第76話 「恐怖」への対処法
「さぁ、輝君今日も訓練に行くわよ~」
そう玲姉が言って僕がデザートを食べ終わった瞬間に地下訓練場に有無を言わさず拉致していった。
日に日に扱いが雑になっているような気がしなくもない……。
いっそのこと本気で『玲姉被害者の会』でも立ち上げるか? でも無駄だろうなぁ犠牲になっている側が束になっても結局のところ勝てる気がしないし(笑)。
「今日は訓練を耐えられるのだろうか――と毎日不安で仕方がないよ。
あと夜寝るときに思うことは、朝起きることが出来ずそのまま永眠するんじゃないかとか……」
地下訓練場に着くと思ったことを口にした。
今後の自分の心身がとても心配だった……。
「どれだけ軟弱なんだよ……」
「うーん、小学生の頃のまどか。お前ぐらい弱いかな?」
「それ堂々と言う事じゃないでしょ……。あたしの小学生の頃とか、学校休みまくっていて学年上がれるかすら不安だったんだから。そのレベルって……」
確かにまどかは小学生の頃凄く弱っちかったよな。
ひ弱な僕が守りにいかなくちゃいけないぐらいに……。
今のまどかは見た目はそれほど変わっていないが、僕の方が完全に格下だ……。
「でも輝君は大学の単位を私にレポートを書かせて切り抜けようとしているんだし、
体力は無くすぐにバテたり、周りに頼ってばっかりじゃない。
小学生レベルっていうのは当たらずとも遠からずという感じかもね?」
「確かに……」
「いや、納得してないで頭の方も体の方も改善するように努力しなさいよ……。
レポートぐらい適当に授業のプリントをまとめただけよ」
「僕は文才が無くてまとめるのも困難なんだよな……」
「よく帝君大学にいるわね……。虻利家の看板とコネって改めて凄いわよね」
「大学のレポートはAIに書かせたりしてもバレるし、
高校時代みたいに友達のを“模範する”のもダメだから本当に困るんだよね。
僕の得意技が全部使えなくって……」
「はぁ~。本当に仕方ないわね……。最近色々頑張っているからこの冬のレポートも私が手伝ってあげるから……」
「ホント!? わーい!」
「お兄ちゃんがお子様みたいだよ……」
「単純なことで喜ぶのは精神年齢が低いので仕方ないですよ。体以外が小学生で止まっているんですからね」
島村さんは弓を丁寧に手入れをしながら辛辣な発言だ……。
「しかしながらそんな虻輝様に“模範する”以外に良いところがあることに気が付きました」
「いったいどんなところ!?」
周りから色々イジられ過ぎて自尊心が壊滅的なダメージを受けている僕にとっては水を得た魚のような爺の話題の振り方だった。
「虻輝様は状況分析が得意ですな」
「一応はeスポーツ業界ではトップの実績を出しているんでね。
現在の状況を瞬時に把握してそれに適した動きを考えなくちゃいけない。
特に初見で戦うことになる相手について“癖”をすぐに見抜くことが大事になるね。
定跡と異なる場合は特に敗北にも直結するから、それを瞬時に把握することが大事になるね」
「相変わらずゲームの話題になると物凄く饒舌になるわよね……。
目の輝きもさっきのゾンビのような眼から今は宝石のように輝いているし、まるで別人のようになっているわよ」
「普通の人間は特に予想もしていなかったことが起きると、
条件反射的にパニックを起こしてしまいます。
しかし虻輝様はやはり一つの道を極めておられますから、パニックになることがほとんど無いように思われます。
サバイバルの際の基本原則としてStop(止まる)、Think(考える)、Observe(観察する)、Plan(計画する)の4つがあるのですが、それを全て虻輝様は実行できているようです」
爺は僕の眼としっかり合わせながらそう言った。めっちゃ照れる……。
「確かに、今は技術が無いからできることが少ないだけで、
状況の分析については適格だと私も思うわ。
ゲームを極めたことも無駄では無かったということね」
たまに“自爆“してみんなを助けようとするのは問題だけどねと小さく玲姉は加えた。
「こんなに2人から褒められる日がこようとは……
それじゃ、今日から24時間ぶっちぎりゲームを――」
「それとこれとは話は別だから! すぐに調子に乗らないでよね!
どうしてそこまで極端になってしまうのか本当に意味が分からないわ……。
“適度“にはゲームをすることは許すからそれで諦めなさい」
「はい……」
ですよねぇ……。でも、自分のやっていたことはそんなに間違ってはいなかった。
たまたま趣味と言えるものが世界一になるレベルでよかったと言える。
そうでなかったらただの引きこもりに過ぎないからな……。
「むしろ、技術さえあれば輝君ならもっと色々な局面で活躍できると思うわ。
それこそ周りの皆を救うことができるぐらいね。
私ぐらいになれるかは分からないけどね。
冷静に物事を判断できるのはそれぐらい凄いことなのよ」
玲姉の“ナチュラル自慢”は実績が全て裏打ちしているので全く嫌味に聞こえないところが凄い……。
「お兄ちゃんはむしろどうしていつも冷静でいられるわけ?」
「いやぁ、僕だってパニックにはなってるよ?
でもさ、パニックになっても状況は変わらないよね? そう思うと不思議と落ち着いてくるんだよね」
「むしろ輝君はやり始める前が一番逃げ回っているわよね……。
いざ始まると肝が据わるんだから不思議でならないわ……」
「まぁ、喚いて叫んで局面が変わるならいくらでもそうするけどね。
結局のところよくならないからさ。それならもういっそのこと最善を尽くそうかなって。
勿論逃げられるものなら逃げるんだけど(笑)」
「不思議なマインドよね……。それで無謀な動きに出るんだからこっちはヒヤヒヤものよ」
「ゲームでも一発賭けに出て勝ち筋を狙うときがあるから。
現実でも勝ち筋を狙った動きをしていることがあるという事だよ」
「現実での生死を懸けた戦いをゲームと一緒にしてもらっては困るけどね……」
「いやぁ……それについては本当に心配をかけていると思っているよ。
なるべく皆を不安にさせないような行動を取るから……」
「弱いのに身の丈に合わないことをしているからじゃないですか?
せめて強くなってから救うことを考えることですね。
今のままだと最善の手が身投げしかないってあまりにも虚しくないですか?」
「そうだ! そうだ! ちょっとは強くなってみなよ~!」
島村さんとまどかのコンビは本当に強烈だな……。
「この様子だと次の危機でもヘタな動きをしかねないから本当に怖いわね……。
何かあったら私を呼ぶのよ?
スイッチを押さなくても私の姿を思い浮かべるだけでいいから」
「どういうテレパシーだよ……。救難信号スイッチを送るよ……」
今も密かに後ろポケットにあるんだよな。
結構強く押さないと作動しないから座った圧力ぐらいじゃ作動しないけどね。
言葉の表現がちょっと強烈だが、皆が僕のことを心配してくれていることはよく分かった。
ちょっとは自分のことを大事にしていかないとな……。




