「ともかく、相手が納得してくれれば僕はどういう形であれこの大会で単独優勝を目指す。
それが僕の生きる意味だ」
「いや、他の生きる意味を探しなよ……。ここここ、恋人とか……」
何どもってるんだよ……。
「僕の恋人はゲームだ。分かるか? 僕は人生を懸けて誰よりもやってきたんだ。
「はぁ~、これがお兄ちゃんか……。
前みたいに闇に一般人を送り込んでいるわけじゃないんだしね……」
まどかが不承不承ながらも引き下がってくれてホッとしたところで、
ポンポンッと肩を叩かれた。
振り返ると建山さんが笑顔で立っていた。
「虻輝さん。対戦相手のフェルミさんはどうやら虻輝さんと決勝で今日中に雌雄を決したいというご要望がありました」
「そうか。同じ感覚で助かったよ」
フェルミさんとしてはレーティング差がある以上、負ける可能性が高い。
ここで同時優勝としたほうが彼にとっては賞金的にも大会実績的にも合理的なはずだ。
ただ、それ以上に白黒ハッキリさせたいという気持ちが上回ったのだろう。
「ただ、ドーム運営側に問い合わせたところ、
どうやら先ほどの対戦部屋を復帰させることは困難という事です。
そのために、このドームにある撮影部屋に移っていただきたいとのことでした」
「分かった」
建山さんが歩き出すと僕は残る3人に手を振った。3人が渋々と言う感じで手を振り返すのを確認すると、急いで建山さんを追った。
「このドームの撮影部屋はゲームの不正チェック機能がありませんから事前に身体検査とコスモニューロンのチェックをされるという事をご理解ください」
「なるほど、通常の撮影部屋ではそういった仕様が無いからな」
「30分後に決勝戦は開始のようです。会場に来てくださった方も誘導に協力してもらい、
VR空間の特別席と虻輝さんのサインを後日送ることで納得してもらいました」
「あぁ、サインね……以前は100人分書いただけで肩が脱臼したよ。
この会場だけで何万人いるんだ……」
こめかみを抑える。聞いただけで正直、気が遠くなった……。
「何パターンか書いてくださればそれを模倣させます。
最新のロボットでは上手い具合にちょっとずつズラしてくれるのでまず手書きと勘違いすると思います。これで、労力は最小限で済むと思います。
このロボットはファンが幻滅してしまうのでアイドル業界など一部にしか知られていないのですがね」
「へぇ、そんなのがあるとは知らなかったよ。色々と手回しは流石だね」
「世界中のコスモニューロンなどでの視聴者も何とか納得してくれそうで良かったです。
なんだかんだで皆さんも決勝戦での決着を待ち望んでいるようです」
「僕も最高のプレイングを披露しよう」
「ええ、期待していますよ」
建山さんと別れて撮影部屋に向かう。建山さんの笑顔に励まされたわけじゃないけど、やる気が出てきた。それと同時に負けるわけにはいかないと更に思えた。
フェルミさんが先に来ており、その大きな背中が撮影部屋に入ろうとしていたので声をかけた。
「フェルミさん、対戦を引き受けてくれて感謝します。良い決勝戦にしましょう」
「いや、僕は君に正々堂々と勝負をしてそれで優勝を勝ち取りたいんだ。
ここまで来たら賞金の額なんて関係ないよ。
お互い全力を出し合おう」
そう言って僕と握手を交わし少し先にフェルミさんが撮影部屋に入る。
僕は日本語でフェルミさんに話しかける。フェルミさんは日本語で答える――ように見えるが、実際は翻訳されてお互いの言語にコスモニューロンを介在して自動的に変換されているだけだ。
今の技術では玲姉のような3日で何でもできてしまうような超人でなくとも言葉を通い合わせることが出来る
もっとも、ちょっとしたニュアンスやジョークみたいなのについては稀に誤訳してしまう事があるようだ。
その点、の通訳・翻訳者と言うのはまだまだ存在している。
「虻利5冠、チェックをお願いします」
「ああ」
専用の機械を通して不正アプリなどが無いか確認を受けた。
当然無いのだが、気が付かないうちにやらかしている可能性もあるし、毎回のように緊張してしまう……。
「どうぞ」
椅子は最高レベルのゲーミングチェアを何とか用意できていたみたいだった。
ちょっとした座り心地の差でも明暗が分かれることがある。ある大会でパイプ椅子みたいなのに座った時は途中から腰痛が酷かった……。
対戦専用の部屋と違って白い壁の簡素な作りに見えるが、恐らくは実際の観客に対する演出は派手にやってくれるのだろう。
対戦内容としては順調だ。決勝戦はBO11だから6勝先取りになっているが、難なく3連勝できた。
「ん……」
ところが4戦目あたりから視界が霞みだした。
4連勝目はなんとかなり結果としては問題なかったが、ここまでの心労で疲れが出てきてしまったのだろうか?
目を瞑って瞼の上をギュッと抑える。
あと2勝、何とか持ってくれ僕の体……。




