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ディストピア生活初級入門(第5部まで完結)  作者: 中将
第4章 反成果主義

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第86話 綱引きの相手

 大王の巨大な研究室の重厚な扉の前に赤井綱利が立っていた。

 ピッと身分を認証するとたちまちその大きな扉がスピーディーに開いた。

 

「よく戻ってきてくれました」


 その綱利が部屋に入ると大王が口ひげを触りながら快く出迎えた。


「局長がまさか呼び戻してくださるとは思ってもみませんでした。

 もともと虻輝の方を高く買っているのかと思っておりましたので……」


「虻輝様に関しては発想パターンが独特で興味深く見ていますが、

 能力そのものはそこまで高くはないでしょう。

 とはいえ、惹きつけている周りの人材は驚異的ともいえるので、それも含めて――という評価です」


「そ、そうでしたか……」


「赤井君も知っていると思いますが、私は同年代の有望株同士を競争させます。

 その方がより力を発揮するようになりますからね」


 その瞬間、綱利の脳裏に蘇ったのは「新進化論への提言」について“為継のを採用する”そう言われた時だった。あの時の自分は死刑宣告を受けたような気分だった……。

 これまでの人生のすべてを否定された気になり、科学技術局を退職したほどだった。


「私としては局長のバックアップもあって最善を尽くしたつもりだったのですが、柊玲子が想像以上でした。

 25メートル上から落ちた人間を無傷で受け止められるのは常軌を逸しています……。

 実は大王局長が造られた人造人間か最新人型ロボットなのではないのですか?」


 綱利は玲子が受け止めた瞬間、そんな馬鹿な! と叫んで頭を抱えていた。

 全ては計画通りだったのにあの瞬間、完璧なシナリオは崩れ去った。


「何度も分析していますが、生物学上人間に分類されていることで結論は変わっていないんです。私でも信じられないのですがね。

 彼女については研究を続けていますが、私でもいまだにわからないところが多いのです。

 データがまた取れたので良かったとしていますがね」


「は、はぁ……」


 科学技術局の中でも“柊玲子は人類ではない疑惑”が幾度も浮上し、何度も検査と実験を続けた。

しかし、玲子本人がそこそこ協力するものの全ての力を出していないために解明できていないことも多いのだ。


 この“そこそこ”と言うところが絶妙で一定の研究成果が出せる程度には協力するが、誰の目で見ても明らかなぐらい“温存している”感じも見受けられた。


 玲子が化学技術局来た10歳の時は力を操れない雰囲気があったのだが、数年後にはすべてをモノにしていた。

 今では勝手にどこかで訓練し、次々と新たな技を編み出している節があると大王を見ていた。


「つまるところ、赤井君も私が納得するだけの十分なパフォーマンスを見せてくれたという事です。やはり、私が直々に目をかけてきただけのことはありますね」


「それと、建山がロボット部隊を1人で壊滅させたのは驚きました。

 同程度の性能のロボットを100体揃えたつもりだったのですが……まさか全滅させられてしまうとは思いませんでした。

 ロボットにおいても驚異的な操作能力です。柊玲子も素手で数体粉砕していましたが……」


「建山という女性も驚くべきパフォーマンスを発揮してくれました。

 流石は特攻局での出世頭と言うところですか――まぁ、彼女についてはとある都合で柊玲子よりかは分かっているところが多いのではあるのですがね。

 いずれ赤井君にもその研究を共有する必要があるときは教えようとは思いますけど」


「そ、そうなのですか……流石は局長です。全てが見えているのですね」


 詳しくは教えてくれないが建山だって相当な人物だろうと言いたくはなったがやはり柊玲子よりは“格下“というのが感覚としても一致の意見ではあった。


 大王は中々情報共有をしてくれない。内密の研究を数多く持っている。1人でできるキャパシティを超えているように見えるが余裕綽々のように見えた。


「いや……世の中には不思議が一杯ある。私でもまだまだ分からないことは多い。だからこそ多方面において研究し甲斐があるというものだ」


「しかし、成功すれば虻輝の電子にある遺伝子データの改竄を行い私を“虻輝”にしてくれる手配を整えてくれるとのことでした……」


「そうですね。戸籍の改竄は流石に手間なのですが、1人分ぐらいならどうとでもなりますからね。

 赤井君には不本意かもしれないですが、“虻輝のゴムマスク“を装着して過ごしてもらう事にはなっただろうと思いますがね」


 口惜しかった。あと一歩で全てが叶ったというのに……。

 正直なところ、綱利としては虻輝の名を騙ることは気に入らなかったが、

 このまま「赤井綱利」としているよりも、虻利家当主としての座に近いことが大きく魅力的に感じていたのだ。


「悪運が強い奴ですな。この間のヴァーチャリスト事件に関しては我々は関わっていませんが、

 あれも相当危ない事件だったはずです」


「頂点に立つには運も多分に必要だ。虻輝様はそれも兼ね備えている可能性が高いという事だ」


「しかし、失敗してもこうして働いて良いとは……」


 失敗しても重用して貰えるというのは綱利は正直今でも半信半疑だったが、戻れる場所がここにしかない以上は大王を信用する他なかった。


「何、私としては虻輝様が勝っても赤井君が勝ってもメリットがありますから。

 たまたま小早川君に例のプロジェクトでは負けてしまいましたが、

 私は赤井君の才能も買ってはいますからね」


「身に余るお言葉です……」


 綱利は内心まだビクビクしていた。大王の性格や行動を知り尽くしているつもりだったので、

 この後実験室に直行して非検体になってもおかしくはない……。


「赤井君が勝って虻輝様が死んでしまえばその程度の器だったという事です。

 赤井君が虻利家当主になれば虻輝様よりも従順でいてくれたと思いますしね」


「も、勿論です」


 この人に逆らった瞬間に人生が終了するためにこの言葉には嘘はない。恐怖で支配されたものだが……。


「ただ、これであなたはいよいよ表向きには活動できなくなりました。

 テロリストとして特攻局に指名手配されることになったのですから。

 これを意味することは分かりますね?」


「は、はい。局長に絶対忠誠を誓います。どんな汚れ仕事でも買って出ます」


 綱利はこれが本当の目的なんだろうなと思った。

 公的には認められていない実験を自分の代わりにしてくれる人間を探しているのだ。


「良い心がけです。では早速この“影のミッション“を赤井君に頼もうと思います。

 これは公的なデータには一切載らない極秘ミッションです」


 綱利がその書類を見るとギョッと目を見張った。

 思わず手が震えそうになったのを必死になって抑える。


「こ、これは……あまりの倫理に反するという事で公的には撤回されたはずでは……」


 綱利としてもこれまでも相当の修羅場をくぐってきたはずだった。

 禁忌ともいえる領域に足を踏み入れたこともある。

 それでも衝撃的な内容が図と共に永遠と掲載されていたのだ……。


「表向きには研究データそのものがこの世から消えている。

 しかし、私は諦めていない。私が創り上げた外部アクセス不能の独自のサーバーに全て残っている」


「な、なるほど……」


「これに成功すれば“人類半神化計画”に一歩近づく。

 赤井君。君にはその片腕になってもらおうと思っている。

 表の研究は資金を引き出すためのダミーに過ぎないのだ。

 これは赤井君にしかできない重大な仕事なのです」


「は、はい! 局長、任せてください!」


 綱利は局長に人生を救われたようなものだと思った。表の地位では小早川に敗れたもののこうして評価されたのでそれ以上のものを貰えたのだ。


「では、サーバーに入るための権限を与えましょう。

 非検体も最近特攻局が活動してくれているおかげで集まってきている。

 この件についてはむやみに口外しないよう――と言っても君には話すことが出来る相手は限られてくるでしょうけどね」


「全て承知しております。必ずや成果を出して見せましょう」


 一方で大王もほくそ笑んでいた。優秀な人間を表の戸籍上は抹殺しつつ、「自在に自由にできる」のだから……。


「今後は楽しい日々が続きそうです。私は研究をしつつ虻輝様達と“遊ぶ”ことにしましたから」


 “遊ぶ“と言う言葉に綱利は反応した。アイツを消すのは自分だと決意しているからだ。


「虻輝との“遊び”につきましては私にお任せください。今度こそ必ずや“始末“してみせます。もちろん私の方の任務も滞りなく行います」


「ほぅ。今回の作戦も大掛かりなモノだったが、それを超えると?」


「プランBを用意していました。企画書はこちらです」


 綱利は大王にデータを送った。


「なるほど。良いでしょう。予算も付けますのでやってみなさい」


「はい。今度こそ仕留めて見せます。私こそが虻利家当主に相応しいということを……」


 明るい清潔な研究室の中で不気味な陰湿なやり取りがその後も続いていった。彼らは生物学のこれまでの常識の超越に挑戦しようとしている。

 そして、虻輝たちに対してこれからも”テスト“していくのだ。


 果たして虻輝たちは今後も大王や綱利の“テスト”を乗り越えられるのか?


 彼らのこれからの”綱引き“にご期待していただきたいと思います。(第4部完)

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