第70話 正体を名乗る
「あ、あの……特攻局の方がなぜここにいらっしゃるんでしょうか?」
加藤さんがハッと我に返ったようになって建山さんの前に恭しく手をもみもみしながら出てきました。
「私は虻利信奉連盟の動きを察知し、潜伏活動をしていたということです」
本当にそれが理由なのでしょうか……何か裏があるような気がしてならないのですが……。
「そして、私たちは大丈夫なのでしょうか? 先ほど大胆な宣言をしていたのですが……」
加藤さんは完全に胡麻すりのような感じになっていて見ていて情けなくなってきますね……。
「あなたたちの活動は行き過ぎれば看過できないところは確かにあります。
ですが、“今のところは“合法と言っていい範囲内なので、追及する気はまだありません。
それより虻利家の名を許可なく騙り(かたり)、私たち特攻局の名を下げる彼らを許すわけにはいかないです」
「な、なるほど。虻利信奉連盟も問題のある組織ですからね……。
しかし先ほどの様子から疑問に思ったのですが、
特攻局の方とまどかさんと島村さんはすでに知り合いだったのでしょうか?」
私たちの間で沈黙が落ちました。一番指摘されてはいけないことを言われてしまったような気がしました。
「私たちは業務上の付き合いというわけではなく純粋にお友達なんですよ。ね?」
建山さんが沈黙を破ったのですが、つい今さっき“馴れ合いをしない”と言ったばかりじゃないですか。
舌の根の乾かぬ内にその発言はあまりにも苦しい言い訳すぎますよ……。
「そうなんですよ。私の親戚のお姉さんなんです」
私もまどかちゃんもあまり嘘を吐くのが得意ではなので必死に笑顔になっているつもりで笑顔を作っています……。
そしてなぜかわかりませんが建山さんに一瞬睨まれた気がします。
そんなに私と一瞬の間でも親戚と扱われるのが嫌なんでしょうか……。
確かに私もこんなに相性が悪い人と建前だけでも親戚だなんて思いたくないですけど……。
「いずれにしても私たちの命を救ってくれてありがとうございます。
私たちは虻利家に逆らおうというわけではないことをとにかくご理解していただければと思います」
「先ほどの話を伺った限りでは、コスモニューロンの導入の強制反対ということでしたね?」
「え、ええ……そうですが」
「私どものエビデンスではコスモニューロンは現在のところ18歳以上の有害事象はゼロです。12歳以上においても問題は限りなく少なく大きく推奨されています。
それに反対する姿勢に関して現時点では許容できますが、これ以上強まれば“一定の処罰“を覚悟していただきたいです」
「そ、そうなのですか……」
加藤さんは俯き加減になりました。
そりゃそうですよねというのが私の感想ではあります。
建山さんとは致命的に相性が悪いとは思っていますけど、正直なところここでハッキリ言ってくれたことには感謝したいです。ずっとかねてから“危険思想”だと思っていましたから……。
「全体思想管理についてご不満があるかもしれませんが、
ある程度の規模になればいずれにせよ私たち特攻局の耳には入ります」
単独で動くと私みたいに分からなかったみたいですけどね……。
「つまり私たちの活動は無駄だったということですか……」
建山さんは珍しく何か迷った後、決心したように口元を固く結びました。
「実を申し上げますと、この島村さんとまどかさんは私が命じてこのEAIに潜伏させました。任期は1週間でしたのであと2日の予定でした」
思わぬことにここで建山さんは公表してしまいました!
考えていると思ったらこれを言おうとしていたんですね! まどかちゃんも流石に驚いているようで、言っちゃって大丈夫なの? と顔に書いてあります。
それならさっきのタイミングでも別に良かったような気がしますが、いい加減胡麻化しきれないと思ったのでしょうか……。
「そ、そうだったんですか……でもよく考えてみればこれほど美しく尚且つ能力を持った2人がいきなりこんなマイナーな組織に入りたいだなんて言い出すのはおかしいですよね……」
加藤さんは目を白黒させながら私たちを見ています。
ただ、この日は遅かれ早かれやって来たので建山さんの口から言っていただけたのはとてもよかったのかもしれません。
私やまどかちゃんの口からどう説明しておけばいいのか正直言ってよく分からなかったというか、考えてもいなかったので……これでよかったような気がします。
「済みません、もともと短期間の所属の予定だったんです。
ただ、私たちはコスモニューロンについて多少なりとも疑問を持っていることは嘘ではありません。
ですが、あまりにも過激な活動をすると建山さんのおっしゃるように特攻局に目をつけられてしまうことは慎んだ方が良いかと思います」
「そ、そうですか……会費を下げてこれまで通りのボランティア活動に終始しようと思います」
私たちが特攻局の一員のように扱われて何だか嫌ですけどね……。
むしろ心理的には対局の位置にいると思うんですけど……。
でも、どういう経緯であれ方向性が一瞬でも一致して活動していたのは事実ですしね……。
「ありがとうございます。
それでしたら、これまでの活動については不問にします。
ところで、一つお聞きしたいのですが赤井綱利さんと言う方が最高顧問に就任されていますが、
彼の経歴は特攻局のデーターベースでは科学技術局退職の3年前の時点で止まっているんです。
何かご存知なことはありませんか?」
「い、いえ。単純にこのEAIの規模拡大のために絶大な貢献をされていましたが、
特攻局の眼を付けられるようなことは何も……」
加藤さんは恐らくは徐々に赤井という人に洗脳され、虻利家へのコスモニューロン反対活動を大きく問題だと思っていなかったのでしょう。
同じ過ちを繰り返さないといいんですけど……ある意味人が好過ぎるからちょっと心配になりますね。
「赤井さんは今特攻局の重要参考人として指名手配をしています。
何か情報がありましたら私までご連絡ください」
そう言って建山さんは名刺を加藤さんに渡しました。
「は、はい……分かりました」
どうやら加藤さんは赤井さんという人に対して結構尊敬していたみたいなので、
ショックを受けているみたいですね。ある種のカリスマ性みたいなものがあったのでしょうか……。
「あの……この間撮影した動画については削除していただけませんか?
勝手に使われては困りますので……」
「わ、分かりました。脱会される方の映像をいつまでも残しておくのは問題ですからね……」
「折角ですから私が立会人になりましょう。プライバシーは大事ですからね」
「はい……」
加藤さんがパソコンを立ち上げ、建山さんがポチポチと操作します。
「これで無事に削除できていますね」
建山さんが確認してくれました。
しかし、その“恩を売ってやっている”そんな感じの上からの眼で私を見ないで欲しいのですが……。
ただ、あれがずっと残っていると思うだけで恥ずかしいんで消えてくれたことは良かったですけど……。
私は改めて加藤さんに向き直りました。
「5日間短い間でしたが、とても勉強になりました。お世話になりました。
EAIのこれからの発展をお祈りしますね」
私とまどかちゃんは頭を下げて加藤さんから背を向けました。
5日間色々なことがあって長かったような気がしますが短かった気もします。
特に動画撮影をしたときに凄く緊張して発声練習までしたので、どこで次役に立つのかは不明ですがいい経験になったと思います。
そのためか多少この組織に愛着があったので名残惜しくはありますね……。
あとは内藤さん親子が無事にいい形で再会できるといいのですが……。




