第8話 不可解な興味
爺と建山さんの僕を鍛える士気が無駄に上がってしまったので、リアル世界から帰還した時でも憂鬱感が抜けなかった……。
2人ならばVRやゲームで勝てているからってリアル世界で勝てるとは限らないことぐらい分かっているだろう。つまりただ単に煽てて僕のやる気を起こさせようという作戦なのだ。
特に僕は、追い詰められたときに結構細い勝ち筋を狙って特攻していくタイプだ。
そんなことをリアル世界でやったら身が持たないからやめろと玲姉から何度も指摘されている通りだ。
爺や建山さんだってそんなことは百も承知だろうから、
僕にちょっとでもやる気を出させるための“工作”に違いない。
「――その様子だといつもとは違った訓練だったみたいね?」
そんなことをグダグダと考えていると玲姉が笑顔で近寄ってきた。
「今日の2人は明日の世界大会の訓練としての手伝いをしてくれていたんだ」
「あぁ……ゲームね。大体そう言う大会は1か月に1回ぐらい行われるわよね」
「んー、年10回だけど8月と9月に2回ずつ集中しているかな? 9月は欧米じゃ秋休みにも入ってるタイミングだからなんだろうけどね」
玲姉は記憶違いを全くといっていいほど起こさない。
それにも関わらず間違えているというのは、マジでゲームに興味が無いからだろうな……。
いつも色々なことをやっていて忙しいというのもあるだろうけどね……。
「正直なところ虻輝様のゲームの実力を見くびっておりました。
あれほどの的確な判断能力と機転の利き方はなかなかできるものでは無いですぞ。
身体能力が追い付けばリアル社会でも間違いなく活躍でるとこの爺が保証いたしますぞ」
「特に劣勢になった時の勝ち筋の見極めが独特ですよね。
私も色々な相手を目の前にしてきましたけど、正直なところアッと驚かされましたよ」
爺と建山さんが次々と絶賛の言葉を述べてきた。
こういう不自然なほどの賞賛は大体僕にとって良くないことが起きるのがこれまでの流れだった……。
「へぇ~、お兄ちゃんってやっぱりゲーム凄いんだ」
まどかが気が付けば僕のすぐ横にいた。
「お前が知っているかどうかわからんが一応世界王者だからな? これまで通算21回世界大会優勝して、現在も5冠王なんだが……」
ウチにいると賞賛の欠片もないから大したことないような気がしてしまう不思議……。
「あたしは相手に全然ならないから本気を出してももらえていないよ……」
お前、絶望的に弱いからな……。目隠しで両手縛って足の指でプレイしても勝てそう……。リアルでの攻撃を受けそうでそれはそれで怖いんだけど(笑)。
「確かに村山さんと建山さんがそこまで言うのであればどんなレベルなのか気になるところではあるわね……。
そう言えば、私はまだ一度も輝君が大会で活躍しているところを見たことが無いのよね」
まどかが左隣なら玲姉は右隣に現れた。
「そうだったんですね。玲子さん色々とお忙しそうですからね。
皆さんがそうおっしゃるのでしたら私も興味がありますね」
島村さんも全く興味が無さそうと言う感じで聞いていたのだが、
玲姉とまどかが言い始めるとちょっと距離が離れているにせよ途端に同意する。
「ということで、時間がある人は輝君を応援しに行かない?
村山さんや建山さんが絶賛するプレイングを直に見に行くのよ」
「さんせーい!」
玲姉の意見にまどかが真っ先に賛同する。
全くもってまさかの展開だった。これまでは“ふぅん、お弁当作ってあげるから頑張ってね”とか“へぇ~そうなんだ”とか2人はその程度の反応だったというのに……。
これが嫌な予感だったのか……。
「私も興味があります! ご一緒させていただけますか?」
建山さんが行きたいのはなんとなくわかるが、他の3人は本当に意味が分からない。
「いやぁ、皆。無理して来なくていいよ。それぞれ忙しいでしょ?
折角の日曜なんだしゆっくりと過ごした方が良いんじゃないのかなぁ……。
月曜からもバカンス――とは言っても何が起こるか分からないわけなんだし」
玲姉がニヤニヤとしながら僕の目の前まで迫ってきた。
汗がにじんでいるにもかかわらず香しい匂いがしている……。
油断すると脳が変な方向に汚染されかねないから気を引き締めないと……。
「あらぁ~。もしかして恥ずかしいのかなぁ~?
私たちに見られると緊張して力が出せないとか~?」
「そ、そんなことは無いと――思いたい」
正直なところ誰に見られているかとか、試合が始まってみればそんなことは忘れると思うんで、純粋に驚いたというのが大きい。
今まで一度もそんなことは言ってこなかった。これには何か裏があると思うしかない。
「虻輝さんが顔を赤くしながらゲームをしている姿を思い浮かべるだけでなんだか微笑ましくなりますね。私も行くのが愉しみです」
建山さんまでそんなことを言ってきた……。
この人は実は暇なのか最近の僕にまとわりついてきている感が凄い……。
そう見せかけて自ら監視している可能性は否定できないけど、
どうにも見た目が強くなさそうな分警戒心が下がるんだよな……。
実際は訳が分からないぐらい強いんだけど……。
「どうなんでしょうか? 想像もつきませんから私も興味がありますね」
島村さんは本当に本心で言っているのか定かではない。付き合いが短いからかもしれないが……。
「玲姉やまどかや島村さんはゲームなんて見ても分からないだろうから、
絶対につまらないと思うよ。まどかは退屈して寝るんじゃないかな?」
「えー、そんなことしないよ――多分」
まどかは僕から顔を背ける。絶対に嘘だ。本当に何か裏があるのだろう。
しかし、これだけわかりやすいのに口を割ってはくれ無さそうだった。
特に玲姉に言われていると口だけは堅い。追及しても口論になってどういうわけか玲姉から制裁を食らうだけだ。
ここは裏があろうとなかろうと素直に、応援してくれることにお礼を言うのがベストだろうな。
「どういう風の吹き回しか知らないけど、皆が応援してくれるなら嬉しいよ。
僕は無駄にファンが多いけど、父上も弟たちも来てくれたことが無いから知った顔が会場にいてくれたことが無いんだよね。
折角だから僕が出来る一番いい席にしてあげるね。建山さんに4人分の入場チケットを配布しておくからさ」
世界大会参加者は5人まで無料券を身内用に配布される。使われなかった分は当日の一般販売枠に回される。僕の無料券はこれまで一般販売枠に回され続けていた。
これを使える日が来るとはね……。
「う、うん。ありがとね」
玲姉は何とも言えない表情で言った。
こりゃ、本当はゲームに全く興味が無いけど仕方ないといった感じだ。
玲姉もまどかほどでは無いが長年一緒にいると表情で大体分かるが、結局のところそれはあまり意味をなしていない。力の差が歴然としすぎているから押し切られるんだわ(笑)。
「わぁ、前から3列目とか最高の席じゃないですか! 虻輝さんありがとうございます。今日は明日のためにもゆっくり休んでくださいね」
建山さんは結構表に本心が出にくいのか、何を考えているのか不明だ。ある意味建山さんが一番不気味だよな。
「それじゃぁ、明日よろしくね~」
気楽な笑顔を浮かべて去ったつもりだが、ちゃんと笑えているかは謎だ。
うーん、しかしわざわざ4人が来ることって一体何なんだろうな?
なんか余計な心配事が増えたな――と思いながら自分の部屋に戻る。
妨害? ――いや、建山さんに関してはゲームの世界大会の重さを知っている。まどかだってゲームを僕の“不健康な仕事”ぐらいの認識でいてくれている。
きまぐれ? ――でも、4人がいっぺんにその気を起こすとは考えにくい。玲姉とかは最初の頃は来て欲しいって言っても来てくれなかったぐらいなんだし……。
でもやっぱり、本当に僕のゲームのプレイングに興味を持ったとは、特に玲姉とまどかの表情を見ている限りあり得ないんだよなぁ……。
まどかに本当に興味があるときは目を輝かせて僕を振り回すような感じだけど、今日は台本を読んでいるような雰囲気があったしな。
とにかく考えても分からないことだらけだった。
まぁ、とりあえずは明日最高のパフォーマンスを発揮できると思う事だ。
玲姉たちについては“案山子”だとでも思っておけばいいだろう――随分美人な案山子なんだけどさ……。
明日の最終調整をしながらそんなことを永遠と考えていた。




