第64話 微妙な距離感
2055年(恒平9年)11月10日水曜日
昨日は凄く疲れたけど、結果的に肉体的にはあまり動かすことが無かったために寝起きとしては良かった。
肉体的負担が少ないだけでもかなり大きい。
顔を洗って今日のことを考えながらゲームをしている。
今日で建山さんから最初に要請があってから5日目だ。
恐らく綱利としてもこちらが1週間の調査ということを知っている。何となくだが綱利と決着が近いのではないか? という風に感じた。
明朝から為継と今日の方向性について話し合おうと思った。
どこで何をしたらいいのか1人では分からないんで(笑)。
まずは建山さんが協力してくれるということについて伝えた。
「ほぉ……意外ですな」
「そんなに意外かな? そもそも潜入捜査の要請してきたのは建山さんだしここは協力をするのが筋かと思ったんだけど」
「私は必ずしもそうは思いませんでした。
特攻局の姿がチラつけば相手が口を割ってくれなくなりますからな」
「確かに、特攻局はどう見ても虻利家の出先機関だから……」
「私は建山さんという人間についてよくわかりませんが、考えられる2つ可能性があると思います。
一つは純粋に協力してくれること。
もう一つは虻輝様を直に監視しつつ、油断させるためです」
「油断?」
「ええ、虻輝様のことですから“協力してくれる”という言葉を聞いただけでホッとされていることでしょう。
しかし、史上最速で出世されている建山さんの思考はそれこそ綱利以上に得体のしれないのです」
「実はもう油断してたわ(笑)。でも、警戒は解かないほうが良いと?」
「ええ、彼女が特攻局の一員。しかも幹部であるいうことを忘れてはいけないでしょうな」
「そんなに悪い人には見えないけど、建山さんは確かに不思議な雰囲気があるからよくわからない面も多いのもある。
人は見た目にはよらないから注意しないとな……」
「ええ、そのほうがよろしいでしょう。あまりにも虻輝様は人が良いですかな」
「そんなにかね……」
「そもそも、権力者の一族でありながら全く権力に固執していない上に、
助けられる範囲は助けようとなさる。ちょっと考えられませんな」
「まぁ、悪いことをしていたからせめてもの罪滅ぼしの面が大きいから……」
「普通ならそこで踏み外し、倫理観を崩壊させかねないですがね。
ところで、虻輝様は本日どうされますか? 綱利については私としてもなかなか行動が読めないのですが」
「そうそう! それを聞きたかったんだがすっかり忘れてたよ(笑)。
僕もそれについて昨日から考えていたんだが、綱利の情報源は不明だが僕たちが“1週間“という区切りを持っていることを分かっているような気がする。
そうなると、敢えて何か行動せずとも向こうからアクションを起こしてきそうな気がするんだよね」
「確かにそれは一理あります。特に私と虻輝様に対して何かしら負の感情を持っていそうですから、これを機に何かを清算しようと考えるのが妥当ですからな」
昨日の僕を殺しに来た綱利の顔が脳裏に浮かぶ。想像以上に僕を恨んでいることが解った。そこまで恨むのかよ……と思ったが、こんなにも虻利家の後継者としてやる気が無いのにご隠居などから大絶賛されていることが気に入らないのだろう。
そもそも僕の何がそんなに評価されることがあるのか意味が分からないんだが……。
「それで綱利のアクションの内容までは分からなくても、どこかで張り込みか何かしておいたほうが良いと思うんだけど、どこが良いと思う?」
「そうですな。虻輝様と輝成と景親の3人でそれぞれ3つ抑えたほうが良いでしょう。
日本宗教連合とEAIの前。そして、まどかと島村知美の尾行です」
「え……まどかと島村さんについても!?」
またあの2人に関わるんか……。どうにも相性が悪いのかすれ違いか罵倒されるかの2択の状況ばかりの気がするんだが……。
「EAIの施設内であっても危険ですが、
外部での活動をしているのでしたら綱利が直接狙ってくる可能性が高いでしょう。
ほとんど接点が薄い景親や輝成より虻輝様が行った方が適任かと思います」
「ああ、なるほど。まどかを攻撃しておいて僕が玲姉にズタボロにされるという間接的攻撃もあり得るか……」
綱利も僕と玲姉やまどかとの関係性について熟知しているからな……。
特にまどかが無事でなければ僕の責任問題になりかねない。
「ええ。あらゆる可能性について精査していったほうが良いでしょうな」
それに、まどかはそれに直接組み手となればそれなりの戦力になるが、そうでないと脆いからな……。
僕が2人を救うことはできないと思うんだが、何といっても建山さんが一緒にいてくれるだろうから非常に頼りになる。
「じゃぁ、あらゆる可能性というと為継が敵という可能性とかあるわけ?」
為継はすぐに答えを返してこなかった。
「……私はあまりまどろっこしいことはせずに即座に電磁波攻撃で虻輝様を消しますな。
あとは脳のオキシトシンの量を操作し、自殺を促すとかそういう形でしょうか。
科学技術局の力を使えば、それぐらい造作もありませんから」
1分ぐらい間をおいて、ようやく出た答えがこれだよ。
ヤバすぎるだろ……まだ自殺していないし、命があるだけありがたいと思わないといけないな(笑)。
「あ、そうなの……これは敵じゃないということで心強いという判断をしていいのかな? それとも新手のジョーク?」
「いずれにせよ私に対してはそんなに気を遣われなくともいいですし、警戒されずとも問題ありません」
とにかく笑えねぇよ……。玲姉もそうだけど真顔やいつもと変わらない口調でジョーク飛ばしてくることがあるから判断付きかねるんだわ……。
「まぁ、為継にはあらゆることを握られてるからね(笑)。
もしも僕のことが心底嫌になったらサックリやっちゃってくれ。僕は痛いのが続くのが嫌だからね」
「ええ、ご要望承りました。
ただ本当に建山さんについては信頼されないほうが良いかと。
私には到底純粋な善意で虻輝様に協力しているようには見えませんから」
何度も言われるうちにだんだんと得体の知れない存在に思えてきたんだから僕もある意味単純だが……。
「そうだね。注意しておく。朝早く忙しい中、ありがとう」
為継は今のところ大丈夫? だと思うので、とりあえず綱利と建山さんの動向だな。
何を考えているのかもイマイチつかみどころが無いけど――ゲームが好きな上に強いところは正直好感が持てるから悪い人であって欲しくないなぁ……。
皆絶妙な距離感にいるから誰もが敵とも味方とも断言できない。
もしかすると「敵」や「味方」という判断をする方がいけないのかもしれない。
一致するところで協力する。その他の部分では距離を取る――そういった考えの方が適切なのかもしれないと思った。




