第14話 大会概要
「それでは、今回も優勝候補筆頭! 現在7連覇中の絶対王者である虻利虻輝5冠王です! どうぞ!」
プシューッと言う音共にあの人が手を振りながら現れました。
シルエットが見えた瞬間からキャァー! ッという黄色い歓声が球場全体から鳴り響き、まるでアイドルが登場したかのような雰囲気です。
いつもと違って――ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ凛々しく見えてしまいます。
「なんかさぁ、お兄ちゃんの入場演出がライト以外は他の選手よりしょぼくない?」
確かに他の選手が入場した際にはデジタルとはいえ花吹雪が舞ったりしていたのですが、ライトの演出の身にとどまっています。
「それは当たり前ですよ。虻輝さんが通過するあのゲートには人を識別するためのデジタル機器に爆弾が仕掛けてありました。
虻輝さんだと判別した瞬間に爆発する仕掛けだったのでピンポイントで狙っていたのでしょう。
また予備として置いてあったドライアイスや紙吹雪などに毒物が検出されたので直前でその場にあったものに切り替えたんです。
虻輝さんには物足りなく感じてしまうかもしれませんけど、命には代えられませんので……」
「ホントにお兄ちゃんを殺しにかかってるんだね……」
「特攻局の非番で空いている人員や近くにいる他の任務にあたっている者も含めて200人以上動員したのですが、それでもこの広いドームでは足りないぐらいです。
とりあえずは虻輝さんの行きそうなところを中心に調査をしているという感じですね」
「そこまで狙われているって凄いですね……」
「虻輝さんの日程がぎゅうぎゅうじゃなかったらすぐにでも中止にしたいんですけどね。
殺しにかかっている側もそこを分かって色々と仕掛けてきているのは間違いないと思うので何とか特攻局が守り抜きたいですね。
実行犯も続々と逮捕しておりまして今10人以上になっています」
それにしても、私情を挟んでいるとはいえ特攻局の処理能力も感服するしかないですね……。
敵だと思うと恐怖を覚えますけど、味方にするとこんなにも心強いものは無いですね。
味方と言えるかどうかも怪しいとは思いますけど……。
「うーん、光のあたり方がどちらかというと上斜め上という感じだからもうちょっとファンデーションを……」
玲子さんが勝手に何か小声で考察を始めています……。
私から見たら普段のあの人の様子と比べたらかなり華やかに見えるのですが、
メイクのプロとしてはそういうところも許せないのでしょうね……。
「虻利5冠王は1回戦シードなので2回戦になってからまたお越しいただければと思います」
そう言ってあの人は選手紹介を終えた後、ちょっとぎこちない笑顔で手を振りながらサッサと戻っていきました。
「あれっ! もう帰っちゃうの? 何でお兄ちゃんは1回戦免除なわけ? ズルくない?」
本筋とは関係ないですけど、まどかちゃんが建山さんの足元から上目遣いで見上げていてとても可愛いですね。
「前回王者枠とレーティング1位での特別推薦枠の両方を持っているからですよ。
予選を勝ち抜いた人でレーティング1位の人がいても1回戦免除なんです」
「建山さん。“れーてぃんぐ“とかいうのは何さ?」
「……レーティングというのは強さの指標みたいなものです。
一定期間ごとにリセットされ、ゲームのレギュレーションや環境が変わったりするから世界ランク1位を維持するのも大変なんですよ」
流石建山さんまどかちゃんの質問に対して適切に回答しています。
「ふぅん……よくわかんないけど、つまりずっと強いってことなんだね?」
「ま、まぁそういうことですね……。前回優勝者と大会直前に世界1位だと世界予選を経ることなく出場できます。
その2つを兼ねている虻輝さんは予選を1戦も経ることなくシードとして存在出来ているという事です」
「予選って言うのはどれぐらい大変なわけ?」
「まず国内予選から8人ずつ強い方がトーナメント方式で選ばれます。
その8人を選ぶのがまず大変なのですが、最大1万人規模から勝ち抜いています。
次に世界の地域予選をプレイヤー人口比で何人選ばれるかが決まっています。
その国の代表になるぐらいですからかなりハイレベルの戦いが展開されることが多いみたいですね
そして、地域予選を勝ち抜いた14人と前回優勝者とレーティング1位――この大会では15人がこの世界大会に集っているという事です」
「へぇ~そしてその集まった15人の中でお兄ちゃんは優勝候補筆頭なんだ……」
「更に凄いのが普通ならそこまで極めたゲームと言うのは1つか2つだと思うのですが、
虻輝さんに関してはあらゆるゲームを網羅し、10部門の世界大会いずれでも優勝経験があるという事です。
その中でもこの格闘ゲーム部門“拳王”の称号では絶対的な存在で7連覇しているという事です」
改めて経歴を整理してみてもとんでもないという事が分かりますよね……。
普段何だかやる気が無さそうでボーっとしているようなイメージしかないので私たちからすると意外なわけなんですけど……。
「なんか普段のお兄ちゃんと全くイメージが違うから驚きだよ……。
ダラけてどうしようもなく、お姉ちゃんに注意されてばっかりってイメージだった……」
「ご家族の理解がイマイチなのにあれだけのパフォーマンスを出せているのも驚きですね。
普通はありとあらゆるサポートをしてもらってようやくここに辿り着いていると思うのですが」
「心外ね。私たちだって全く輝君について理解が無いわけでは無いのよ?
ちゃんと今朝だってお弁当を渡しているし、普段の食事管理も私がやっているんだしね。
日々の悲惨な大学のレポートだって私が代筆してあげてようやく単位を取っているという有様なんだからね」
「この世には勉強で測れない能力もあるんですよ」
「輝君は良くも悪くもマイペースだから私たちの言葉についても意に介さないところがあるからね……。
最近危機的な状況に瀕する前まではかなり自由にやらせていたつもりよ――自由にやらせ過ぎて悲惨なぐらいな弱さだけど」
と言うか建山さんもマイペースで他の意見に対して意に介さないところがあの人とシンパシーを感じるのかもしれませんね……。
「でも、状況判断能力は超一流ですよ。皆さんも本当に見てくださいよ。
今日もきっとアッと驚くようなプレイングを見せてくれますよ。
FVは正直言って強すぎるんで、それを見せてくれるだけの相手が出てくれればいいんですけどね。
去年はほとんどストレート勝ちをされていたみたいです」
「どんだけ強いんだよ……」
まどかちゃんは半ば呆れたような顔をしています……。
「どのゲームでも強いと思うんですけど、格闘ゲームは実力差が出やすいのがありますよね。運が介在しにくいゲームなので虻輝さんが圧倒しやすいのだと思います。
虻輝さん自身もどうしてそこまで強いのかについて質問されると大抵はそう返答されていますし」
「玲子さんがリアル社会で強いのと同じような感じなんですかね……」
私が言うと玲子さんは遠い目をします。
「そうねぇ……でも、私は相手をなるべく怪我させないように注意をしているからね。
正直輝君のやっているハンデがあるゲームとは違った難しさがあると思うのよね~
私の場合は下手したら生死に関わるような怪我を負わせてしまう事があるから」
玲子さんは相手に合わせて手加減している感じがありますからね……。
恐らくは本気を出し過ぎると相手の生死に本当に関わってしまうのでしょう。
玲子さんのように優しい人が力を持っていてくれて辛うじて世界の均衡がとれているという感じがしますね……。
この力を虻利家側の人間が持っていたらと思うと改めてゾッとしますね……。
「私相手にすら手加減していたというか、様子見と言う感じがしましたからね……。
特攻局で歴代最高クラスとも言われたこの私が “面汚し“みたいになってしまうとは……」
「私の技も大半は見切られた上にあわや負けかけたんだから大したものだと思うけどね。
建山さんだって本領発揮していない雰囲気がしたから、正直どの程度出せばいいか迷っていたのよね……」
レベルが高すぎて正直ついていけない感じですけど……。
「話は戻しますが、ともかくゲームの世界では手加減をしないと相手が死んじゃうという事が無いので、虻輝さんは瞬く間のうちに勝っていきますよ」
「お兄ちゃんは体力が無いから、持久戦の方が不利になりそうだからね……。
“圧勝続き”だと正直言って見てる側としてツマンナくないわけ?」
「何言ってるんですか! 応援している人が圧勝していくなんて最高じゃないですか!
冷静に見ても虻輝さんはファンが多いですし、それだけ強い虻輝さんに仮に勝つという事にでもなれば大番狂わせという事でそれはそれで盛り上がるんですよ」
た、建山さんの熱量が凄いです……。
「なるほど、そういう視点で見ていくと確かに少し面白いのかもしれませんね」
「ゲームのルールは準決勝まではBO7。決勝はBO11となっています」
「なんだよ、BOなんとかって……」
「BO7というのは4キャラクターずつ見せ合った勝負で4キャラ全てで先取した方の勝ちという戦いです。虻輝さんは大抵4,5戦で終わらせてしまいますけどね。
BO11は6キャラクターに変わったバージョンです。
キャラには相性があるので全勝することは通常では難しいんですけどね」
「へぇ……聞けば聞くほどお兄ちゃんがやっていることとは思えないよ……」
まどかちゃんは本当に信じられないといった感じでずっと呆れ気味ですけど……。
「人間なんでも一つは取り柄があるという事ね。
建山さんの言う“抜群の判断能力”とやらをリアル社会でも発揮して欲しいところよね」
「玲子さんは分かっていませんね。
私たち特攻局ですら最初はVRでの訓練を経てから実戦経験を積んでいきます。
そういった前時代的な考え方では時代についていけなくなりますよ」
ピキッ……! と玲子さんの中で何かが割れたような音が聞こえた気がしました……。
「私と建山さんはそんなに年齢は遠くないでしょう? 私を過去の人扱いしないで欲しいわね」
玲子さんは無理やり笑っています……。お、恐らくは一番触れてはいけないことなのでしょう……。
「えぇ~。どうしましょうかね~?」
頼むから私を挟んで火花を散らさないで欲しいです……。低い声で言い合っているのでとても怖いですし、間に座っている身としては心身共に持ちません……。
私たちはこんな感じで小声で雑談をしながら試合が進行をしていくのを見守りました。
この2人はただ単に言い争っているように見えて、抜け目なく周りを観察して怪しい人がいないかどうかを見ているので本当に凄いなとも思いました。
できれば言い争いをしないであたりの観察をして欲しいですけど……。




