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第5話 悪夢の共闘決定

 今日の料理は和風中心だった。

 特に目を引くのは、刺身を豪華に盛り合わせたちらし寿司と抹茶をモチーフにしたプリンだった。


「いやぁ、今日は昼ご飯気が付けば食べてなかったんだよね。いただきまーす!」


 正直な話、昨日は吐いたし、今朝もご飯を食べられなかった……まともに食事をしたのはかなり久しぶりな気がした。


 玲姉からドリンクをもらったりしていたから栄養そのものは取れていたから助かったけどね。

そういうわけでお腹が空いていたので、品数はあるが個々の量はそれほどでもないのであっという間に食べ終わった。


「御馳走さまー」

 みんな一様に御馳走さまを言うと、島村さんが切り出した。


「あの、玲子さん。私、BUDにバイトで雇って欲しいんです! 

 ここで自由に暮らさせてもらっている以上はお給料は要りません! 

 今は足のことはありますけど足手まといにはならないように全力を尽くします!」

 

 玲姉は少し考えた――そぶりを見せた後(多分間を取っているだけだろう)、唇の先が吊り上がるような形でニッコリ笑った。

 ……あの笑い方は僕の経験則からいくと僕に意地悪をしてくるときの顔だ……何か背筋にゾクリと嫌な悪寒がする。


「いいわ、知美ちゃんを雇います」


「ほ、本当ですか!? とっても嬉しいです!」

 島村さんの目が文字通り輝いている。

 僕としても玲姉が島村さんを引き取ってくれるのは大変ありがたい。上手くいけば僕は何の手を下すことなくとも島村さんを更生させることができるからだ――だが先ほどの悪寒がそう上手くはいかない気がする。


「なら、私からの最初の業務命令は――輝君ととにかく一緒にいること」

 ああ……これだから困る。


「そ……そんな……」

 島村さんが天国から地獄へ叩き落されたような表情になった後、僕に鋭い目つきを飛ばしてくる。

 おいおい恨むなら僕ではなく、玲姉に言ってくれ……僕だって正直言って困惑しているんだ……。


「あの~。僕の意思の意見を聞かれるという余地は――」


「無いわ。あなたの保護者はこの私よ」

 一蹴された。ピエロのように固まる僕がいる。

 僕に関係することなのに僕の意思が介在する余地がないとは一体……。

 しかも一応は成人年齢ですよ……。


「知美ちゃんの虻利アレルギーを治すためには、輝君と知美ちゃんのセットでいることは欠かせないと思うのよね」


「凄い荒療治ですね……」

 もう、島村さん泣き出しそうな顔になっているじゃないか……とんでもなく嫌なことをさせられようとしているんだろうな……ハハッ……。


「知美ちゃん。私に対してのアレルギーは無いわよね?」

 島村さんが一転笑顔になり顔を上げる。


「勿論ですっ!」


「でも、よくよく考えると、私も虻利家とは遠縁なわけなの。

 それにこうして輝君とは長年一つ屋根の下で暮らしているわけだしね。

 つまり、私にも同じような責任があると思ってもらって構わないわけよ」

 

 流石の論法だと思った。玲姉に対して大丈夫なら僕に対してもアレルギーが無くなるだろうと言っている。同時に、僕を追求するなら自分にも責任があると言っているわけだ。


 こうやって相手が拒みそうなときも相手の“弱点“(この場合は自分への憧れ)から強引にこじ開けて自分の思い通りの選択をさせてしまう――これが玲姉の凄いところと言えるだろう。

 

 こういう“玲姉式論法“はBUDの事業拡大の際にもいかんなく発揮されており、大事な場面で自ら交渉に乗り出て強引に交渉で切り拓いていたわけだ。


「そ、そう言われてみればそうかもしれませんが……でも、玲子さんは世の中の女性をいつまでも美しくしたいという理念も持っておられますし、悪いことをされていないではないですか」


 島村さんは玲姉には責任がなく僕だけが悪だということにしてしまいたいらしい。


「それも知美ちゃんの一方的な偏見の可能性もあるわよ。

 何といっても私にも虻利の血が入っているんだから……もしかしたら世界を破滅に導くためのファクターが仕込んでいるのかもしれないわよ」


「私のカンからすると、玲子さんはそんな人じゃないと思います。

それに玲子さんの事業を展開してから実際に美しく健康な女性が増えているように思えます。

玲子さんは、虻利本家とは違い、恐怖と絶望に人々を陥れさせているのとはわけが違うように思います」

 

 島村さんも自分の感覚で話しているとは言え伊達に帝君大学に入っただけの知性はある。

 推薦とはいえある程度は内申点がなければ推薦状はそもそも出すことができないのだから高校での成績は抜群だったのだろう。

 

 そして、島村さんは自身への評価に対しては大変謙虚であることは多いが、自分の考えを中々曲げようとしない。

 それが例え自分の尊敬する玲姉が相手であったとしてもだ。


 だから父上を暗殺しようなどと大胆なことを行動にまで移し、あと一歩のところで目標を達成するところまで至ったのだろう。その点は年下ながら凄いことだと思った。


「なるほど、確かに実際に私は裏の意図は存在しないしね。

 それでも私にはね、輝君への保護者的なポジションでもあるわけなの。

 だから、輝君をこんな風に育ってしまったことに対する責任があると思うのよ」


 玲姉は目の端で僕を見つめる。それに対して僕も眼で答える“こんな風に”とは何だよ“こんな風に”とは……。


「とはいっても、玲子さんとこの人とは7歳しか離れていないじゃないですか。

 教育を全て押し付けていること自体が異常で玲子さんに責任はないと思います。

 やっぱり親の影響が大きいですよ」


「それでも家族として何かしてあげられる機会がこれまでもあったはずなのにそれを見過ごしてきた……それは事実なのよ。だから、輝君のことは私のことでもあるの」

 

 玲姉も自信の能力が大きすぎて苦しんでいた時もあったようだし、その後はBUD社を拡大するために全力を挙げていた。

 そのために、他人に対して面倒を見ている暇なんてなかったはずだ。


 確かに僕は玲姉のことを“お姉ちゃん以上にお姉ちゃん”だと思ってはいるが実際のところは姉と弟ですらないんだから僕に対して直接責任があるように思えなかった。

 ここで会話に入るのは野暮だろうから入らないけど……。


「私もこの人の父親に家族をバラバラにされたんで、たとえ玲子さんの願いでも、“はいそうですか“と素直に聞くわけにはいきません」


「……そんなに輝君のことが嫌なの?」

 僕はこの瞬間から玲姉が次のフェーズに入ったことに気づいた。目が潤み始めている。僕はこれが玲姉の説得の“業“の一つであると分かっていてもやはり引き込まれるほどの感情がこもっているように感じる。


「そ、それは……」

 玲姉は島村さんの手を握った。流石にたじろいだようで瞳が揺れている。


「お願い知美ちゃん! 輝君を信じられない気持ちはよくわかるわ……でも輝君は今からでも立ち直ろうと努力をしようとしてあなたを助けたのよ! 輝君を信じられなくても輝君を信じている、私を信じて!」

 これが玲姉の必殺技である“泣き落とし“だ。

僕も自分の考えを通そうと頑張ってもこの潤んだ瞳、熱量のこもった声に何度負けたか分からない……。


「こ、これでは私が悪者みたいです……分かりました。

 ここに住まわせていただく恩もありますし、

 何ができるか……何をするのか分からないですけど、この人と協力していきたいと思います」

 玲姉のことだから早々にウチに住むことを提案したのもここまで読み切ったからかもしれない。


 本当に頭の良い人間というのは、自分の持って行きたい目標地点に向かって落とし込む戦術を心得ている。玲姉の場合は二重三重にこうした“仕掛け“があるのだ。


「私も私なりに輝君の成長や改善をサポートするわ。

 でも、長年輝君を知りすぎてしまったがために見えなくなっていたり、

 言えなくなっている部分もあると思うの。

 だからそういうところをあなたに助けて欲しいなって思っているわ」

 

 島村さん結構手厳しいからな……僕のメンタルが実はかなりヤバいところまで追い詰められていたんだから……。


「輝君も、さっきから頭の中で実況解説しないで何か知美ちゃんに言いなさい」

 突然玲姉に話を振られてハッとなった。

こうして心の中で思っていることもすべて筒抜けだからな(笑)。


「あの……島村さん。僕も僕なりに変わろうと思う。

 僕といるのは心の底から嫌だと思うけど、なるべく不快にさせないように頑張ってみる。

 それでも何か不満に思えたならどんどん言って欲しいんだ。

 必ず変わるきっかけになると思うから」


「……分かりました」

 僕だって変わりたくないわけでは無い。

 ただ、これまでは真実から目を背け、変わる気概も無かっただけだ。

 この機会を逃せば虻利の闇にのまれ一生自分が苦しむか、悪魔に魂を売り渡し、他人を苦しめ続けることだろう……。

 島村さんも不満は表情には残ってはいるがとりあえずは納得してくれたみたいだった。


 ぶっちゃけ、島村さんが玲姉を尊敬していると知ってからは玲姉に何とかしてもらおうと思っていた僕としても島村さんと一緒に行動しなければならないと思うとこれが悪夢であって欲しい――気が付けば『夢でした!』で終わって欲しいと思える出来事だった……。


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