第75話 埋まらない亀裂
僕はフラフラになりながら家に辿り着くと、直後にまどかと島村さんと建山さんも帰ってきた。
「あ、お帰り3人共」
「今日からよろしくお願いします。一緒に共同生活ですね?」
「へ?」
建山さんが来るなりにいきなり意味不明なことを言い始める……。
「お兄ちゃん。建山さんを住まわせることを了承したわけじゃないの!?」
「い、いやぁ。聞いてない――」
まどかの問いに対して、素直に言おうとしたところ建山さんが僕に懇願するような目で訴えてきているのを見て飲み込んだ。
「かと思ったけど思い出したよ。玲姉には言っていなかったから許可を貰いに行くよ」
玲姉に聞いたら一瞬難色を示したものの、割とすぐに了承してくれた。
それを伝えると建山さんは手を合わせながら喜んでくれたものの、
まどかと島村さんは表情を歪めた。
この2人と建山さんとの間に深刻な溝があるのがその瞬間だけでも如実に示していた。
決定的に溝が明らかになったのは夕食で内藤親子が拉致されて身代金を要求されたことを話題にした時だった。
「え!? 内藤さんたちは赤井という人に捕まってしまったんですか!?
建山さんもご存じならどうして私たちに教えてくれなかったんですか!」
島村さんはバンッ! っとダイニングテーブルを叩きながら立ち上がる。
ウチにある家具は本当に悲劇に見舞われる。
このテーブルはまどかに粉砕されて(第2編22話)から買ったばかりだが、
真っ二つになるのは時間の問題だろう。お気の毒に……。
「あぁ、済みませんお伝えするのを忘れていました」
建山さんは何でもないと言ったような感じで紅茶を飲んでいる。
玲姉のように上品な感じではなくむしろ、ニヤニヤとして厭味ったらしいような感じだ……。
「そんな! あんまりですよ!」
そもそも建山さんがまどかと島村さんに伝えていないのは意外だった。
島村さんが怒るのはもっともだと言える。
何となくそれが建山さんの“嫌がらせ”のようにも思えた。
「でも思うんですけど、あなたに伝えたところで何かできることあるんですか?
違うことを考えていたら活動・任務に支障が出るだけだと思うんですけど?」
「そ、それは……」
この2人の対立というか溝は深刻なモノがある……。
気が付けば2人の間に入っていた。
「ま、まぁ2人共。仲良くしていこうよ。
島村さんとしては知り合いの危機を一刻も早く知りたかったんだよね?
建山さんも一見すると確かに意味は無いかもしれないけど、一応は協力関係にあるんだから島村さんの気持ちを汲み取ってくれないとね」
建山さんの言いたいことは分からないでもなかった。
合理的に見たら無意味と捉えられてもおかしくは無い。
でも、島村さんは僕には怖いけど根は優しいし、素直だから伝えて欲しかったのだろう。
余計なお世話なのかもしれないけど、正反対の正確な2人だからこそ仲良くして欲しいんだけど……。
「いつもいつも、そうやって……」
「え?」
「い、いえ。やっぱり一時的ではありますから仲間なんですから仲良くしないといけませんよね?」
建山さんは一瞬かなり不穏な雰囲気になったような気がしたけど……今は笑顔だ。
取り繕っているような感じが抜けきらないが。
建山さんは静かに島村さんに対して手を出してきた。
島村さんもそれを感じ取ってかちょっと怯えているような感じで震えながら手を出してきた。
ものの数秒だったが確かに手を軽く2人は握った。
島村さんは目を一瞬瞑ったが特に建山さんが力を入れた様子は無かったように思えた。
「……なるほど。そういうことですか」
島村さんに何が“分かった”のか僕には全く分からない。
でも、とにかくあまりいい思いを持っていないことは表情を見ていると間違いなかった。それを明確に表明しないだけやっぱり大人だなと思える。
いずれにしても握手をしたのに全く関係が改善していないことだけは確かだった。
「そ、そういえば建山さんは引っ越しはどうするのかな?
物を移動させるなら引っ越し業者を手配するけど……」
居たたまれない状況になりつつあったので、努めて明るい声を出して提案した。
「私、物は持ち合わせていないんです。コスモニューロンでのデータなどで満足できるんで。
代わりに容量とセキュリティの月額は最高額を支払っていますけどね」
「そ、そうなんだ」
……ミニマリストしかいないのか僕の周りには?
記念品やらゲーム限定品に囲まれている僕は何とも肩身が狭い……。
別邸だけでなく、貸倉庫にも僕のものは溢れている。データで管理はしているんだけど、現物があった方が良いような気がするんだよね……。
しかし、そういう人が本当に増えているのかもしれないな。
実物があればそれでいいような気もするんだけど――僕は旧時代の人間なのかな(笑)。
「あとは、あなたさえいてくれればそれでいいんです――」
建山さんは妙に熱っぽい視線を僕に浴びせてくる――一体何の意図があるっていうんだ?
そんなに好かれる理由が無いからやはり虻利家の監視? それとも島村さんや景親への監視か? うーん、分からない……。
「ウチのお兄ちゃんに色目使わないでよね……」
「そうですよ。嫌がっているじゃないですか」
「お二人は付き合っておられるわけではないでしょう?
私がどう思っていようと関係ないじゃないですか?」
そう言って建山さんが僕の腕に絡みつこうとしてきたので僕は交わした。
どうしてか知らないが僕が考え込んでいる間に3人の間に険悪なムードが更に深まっている……。
「ぼ、僕は誰のものでもないんで……これでもね。世界的なゲーマーという存在だから……。
どちらかというとアイドルタレントみたいなもんだからね……」
「ということのようです。残念でしたね?」
「……良いんですか? あなたたちにも見込みが無いという事を示しているんですよ?」
どういうわけか火花を散らしているんだが……。
仲介するつもりが余計に火に油を注いでしまった……。
「私はこの人が誰と付き合おうと別に構わないんですけど、
目の前で露骨に関係を展開されると目障りなんです。
見えないところでやって下さいね」
島村さんの言い方は建山さんの雰囲気を変えさせるのに十分だった。
「本当に島村さんがそう思われているのなら別ですが、
胸に手を当ててよく考えられたらいいと思いますよ?」
誰も状況を知らない第三者がこのやり取りを聞いたら僕を巡って言い争いをしているように見えるかもしれない。
ただ、実情は建山さんは僕をからかっているだけで、島村さんからは敵意すら感じる時があるからな。
実情は何とも世知辛いものである。
「ちょっと3人共! 仲良くしましょう! ね?」
エプロンを着た玲姉が大きなお玉で何かを混ぜながら現れる。
玲姉の一言によってその場は収まった。
現れた瞬間全員の背筋が伸び切ったのが分かった。
結局このお方以外にこのメンバーをまとめきれる人間がいないのである……。
「輝君! あなたがしっかりしないからこういうことになるのよっ!」
「は、はい……」
そしてキツク注意を受けるのはなぜか僕なんだ……。
「もぉ、本当に仲良くしてよねぇ~」
そう笑顔で言いながら持ち場に戻っていった。
しかし、必ずしも玲姉が一緒にいてくれるとは限らない。
現に玲姉がいなくなっただけで、険悪なムードは一瞬で戻ってきた。
変わったのは言葉での応酬が無くなっただけで視線での応酬は続いていた……。
何となく建山さんは僕と浅からぬ縁を感じるので一緒に行動する可能性が高いような気がする。
更に、どういうわけか知らないけど建山さんまでこの家で住むことになれば、
島村さんとの関わり合いも増えるだろう。
その都度こんな緊迫感があるやり取りをされたらこっちの身は持ちそうにも無かった……。




