第3話 胸の大きさ論争
そんな風に僕が茫然と考えていると島村さんが玲姉に深刻そうな表情で向かっていった。
「あの、玲子さん。ちょっとお話良いですか?」
「ええ、勿論よ」
「胸を小さくする手術をしたいと思うんです。できれば出発の前までに全てを完了できたらいいんですが」
「え!? そんな勿体ない!」
島村さんの発言を聞いて思わず反応してしまったが、しまった! と思った。
話をしていた玲姉、まどか、島村さんはちょっと驚くようにして僕の方を一斉に見てきた。
「あ……。これは僕の一意見でして。島村さんの選択に任せるよ……」
な、なんて気まずい雰囲気なんだ……。に、逃げ出したい……。
「……私は手術の跡が残らないような腕の良いお医者さんを紹介してあげられるけど、こんな風に“胸の大きな女の子大好き!”な男の子も多いからねぇ~。
もうちょっと考えてみたらどうかしら?」
スゲー冷ややかな目つきで玲姉は僕を指さしていた……。
「お兄ちゃん。本っっっ当にっ! 胸の大きい子が好きだよね……あたしなんて人権無いとか思ってるんでしょ?」
まどかは逆で頭に血が上ってそうだ。
「いやいや、そんなことは微塵にも思っていませんよ。そうですとも」
「そうなんだ。そんなにも胸が大きい方が良いんだ……」
まどかさらに体をプルプルさせながら向かってくる。
おい、僕の発言聞いてたか?
「ま、待てー! 早まるなぁ~! やっぱり玲姉みたいな淑女になりたいのなら、ここは怒りを抑えるべきじゃないか?」
「全く……モノは言いようだねホントに……」
とりあえず怒りの矛を収めてくれたようで良かった。がまだ額に青筋は浮かんでいた。
「小さくしたら中々元には戻らないから、ちょっと考えてみて?
今回は今の大きさのままで水着を買いましょう?」
「分かりました……今後についてはよく考え直してみます」
島村さんは俯き加減で表情が見えないが、暫定とはいえ“男のロマン”は存続しそうで本当に良かった。
あぁ、何だかんだで島村さんの水着姿が密かに楽しみだなぁ~。
見るだけならタダだし、凝視しなければ島村さんの不快感も無いだろう……多分。
「それだけあると中々大変なのは分かるけどね。さぞかし動きにくいでしょう。
私も誰かさんが胸が大きい子が好きじゃなければもっと小さくてもいいと思うしね」
「え……? それって僕のこと?」
「さぁ、それはどうかしらねぇ~」
玲姉はニンマリと笑う。例によってただ単に遊ばれているだけか……。
「いやぁ、もうあたしなんて人生の中で一度も悩むことのない話だよ……」
まどかは自分の胸元に視線を落とす。うん、どこをどう見てもペタンコだ。
「ま、まぁ。胸以外にも人間として評価されるところを磨けば良いんじゃないか?
世の中には胸が小さくても評価してくれる人はいくらでもいるだろ」
「そ れ じゃ ダ メ な ん だ よ !」
まどかの神経がブチッと切れた音がしたような気がした。
フォローしているつもりなのに何をそんなにキレるのか意味が分からないが、
僕めがけて飛び掛かってくる!
このままでは今度こそボコボコにされるか、物を投げつけられる……。
「ま、待てよ。ぼ、僕はふと気づいたぞ。まどかが玲姉や島村さんより完全に上回っている点が」
まどかの動きがピタリと止まる。そして小動物のような期待の眼に変わる。
「え!? 何々!?」
「それはだなぁ」
そう言いながら僕はまどかの頬っぺたを引っ張った。おぉ、伸びる伸びる……。
最近毎日のように頬っぺたを引っ張り続けているからだろう……。
「お前の頬っぺたの伸び具合だ! これなら玲姉だけでなく全人類に勝てるんじゃないかぁ?」
まどかの顔はさらに赤くなる……。
「全然っ! 嬉しくないよぉぉぉぉっ!」
そう言ってまどかは僕の胸ぐらをつかんできた!
僕は抵抗しようとするがあまりの力の差の前に全くの無力だった……。
バシンッ! という音共に僕の腰から叩きつけられた……マジで痛い……。
「さ、まどかちゃん行きましょう。まどかちゃんも体幹をしっかり鍛えて輝君をさらにボコボコにできるようにしないと」
「そうだね。こんな酷いお兄ちゃんに舐められないようにしないとね」
玲姉とまどかが遠ざかっていく。入れ替わりで島村さんが近づいてくる。
「あまりにも愚かすぎます……まどかちゃんについて本当に何も分かっていないんですね……」
島村さんがとてつもなく冷たい目で見降ろしてくる。
「イタタタ……何がどう分かってないって? これでもずっと一緒に暮らしているから分かっているはずなんだが……」
「どういう時にまどかちゃんが怒っているのかよく考えてみたらどうですか?」
島村さんは法則性があると思っているのか? 流石に頭のスペックが違うな……。
「うーん……まどかが怒っている時ねぇ……。
あぁ、分かった! 僕にデザートを取られた時の怒り方は尋常じゃない!
アイツの食い意地の張り方は尋常じゃないからなぁ~」
島村さんは、はぁ~と盛大にため息をついた。
「まどかちゃんが本当に可哀そう……。こんな感じでずっといるわけなんですね……」
「じゃぁ、島村さんはどういう風に考えているのさ?」
「教えません。それより、私のこと胸の大きさ以外で評価していないんですか?」
思わぬところに話が戻ってきた。思わず島村さんの胸元に目が行くと屈んでいることもあって服が可哀そうなぐらい下に伸びているわけだが……。
「そんなことは無いけど……。でも正直に言うから怒らないで聞いて欲しいんだけど」
「はい」
「島村さんの魅力の大きな要素を占めているのは間違いないと思うね」
島村さんの目が鋭くなる。
「最低……そんな風に見ているんですね」
そう吐き捨てるように言って島村さんは僕から離れていった。
島村さんとの亀裂や溝の深さは今に始まったことではないが、やっぱり辛いものがあった。
「流石にあそこまで胸が大きいと大変そうですよね」
僕がショックに打ちひしがれていると建山さんが僕を起こしてくれた。
「そうだよね……」
建山さんはどちらかと言うと胸が薄いというか体そのものが細い。
建山さんは僕に対して怒ったところを見たことは無いが、玲姉や島村さんに対する対応を見たら恐ろしい。ここは発言や反応に注意しなくてはいけない。
「牛のように胸が大きかったところで、意味がないと思いますけどね。
やっぱり大事なのは人間性ですよ。
どれだけ相手のことが分かっているのか? そこが大事だと思います」
島村さんは流石に牛ほど大きくは無いと思うけどね……。
「そりゃそうだ。見た目だけで判断するような世の中だったらもう終わりだね。
遺伝子の段階で大分差がついてしまうからね」
「では虻輝さんは胸の大きさで判断されないと?」
「そりゃ勿論だよ」
建山さんの笑顔がスッと感情が抜き取られたような感じの無の表情になった。
「――嘘吐き。本当は胸が大きい方が好きな癖に。
さっき島村さんがとりあえず手術をしないと決めた時は顔が綻んでいましたよ」
うぐっ! 見られていた!
「そそそそ、そんなはずは無いよ。」
「はぁ~結局胸で全部評価が決まるんですね。本当に古代の昔からずっとそうなんですね。
前々からのことなので今更と言う感じもしなくはないですけど」
これは“女の勘“と言うやつなのかいつも建山さんが僕を監視しているのか分からないが言い逃れが出来ない……。
「ち、違うんだ。あの膨らみに目線が勝手にいってしまう奇病に罹っているんだ!
これは不治の病で1000万人に1人しか罹らない難病で――」
「訳の分からないことを言ってないで、今日も訓練しますからね。
特に厳しくいくので覚悟してください」
こうして今日は建山さんに訓練場に拉致されていったのだった……。
引きずられながら、一体僕は何と答えるのが正解だったのだろうかを考えていた。
もしかしたら何と答えてもダメだったのかもしれない……。
とにかく恨むのは“男の本能”だ。だって、仕方ないじゃないか。あれだけの膨らみを見せられたら自然と水着姿に期待感がマシマシになっても……。




