第2話 憧れの人
玲姉に飛びつくようにして近づく、きっと僕は満面の笑みでいるだろう。
玲姉もホッとした表情をしている。
「やっぱり来てくれてたんだ。思った以上にすべてがうまくいったよ。
こうして、僕の立場も無くならなかったし、誰も失わずに済んだんだ。
玲姉がくれた非常用ボタンが役立ったよ。本当にありがとう!」
玲姉の体は僕より少し小さい感じなんだが、抱きつくと凄くホッとする。まさしく“安置“という感じだ。こんなことを言うと”シスコン“と言われかねないが……事実なんだから仕方ないよね(笑)。
「でも、そのボタンを結局使わなかったじゃない」
後ろから島村さんから冷たい視線を感じたので、急いで離れた。
「いやいや、玲姉が付いていてくれた気がしてしっかり為継や大王に対しても自信をもって自分の気持ちを伝えられたと思う」
正直言って、大王や為継と言った科学技術局に対してや島村さんに対して自分の考えを伝えるのはかなり勇気が必要だった。
でも、玲姉が近くにいてくれると思うだけで勇気になったし、やっぱりがっかりさせたくないと思えた。
「ところで、輝君の生きる目的や、“本当に守りたいもの”は見つかったかしら?」
「……そうだね。人間の心や自由意志を失ったら一番いけないと思う。
僕は自由意志を残しつつみんなの笑顔を増やし、悲しむ顔を少しでも減らしたい……虻利のやっていることは恐怖での支配だよ。
生きる希望や意味を皆が前向きに見つけられる社会にできたらいいなと思う」
「私もまったく同じよ。
途方もないことかもしれないけど、少しずつでも変えていきましょうね」
少し遅れて島村さんも足を引きずるようにしながら僕に追いつく。
「そちらの方が噂の島村さんね?」
玲姉が島村さんのほうに視線を向ける。僕の時とは違った感じの柔らかい表情を向けていた。
「あ……あの、もしかしてあのBUD社長の柊玲子さんですか!?」
島村さんは息を整えた後、これまで僕が聞いたことのないような張りのある元気のある声で玲姉の右手を両手で握っていたので、正直言って驚いた。
ま、まぁ僕らに対しては最近は完全に罵倒と嫌悪の言葉しか言われていなかったんで仕方ないと言えば仕方ないんだが……。
「ええ、そうよ。でも、今日はBUD社長として来たわけじゃなくて、輝君の姉として来たわけど。よろしくね」
玲姉は島村さんに名刺を渡しながら言った。ちなみにBUDという会社名はBeautiful until deathの略で死ぬまで美しいという意味である。
化粧、ファッション、食事管理などを包括的に行い、美容と健康を維持するということを目標にVRでのサービス事業中心に急速に事業規模を拡大している。
コスモニューロンを介してお客さんは参加者するのだが、玲姉自身は導入していないので自宅にあるスタジオみたいなところで撮影している。
「そ、そうなんですか!? 私は、島村知美です。
特技は弓道です。よろしくお願いします!」
島村さんは僕と玲姉とを瞬時で交互に見つめた。
どうやら似ているかどうかを比べているようだ。
「まぁ、直接の血の繋がりはないから義理の姉というのが正確なところだけどね。
でも玲姉の家も虻利と遠縁だからあながち嘘ではないところではあるけどね」
島村さんは胸をなでおろし心底ホッと安心した様子だった。
「そうですよね。玲子さんほど強くて美しい方がこんな人と実の姉弟の関係だったら困ります。私の目標だったんですから」
「ハハハ……」
ある程度仕方がないとはいえ“こんな人”という扱いというのは流石にメンタルに来るものがある……そういや僕はまだ名前すらまともに呼ばれたことはない。
しかし、島村さんほどの強さを求めていそうな人でもやっぱり美容とかに興味があるのは年頃の女の子だなと思ってしまう……。
「ところで、知美ちゃん。今日は空いているかしら。早速だけど今日無事に終わったことであなたの歓迎会を開きたいのだけれど」
「ありがとうございます! 正直言って困っていたんです。
実は昨日が人生最期の日だと思って、借りていた家も引き払っていたのでどうしようかと思っていたんですよね……」
いやいや、そんなこと今初めて知ったんだけど……。
もう対応とかも違いすぎるし、玲姉もいきなり歓迎会とか言い始めるし、なんかもう玲姉を取られたような気がして疎外感を感じ始めてるんだけど……。
「あら、それならしばらく私の家に下宿してもいいわよ。部屋も幸い余っているしね」
玲姉があまりにも自然な形で了承している。あの家は僕の家なんですが……
「ほ、本当ですかっ!? でも、いきなりだと申し訳ないような気がしますし、他のご家族の方もいるでしょうし……」
流石にここまで勢いで話しまくっていた島村さんも恐縮している様子だった。
「いいのよ。皆、私から言えば承諾してくれるわ。ね? 輝君?」
「あ、そうですね」
あの……全て決めていますけど実は玲姉は居候に近い身分なんです。
しかし、本来の立場の差というより現実の力関係が全く有無を言わさない状況を作り出していた。
ちなみに、父上も玲姉の協力で仕事を助けられた経歴があり、玲姉に気押されたら味気なく了承することだろう。
虻利の男子は世界を牛耳っているかもしれないが意外と家庭内での地位は女性よりも低い。
これはあの個性の強いご隠居にも言えることで御祖母が早逝されてからあれほど自由なキャラになったという訳だ。
「そ、そうなんですか……でも、流石に遠慮しちゃいます……」
「今まで虻利に散々嫌な思いをさせられてきたんだから。気にすることないのよ?」
とりあえず、特別拘留所前で永遠と会話し続けるのはどうかと思う……。
別に誰かが来るわけでは無いし、近くから見ている警備隊も来る気配はないが、言いようがない焦燥感があった。
女性は年齢を問わずに突然話し込んでしまう傾向があるようだが、玲姉にすらそれが当てはまると言える。
「ま、まぁ続きは車の中でしようじゃないか」
「そうね。美甘さん待たせているし」
こうして、車に戻ると美甘がホッとした表情でいた。
僕の定位置の後部座席は玲姉と島村さんに占領されているので、助手席に座った。
2人は美容やら化粧やらの話に没頭している。
2人の会話の流れからとても話に割って入ることはできないので美甘と話すしかなかったので起きたことを簡単に説明した。
「全て丸く収まってよかったですね。
ここまでうまくいくとは私は思ってもみませんでした。
島村さんもとてもいい娘さんみたいですしね」
「そうだね。ただ、順調すぎて何か怖いぐらいだね。
何かとんでもなく悪いことの前触れじゃないかと……」
美甘はクスリと笑った。
「そんなに心配していても仕方ないですよ。世の中の心配の9割は起きないって言うじゃないですか。
今日のことがうまくいったことを感謝したほうがいいです。それも虻輝様の日頃の行いが良かったからじゃないですか?」
「んー、それは流石にどうかなぁ(苦笑)」
むしろ僕の日頃の行いは最悪レベルだと思うんだが(笑)。
ここでうなずいたら確実に後ろから島村さんに穴だらけにされてしまうだろう……。
「少なくとも、あの虻利家の方針に事実上逆らっても無事でいられるだなんて普通ではあり得ないですよ。上の皆さんが虻輝様に多大な期待をかけているからに他なりません」
「期待ねぇ……別に僕はゲーム以外は特別何かできるわけじゃないからねぇ」
さっき島村さんにゲームができることすら否定されたばかりだし……。
しかし、流れている景色を見ているうちに少し気分が前向きに変わってきた。
「まぁ何にせよ幸運な事には変わらないからね。
これを機に小さなところからでもいいから虻利を変えていければと思うけどね。
具体的に何をしたらいいのかはまだ何も分かっていないんだけど(笑)」
美甘はこうして僕をちょくちょく励ましてくれるのは助かるのだが、如何せん少し僕と感覚がズレているところはある。そこが少し玲姉と違うかなとは思える。
「そうね。それについては、ご飯の後にでも考えてみることにしましょう」
ほんの5秒前まで女子トーク全開だった玲姉が突然僕たちの話に割って入った。
「と、唐突だなぁ(笑)」
「知美ちゃんもいいわね?」
「はいっ!」
マジで、島村さんは僕と会話しているときと玲姉と会話しているときとで声のトーンが別人だな……。
笑うと凄く可愛いけどそれを僕に向けてくれる日は来ないだろう。




