第68話 撒き餌
順調に事が進んでいる。
ロボットを次々と停止させているが――逆にそれが気持ち悪さを助長させていた。
「解せないな……」
次の場所に向けて移動している飛行自動車内でついにそれを呟いてしまった。
「虻輝様どうしましたかい?」
「いや、順調すぎるんだ。まだどこも爆発していない。
しかも、このままだと民間人の犠牲者が出ない。綱利の狙いは何だ?」
「赤井っつー奴が実はとんでもないトンマとかじゃねぇんですかい?」
「僕は綱利をよく知っているがそんな間抜けではない。これは時間稼ぎか何かではなかろうか……」
「確かにわざわざ機器と爆弾とすり替えたのですから何か狙いがありそうなものですが……」
「輝成もそう思うだろ? 何か意図がありそうな気がしてならないんだよね」
とても嫌な予感がした。あの綱利が被害もまだ出しておらず、まだ爆発させていないだなんてそんなマヌケなことがあってたまるか。
僕は奴の性格をよく知っていた。“ライバル“に近い存在でもあったのだから――もっとも僕の方が圧倒的に能力は下だったが(笑)。
ただ単に生まれた立場が僕の方が上だっただけである。いわゆる「親ガチャ」の差だけだ。
とにかく僕に対して復讐をしたい感情で満ち溢れている綱利がモタつくとは思えなかった。
そんなことを考えていると為継から緊急連絡が入った。
「虻輝様。今、様々な情報を精査していたところ思わぬことが分かりました。
私の調査では内藤親子はともに拉致されたそうです」
「え!?」
「正確に申し上げますと、“誘い込まれた”と言ったところでしょうか?
どうやら親子の再会を仲介した者がいたのでしょう。
そこを拉致されてしまったということです。
以上のことは衛星管理システムで私がマークしていたものが突然消滅したので気が付きました。消えた位置から見ても地下に潜ったわけでも無さそうなので、“超法規的なやり方”の可能性が高いために事実上の拉致だと私は判断しました」
「マジか……というか、そもそも内藤親子を為継がマークしていたことに驚いたよ。
コスモニューロンの探知ではないとなかなか見つけにくいんじゃないか?」
「大抵の敵は一番弱いところをついてきます。
衛星管理システムですと虻輝様もご存じの通り犬1匹から見つけ出せますので映像解析でずっと追い続けていたということです」
「あぁ、今となってはもう犬探していた日が懐かしいな……。(第2部23話~25話)
しかし、流石は目の付け所が違う。ここまでの流れで行けば拉致したのは綱利か?」
「恐らくはそうかと。虻輝様たちが今、爆弾を解除しているのはやはり“囮”だった可能性が高そうです。
どうやら綱利は虻輝様のお命を狙っているというより精神的ダメージを与えることが狙いのようです。
内藤親子を使って何か脅迫をしてくる可能性が高いかと」
「そうなるとまどかや島村さんが危ないな……」
僕たちはまんまと撒き餌に引っかかったのだ。
まどかと島村さんが僕のように簡単にやられるとは思えないが、
かと言って玲姉や建山さんのような驚天動地な強さがあるわけではない。
綱利は科学技術局に勤めていたこともあって何かしらの技術を駆使してくる可能性もある。
「私も全く同じ意見です。我々を分断させて各個粉砕することが目的かと。
まどかと島村はまだ同じ場所で会談をしているようなので、向かわれると良いでしょう。
私は引き続き内藤親子の場所につい探っていきたいと思います。
虻輝様たちにできることがあればお伝えしようと思います」
「分かった。頼んだぞ。2人とも話は聞いていたな?」
まさか内藤親子が拉致されてしまうとは……これはとんでもない事態になりそうだ。
「ええ、聞いていました。ですが私は引き続き爆弾処理を続けようと思います。
警察の爆弾処理班と話をつけているのは私ですので……」
「そうか、住民を避難させたとはいえ、
まだこっちも解決したわけじゃなかったよな……輝成頼んだぞ」
「お任せください。街の平和を守るのは我々警察の仕事ですから」
輝成がいないのはちょっと心もとないが、仕方のないことだった。
そもそも本業を行わずに僕たちに協力してくれているだけでありがたいことなのだ。
「よし、景親。僕達でまどかと島村さんのところに戻ろう!」
「よっしゃ! 任せて下せえ!」
景親はそう言うと勢いよく運転席で木刀を無意味に振り回す。今日は僕のこめかみを掠めた。
気合が入っているのは良い事だが毎度の様に命の危機に瀕している……。
このままでは綱利に殺されるより先に景親に巻き添えを食らわされて死にそうだ……。
そうだ! どこにいるか分からないが建山さんに連絡をしてみよう。
もしかしたらすぐに駆け付けられる範囲内にいるかもしれない。
「た、建山さん聞いてる? 僕たちの結論は、爆弾で分断させ各個粉砕することだと思うんだ。こうなると、まどかと島村さんが危険にもうじきなってしまうことなんだけど……」
ところが建山さんは全く反応が無い。電波が届かないところに存在しているか、電源を自ら切っているか――若しくは僕を見放して通信の優先順位を遥かに下げているかだ。
3番目は考えたくないけど、建山さんの思考回路は全くもって未知数だ。
特攻局の仕事を色々抱えていて僕なんてもうどうでも良くなっちゃったのかもしれない……。
とりあえずコメントだけは残したけど期待できない気がした……。
「まぁ、いいじゃないですか。
チビと乳デカは虻輝様を犯人扱いしたような性悪女どもですぜ。
あんなのがやられちまった方が逆にいい気味ですぜ」
「いや、流石にあの2人は仲間なんだから問題だろ。特にまどかは家族だし。
本当の問題は僕が2人から信頼されていないことだって。
それにあの2人だって反省しているみたいだから許してあげないと」
景親は眉をひそめた。
「一方的に疑われてこっちが一方的に許すだなんてどうかしてますぜ……。
女だからって優しくし過ぎると付け上がりますぜ?
もしかしてあの2人が好きなんですかい?」
「いや、それだけは全くない。同居人ってだけだよ。
第一あの2人だって僕のこと嫌いだろう。
ウチの頂点に君臨している玲姉が居住を許してくれているから僕もいるだけだよ」
「んー、俺はそこまで悪い関係とは思いませんがね。
本当に嫌なら会話すら成立しない気もしますし。
ただ、虻輝様が“嫌い“と思わせるだけの態度がいけすかねぇですな」
どうにも2人に対して良い印象が無さそうだった。
「正直なところ僕は打算的なんだよ。ここで無償で許しちゃえば“信頼”が勝ち取れる。
あの2人は家庭内で玲姉に次ぐ地位にいるし、関係も深い。
景親だって玲姉には勝てない以上、あの2人に恩を売ることには価値があるんだよ」
「なるほど! 流石虻輝様! 怪物柊玲子の懐柔策の一環とは!」
しかし自分の発言なのに違和感があった。どうしてか何かがおかしい。
打算的に動いたはずなのだが、2人対してはそれ以上の“何か”別の感情があるような気がしてならないが――深く考えても仕方ないな(笑)。
「玲姉に対して“怪物”とか言うなよ。というか思うことすらダメだぞ。
思考読まれているからな」
「そこが怪物なんですって……あの身体能力で思考読まれちゃまず勝てませんって」
「まぁ、気持ちはわかるけどな(笑)。
為継なんて人類と同じ分類なのかを疑問に思っていたよ(笑)。
でも、どうしてか僕の知り合いが不遜な態度をとると僕がとばっちりを食らうんだ。
僕の身を未然に守ると思って注意してくれ」
「柊玲子こそ虻輝様のことが好きなんじゃないですかい?」
「いや、流石にそれは無いだろ。からかっているだけだって。
建山さんもそんな気がするし」
「こうして見ると。なんかすげぇ美人が多いですけど癖がある奴らしかいませんな……」
「それについては同意したいね(笑)。
あんな女の子がゴロゴロいたらこの世の中の男は終わっちゃうよ。ただでさえ男は結構立場が弱いのにさ」
美人であそこまで力があったら正直始末に負えないレベルだろう。
頼りになると言えばなるんだけど僕たち男性陣の立つ瀬が本当にない……。
そんなことを思っているうちに到着したようで飛行自動車が停止した。
「さぁて、着きましたぜ。癖の強い2人に恩売りに行きますか!」
景親が飛行自動車を止めると大変嬉しそうにドアを吹き飛ばさんかというぐらいの勢いで外に出た。
だが景親が納得してくれただけで建山さんに連絡が取れていないという根本問題は何も解決していないのだが……。
と思っていたらまどかと島村さんがいるビルがドーン! という轟音とともに爆発して白い煙が真上からモクモクと上がってきた。し、しまった……手遅れだったのか!
「マズイ! 景親! 行くぞ!」
「分かりやした!」
くそぅ、2人共無事にいてくれ! 僕と景親は車を降りると全速力で走りだした!




