第83話 噴火寸前
僕と玲姉がいつものようなやり取りをしているとどこかから足音が近づいてきた。
「あっ! 玲子さん! 何、良い雰囲気にしちゃってるんですか!?
特攻局の力を使って雑兵どもを倒している間に……」
「あ、建山さん。どうしたの?」
足音の主が建山さんだったのは安心したけど――確かに気が付けば、玲姉から離れたはずの距離はほとんどゼロ距離に戻っていたのでパッと離れた。
「玲子さんを先に行かせて、私の操作する特攻局のロボットが赤井のロボット部隊を蹴散らしていたんですよ。100体ぐらいいたので流石に骨が折れました。
こんなことなら私が受け止めれば良かった……」
ゴンドラから見ていて何かボーっとしたような雰囲気で建山さんがいるような気がしたのは、ロボットを操作していたのか……。
綱利も僕を確実に仕留めるためにロボットを配置したんだろうけど、実際のところは殲滅されたんだからこの2人を早く人類のカテゴリから外した方が良いだろう……。
「でもロボットが輝君を受け止めたら複雑骨折間違いなしよ?
やっぱり私が受け止めるしかなかったんじゃないの?」
「そ、そう言われればそうなのですが……」
僕を誰が受け止めるかなんてどうでもいいんじゃないの? と言いたくなったが、二人はかなり真剣な目つきで語っているためにそれについては触れてはいけない気がした。
しかも、なぜかそこがこの2人には重要らしい……。
不毛な言い争いがその後も続いたがそんな中、島村さんが現れた。
「あ、島村さんどうもお疲れ様」
島村さんはいつもよりも更に機嫌が悪そうで僕と目を合わせる気配もない。
どうやらかなり怒っているようだ。
「頭が悪すぎると、本当に後先考えずに行動してしまいますから困りますね……。
玲子さんや建山さんがいらっしゃらなかったらどうしていたんですか?」
相変わらず辛辣過ぎるが、ちょっとは心配してくれたみたいだった。
「いや、そうは言っても島村さん何か対処法あったの?」
「……確かに何もできなかったと言えばそうですけど。
というか建山さんも玲子さんが下に控えているって教えてくれないと心臓に悪すぎますよ。
まどかちゃんなんて、飛び降りた瞬間に気を失ってしまいましたから」
確かにまどかは島村さんの背中でぐったりとしている。そりゃあの高さから飛び降りたら死んだと思うだろうからな……。
そもそも常人なら落下点すら予測できんだろ。結構薄暗いし、ここからゴンドラもぼんやりと豆粒みたいにあるだけだ。
「玲子さんに対してあまり期待をかけ過ぎるのもどうかなと思いましてね。
やりきるかどうか正直五分五分だと思いましたので……。
改めて玲子さんは凄いと思います。そして、虻輝さんも玲子さんお二人とも無事で本当に良かったです」
気が付けば建山さんが玲姉との口論を切り上げてこちらを向いていた。
玲姉は暇なのか爪磨きを開始している。緻密なのかマイペースなのかよくわからなくなってくる……。
「玲子さんなら容易いことです。100%ではないにせよ、常人では無い方なんですから」
島村さんは鋭い視線を建山さんに飛ばす。本当にいつも火花を散らしているなこの2人は……。
要は玲姉に対する認識の差だ。まどかと島村さんは玲姉に対して全幅の信頼を置いているのに対して、建山さんは普通ではあり得ないとしている。
両者ともに言い分はわからなくは無い。島村さんもそれを理解してか建山さんに対して鋭い視線を飛ばしながらも黙っていた。
「あまりこの私を舐めないで欲しいわね。輝君みたいなもやし体型を受け止められなくてどうするのよ~」
玲姉の腕の紫色の痣はもう薄くなりつつある。「細胞の活性化」に成功したのだろう。骨折は流石に厳しいそうだがこれぐらいは容易いのだろう。恐ろしい……。
大王も早く気づけ。ここに半神がいるぞ。玲姉を研究し尽くせばもう無駄な「実験死」をしなくていいんだ……。
でも玲姉が大王に切り刻まれる図を考えると気の毒すぎるから、それはそれで問題な気がする。ウーン、どうにかならないものか……。
そんなことを話していたり、考えていたがまどかは相変わらず起きず、島村さんの背中で伸びている。
どうやら怪我とかもしていないみたいなので、ちょっかいを出してやることにした。
「おい、まどか起きろ。僕は生きてるぞ」
まどかのほっぺたをつねってやると目をこすりながらムニャムニャ言って目を覚ます。よく見ると涙の跡があった……。
「うぅ~ん……。あれぇ? えっ! うそっ! お兄ちゃん生きてる!? それとも化けて出てきたの!? それともまだ夢の中!?」
「ここは現実だし生きているよ。
建山さんが玲姉を呼んでくれて、玲姉が受け止めてくれたんだよ。25メートルぐらいの高さを受け止めるだなんて正直今でも信じられないんだけど……」
「もぉ~! ホント最近心配かけさせ過ぎっ! こんなんじゃ、あたしの方が先に心臓止まりそうだよっ!」
まどかがそう言って僕に飛びついてきた。
「僕も玲姉が受け止めてくれると分かっていても紐無しバンジージャンプは二度とやりたくないね。空中でも安定していなかった気がするし」
あぁ……この何だかペットみたいな暖かさは本当にたまらないね、動物園で動物を抱っこ体験している時みたいな安心感がある。
「お兄ちゃんが死んじゃったらあたしもすぐにダメになっちゃう……。
寂しくて耐えられそうにないよ……」
「全く、本当にいつまでも寂しがり屋だな……」
まどかは泣き止むとようやく離れてくれた……。最近まどかもちょっと“小動物“から“女の子っぽい”感じになりつつあるから油断すると理性が飛びかねないのが怖い……。
そして冷静になって周りを見渡してみると、ある場所が酷く歪んでいるような気がした……。
「どうして? 所詮3人は本当のきょうだいでもないのに……。私は本当は――」
「た、建山さんどうしたの?」
動植物が近づいたら死滅するようなあまりにも禍々しいオーラ―を発していたので思わず声をかけた。
「い、いえ。何でもないんです。気にしないでください」
笑顔で手を振って建山さんは否定するが、不穏な空気はまだ残っていた……。
「そ、そういえば内藤親子は?」
話題を変えるしか建山さんの不穏な空気から脱する方法は無さそうだ。
「健康状態の検査のために病院に行くことになりました。
虻輝さんや玲子さんも念のために行かれてはいかがですか?」
「僕の体調は問題ない気しかしないけど、大樹たちの様子を見るためにも病院に行ってみるか。
ついでに玲姉は腕を診てもらった方が良いよ。もしかしたら骨が折れているかもしれないし」
「輝君が連れて行ってよ。私は問題ないと思っているんだから」
そう言って玲姉は僕の腕に掴まる。フニュッという感触が脳を麻痺させようとしてくる。“生き地獄“を味わせたいのかこの姉妹は……。
「玲子さん! 隙を見てなにやってるんですか! くっつく必要ないじゃないですか! 骨が折れていたら逆に毒ですよ!」
建山さんただでさえ今は情緒不安定なんだから刺激するなよ玲姉……。
建山さんの額には青筋が浮かんでおり、その表情は金剛力士像のような鬼の形相だ……。
「仕方ないわねぇ~。それじゃ行きましょ」
玲姉は建山さんの殺気を受け流すように実に暢気そうな声で答えて先に歩き出す。
建山さんの火山が大噴火する前にここから抜け出せるのはある意味幸運かもしれない……。
どうやら玲姉はこの建山さんすらも“おもちゃ”にしているような節があるからな……。
でもこの“いつもの光景”もあわや二度と見られないどころか、生きていることすらできなかったかもしれないのだから本当に玲姉と建山さんに感謝しなくてはいけないなと思った。




