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ディストピア生活初級入門(第5部まで完結)  作者: 中将
第4章 反成果主義

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第78話 受け渡し場所指定

 僕は気が付くと天井のないゴンドラのようなものに乗っていた。

 同じゴンドラにいる大樹が何やら叫んでいた。僕は構わずどうしてか知らないがそのゴンドラから飛び降りる。

 ゴンドラの下を見ると20メートルは軽くありそうな深淵だった。僕は体がバラバラに――。



 2055年(恒平9年)11月10日水曜日



「はっ!」


 夢だった。短い夢だったが確かに衝撃があり死んだような気分になった。

 あれは本当に夢だったのだろうか……洗面所の鏡を見ると、ゾンビのような肌の色のように見えた。急いで顔を洗うと普段の肌色に戻っていた。

 錯覚だろうけど久しぶりに夢が怖すぎた……。

 

 なぜ大樹と一緒にゴンドラみたいなのに乗っていたのか? どうして僕が飛び降りる必要があったのか? ある意味夢らしいと言えばそれまでなのだが、謎過ぎる……。


 またしても汗でシャツやパジャマがくっついている。


 しばらく茫然とベッドの端に座っていたが。それでは何もならないと思って立ち上がった。


「とりあえず顔洗ってくるか……」


 顔を洗っても気分が晴れない日がある。今日はその日だった。

 笑おうとしても鏡の中の自分の笑顔は引きつっている。


 大樹たちを救うための重大な日なのだから緊迫感があっても仕方ない。


 そんな最悪の気分の中、発信元が分からない緊急連絡が僕のもとに届いた。


 何となく取りたくないが、取らなくてはいけないような気もした。


「やぁ、元気にしていたか?」


 他人をもてあそぶような嬉々とした綱利の声が鼓膜に刺さった。


「つ、綱利!? 早く内藤親子を開放しろ!」


「まぁ、そう焦るなよ。10億を私に渡してからだよ」


「そもそも、内藤親子は無事なんだろうな? 声を聞かせてくれ」


「そう来ると思って用意してある。この映像音声データを見てくれ」


 そう言って唐突にデータが送られてきた。送信元は相変わらず不明。恐らく解析もできないだろう。ただこのデータは改竄がしにくいタイプのものだった。


「虻輝……俺たちのことは構わない。とにかく世界を良くしてくれ。この閉塞した洗脳社会を変えていかないと終わりだ……。だから俺たちのことは忘れてくれ……」


 確かに大樹の声だった。悲壮感すら感じたし、その内容には涙すら出た……。


「自分たちのことは構わない、忘れてくれとか健気だとは思わないか?

 まさかこのまま本当に見捨てるだなんてことは無いよな?

 それともお前は無垢な一般市民を犠牲にするほど冷酷なやつかな?」


「そ、そもそも、お前が拉致したんだろうが……!」


「私も犠牲者なのだよ。虻利家当主の争いに参加することすらできず、為継にも敗れた。

 このような状況を作り出したのは生まれの状況の差と、1人しか勝つことが許されなかった社会構造が悪かった。そうは思わないか?」


 もはや意味が分からない理論だが、今人質というイニシアティブを握っているのは綱利の方だ。

 とりあえず、意味不明の理論だろうが要求には応えていくしかなかった。


「それで……具体的にどこにお金を運べばいい? 

 ちなみにタックスヘイブン地の銀行であるクオリア銀行の小切手だから正確に言うと現金では無いんだけど、足はつかないようになっている」


「なるほど、為継からの入れ知恵か。


「よく分かったな」


「お前はそういう知識全く無さそうだからな。愚鈍で知識も無い。

 その小切手なら確かに換金もしやすい上に足もつかない。

 本当にアイツは狡猾で立ち回りが素晴らしく機敏だ」


 

 事実上この点を了承してくれたのはホッとした。


「……なぁ、もうやめにしないか? こんなことをしても無駄だ。

 今ならまだ引き返せる。何なら僕が綱利専用の研究所を作って支援してもいい。

 父上にも掛け合ってみようと思う」

 

 昨日一晩考えた結論はこれだった。捕まえることが出来なかったら無限に綱利と対峙しなくてはいけない上に、綱利の後ろについている勢力が不気味なのを考えるとその可能性は高そうだった。

 一応為継にも言ったが、呆れ声ながらも了承してくれた。恐らくは了承しないでしょうという声は今でも耳に残っていた。


「……誰がお前の言う事なんて信用できるかよ」


「デジタル公正証書で誓ってもいい。僕については信用できなくても科学技術局のシステムは信用できるだろう?」


 デジタル公正証書は政府公認の公的書類だ。この契約に違反した者は容赦なく義務履行を強制させることも可能になる。

それも履行を拒み続けるような悪質な場合は特攻局が動くことがあるので強制力は絶大だ。


「人間変われば変わるものだよ。特に組織に所属してしまえばそれに従うしかない。

 大きな組織であればあるほど自己決定権は無くなっていくんだ。

 私はもう引き下がることのできないところまで来ている。

 例え誰にいくら貰えようが関係ない。

 ましてやお前のような頭の中お花畑のような思考の人間に私の気持ちなど分かるはずもない。

 勝手に価値観を押し付けないでくれ!」


 一瞬にして交渉は決裂した。いいプランだと思ったんだけどな……。


 何かしらないが触れてはいけないラインに触れてしまったようだった……。

 もはや説得は不可能であるという事は確かだった。

 とりあえずこれ以上機嫌を損ねて内藤親子に危害を加えないように下手に出るしかない。


「済まなかった。お前には昔から些細な失礼なことを言い続けて怒らせていたような気がする。

 僕はちょっと普通の人と感覚が違っていてよく他人の心を理解できないんだ。

 だから人質には危害を加えないでくれ」


「当初の要求通り小切手で良いから10億を渡してくれればそれでいい。

 先ほどの下らない提案については聞かなかったことにしておこう」


「分かった。当初の綱利の要求通り小切手を持っていく。どこに持っていけばいいんだ?」


「分かればいいんだよ。

 持ってきて欲しい場所の地図は送っておく。そこのゴミ箱の燃えるごみ入れに昼の12時ピッタリに小切手を入れるんだ。

 誰を何人同伴して貰っても構わない。それを掻い潜る自信はあるからな」


「分かった。ちゃんと受け取れると良いな」


「勿論だ。警察だろうと特攻局だろうとこの私に勝てるはずがない。

 せいぜい万全の準備をしておくことだな」


 大した自信だった。

 これは綱利なりの過去への挑戦なのかもしれない。ここで10億円をかすめ取り、僕や為継を乗り越える第一歩としたいのだ。


 そうすれば恐らく綱利のスポンサーから認めてもらい多額の融資をしてもらえる。

 それこそ科学技術局についている兆単位の莫大な資金だ。


「ああ、できるだけのことをさせてもらおう」


 ただ、こちらとしても大樹の生命の保障がない以上はどんな茶番であろうと応じるしかなかった。


「どちらが地に倒れているか愉しみでならない。命の駆け引きしようじゃないか」


 そう言って綱利は連絡を終えた。

 

 あまりにも自信に満ちた不気味な言い方が尾を引いて鼓膜に残っていた。

 


 とりあえず、僕一人ではどのみちどうすることもできないから。みんなと相談してこれからどうするか決めるしかないな……。

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