第81話 死のゴンドラ
心臓のバクバクが鳴りやまない中、綱利との会話が続く。
「ロボットは半ばやられたが、虻輝。お前は忘れてはいないだろうな? 内藤親子を救出するのだろう? そして、インセンティブは私がまだ持っているんだ」
そう言うと、天井から扉が開きゴンドラがそこから出てくる。
「虻輝!」
「おぉ! 大樹! 無事だったか!」
大樹が元気に手を振っている。お父さんらしき人も隣にいて、やつれてはいるものの2人共傷が無くどうやら危害を加えられなかったことが分かった。
「面白いショーをしようじゃないか。お前が内藤親子を救い出すんだ。
そこにもう一つゴンドラを出そう。そこにお前が乗るんだ」
「それなら私が行きます!」
建山さんが走り出したところ、綱利の声が再び聞こえた。
「ダメだ! 虻輝! お前が来い! そうでなければ内藤親子の命は無いぞ!
そのゴンドラの操作は私が完全に握っている!」
建山さんにも聞こえているのが動きが止まった。
「わ、分かった……。建山さんもヘタに動かないで」
建山さんは振り返りながら不満そうな目つきで僕に訴えかけるが、分かってくれ――と思いながら見つめていると、建山さんは目を逸らした。
「……分かりました。色々と試みていますが、どういう構造なのか解析が上手くいかないので仕方ありませんね」
建山さんは唇を嚙み締めてとても悔しそうだった。
僕は意を決してゴンドラに向かい乗り込む――その時、今朝見た夢が蘇ってきた。あのゴンドラは酷似していた……。
乗った瞬間にガー! っと不快な音が響きながら上に上がっていく。1分も経たずして内藤親子のゴンドラと同じ高さに辿り着いた。
「さぁ、こっちに移るんだ!」
ヨロヨロとしながらもこっちにやってきた。
「来てくれるとは思わなかったよ……。俺たちなんて最近知り合ったばかりだし……」
「馬鹿言うなよ。お前はもう友達だし、今や僕のゲームチームの一員だろ?」
「う、うん……」
目を潤ませて僕の手を握ってきた。
「まだ泣くなよ。完全に助かったわけじゃないんだぞ」
僕もそう言いながら泣きそうになるのを堪えた。とりあえず2人が無事で本当に良かった……。
「感動的な再会のところ申し訳ないが、これからお前の得意な“ゲーム”をしようじゃないか?」
ホッと一息ついていたのに、綱利の声で現実に急に引き戻された感があった。
「どういうことだ! 何をしようとしている!」
「忘れているわけではあるまい? そのゴンドラの操作権を握っているのは私だという事だ。そして上を見るがいい」
上を見ると5メートルぐらい上の天井に、大体20センチぐらいの大きな釘のようなものがびっしりと所狭しと付いていた。
「そしてこのゴンドラよく見るとちょっとずつ上がっているけど、
下がる方法がもしかすると無い……?」
「そうだ! 虻輝! 総量150キロ以下でないと自動的に上に上がっていくシステムになっている! しかもその釘の先には致死量1グラムのタリウムが塗ってある! つまり誰かが飛び降りなければ助からないんだ!」
「な、何だと……!」
「さぁ、虻輝! 3人中2人救うことを選らぶが良い! 内藤親子を選択すればお前が地面に落ち、お前が助かることを選べば内藤親子のどちらかが地面に落ちる。
そして、誰も選ばなければ時期に刃が全員を切り裂く!
ここから地面までは20メートルはある。まず助かることは無いだろうがな!
お前の大好きなゲームだ! その選択権をお前にやろう!」
建山さんがいる位置までジャンプするためには、玲姉や建山さんのような超人的な身体能力を持っているか、背中にジェットエンジンでも付いていないといけないだろう。なんとも絶妙な位置にゴンドラを配置していたものだった。
「くぅ……」
徐々に天井が迫ってくる。
迫ってくるたびに汗が全身から滲み出てきた。
どこかに打開策が他にないかとスイッチか何かを探るがどうにもやりようがない。
「た、為継。状況は把握しているな? どうにかならないか?」
「……私も特攻局も最善の策を尽くそうとしているのですが、
どうにもいい方法が浮かばず……」
その何とも言えない申し訳なさそうな為継の苦悶の声が僕に絶望を与えた。
「そ、そうか……ありがとう――今まで」
「そ、そんな。諦めないでください。必ず何とかして見せます」
ここまでなのかと思った……僕のせいで苦境に立たされている親子のどちらかを見棄ててのうのうと生きていることなんてとてもできない。
いよいよ最期の時が来てしまったのか……。
こんな風にどうしようもないことが改めて突き付けられるようなやり取りを続けていると、
気が付けばまどかと島村さんがゴンドラから見える位置にやってきていた。
「ちょっとー! 何やってんだよー! 降りてきなよー!」
まどかが叫ぶと建山さんが耳打ちする。まどかの顔が一瞬にして真っ青になる。
とても分かりやすく説明してくれたようだった。
「まどか! 玲姉に言っておいてくれ! いままでありがとう――と。
玲姉がいなかったらとうの昔にダメになっていたんだって……。
それどころか、虻利家からも爪弾きにされていただろう……。
ちょっとでもまともな人間でいられたのも玲姉のお陰だって」
「ちょっと! お兄ちゃん何言ってんだよ! 今、何とかするために探してるからっ!」
泣きながら叫んでいるのを見てふと思い出した。
「あぁ……お前にもお礼を言わないとな。色々言ってきたけど、お前がいなかったら僕は心の癒しが得られなかったと思う。
お前の笑顔を一番近くで見ていられてとても嬉しかったよ」
「ねぇ! 聞いてんの!」
まどかが叫びまくっているが完全に無視して島村さんに向き直った。
「島村さんにも助けられた。人間として大事なモノに最後に気づけたんだからな。
これからも島村さんらしく強く生きてくれ。
そしてこの閉塞した世界を変えていってくれ」
島村さんは顔を真っ青にして口をパクパクとさせていて応えは無かった。
彼女からしてみたら何とも言えない状況にどういう反応をしていいのか分からないのだろう。
「建山さんもヴァーチャリストの時はありがとう。また一緒にゲームで遊びたかったけど……」
建山さんはあまり反応が無い。コスモニューロンなどで何かやり取りをしているのかもしれない。
「な、なぁ。本当にそれしか方法は無いのかよ? 実は最後の最後で止まったりして?」
大樹が僕の服を引っ張りながらすがるような眼でそう言ってきた。
「大樹はそんなユートピアのようなことが本当に起きると思うか?」
「む、難しいかも……現実的に考えると……」
「だろ? だから誰かが決断するしかないんだ。
ゲームで勝ち筋を見つけることが出来なくても、損害を最低限にする方法はある。
大樹。僕のことは忘れて懸命に生きてくれ」
あれだけ情報判断に優れている為継や建山さんが良い答えを出してくれないんだからもう手詰まり確定だろう。
「そんなことをする必要はない。やはり私が飛び降りよう。
ついこの間だって死のうと思って電動ノコギリで腕を吹き飛ばそうとしていたぐらいなんだ。
若い2人が死ぬことなんてない」
「そ、そんな父ちゃんが降りることないよ。何とかなるって……」
内藤親子があたふたしているうちについに立っていられないほど天井が迫ってくる。
いよいよ、本当に決断を迫られる瞬間が近づいたようだ。
もう、生に後悔は無かった。色々な人に迷惑をかけてきたんだ……。
早く飛び降りなければ内藤さんか大樹が飛び降りてしまう――僕は一つ息を吸い込んで柵を乗り越えた。
ビュンという突風と共に上着が飛んでいった。このまま地面に一直線だろう。
あまりにも怖かったので目を瞑った。次に目を開けた時はあの世だろう。
最期に視界に入ったのは綱利がニヤリと笑った映像だった。奴の思う壺。掌の上に転がされていただけだった……。




