第61話 保護者面談
「若い世代がこれだけのパフォーマンスを発揮できるとなると将来に期待が持てますな。
しかし、時間がありません。
余興はこれぐらいにして、虻輝様をどうやって鍛え直すかについて考えていきましょうか」
爺がそんなことを言ってきた。
あぁ、これまで“高みの見物“をさせてもらっていたが、残念ながらこのまま今日は終わってはくれ無さそうである。
「なんて言うのかしら。輝君はゲームをやっているときやVRだと活き活きと動けているじゃない?
つまり、自信がある状態だと素晴らしい判断や活動は出来ると言うことじゃない。
健全な肉体に健全な精神が宿ると昔から言われているわ。
本来の潜在能力に見合った身体的能力を獲得するべきよ」
「は、はぁ……」
スパルタ過ぎる……それができたら苦労はしていない。
「ふぅむ、玲子殿も結構過酷ですな……。
私が思うにゲームの中である程度自由が利く中で訓練をすることも一考の余地があるように思えますな」
「玲姉は知らないかもしれないけど、自分の脳でアバターを自在に動かせる度合いと言うのとリアルの身体的能力に影響を受ける割合と言うのを変更できるんだよね」
僕としては同じ訓練をするのならVR空間で訓練できる方がまだマシと言える。
「なるほどね。輝君のやり易いところでやったほうがリアルでの好影響になるかもしれないわけね」
「ええ、私にお任せ下されば心身ともに鍛え直して見せます。ご安心を」
「分かったわ。村山さんに任せるわね」
なお、僕はご安心できない模様……。
「私も2人目の臨時講師として参加することはできないでしょうか?
こう見えても私ゲーム得意なんですよ? 虻輝さんはご存じかもしれませんが」
「確かに、建山さんがいてくれた方が頼りになるね。
何といっても玲姉とほとんど互角だったんだからね」
建山さんはなんとなく“抑止力“になってくれるような気がする。
あまりにも厳しい方向に振り切っている玲姉と爺の2人に比べて、何かと優しい――というか、特攻局として監視してくれるのではないかと期待できるのだ。
「おかしいわ……私が勝負に勝ったはずなのにどうして建山さんが輝君の指導を……」
玲姉の瞳孔が開ききっているので正直恐れをなした……。
こういう時は因果関係とかなく僕に“二次被害”が飛んできかねない……。
「ま、まぁそれを巡った戦いだったわけじゃないんだし……。
玲姉だって建山さんの実力は折り紙付きだと分かったでしょ?」
「そうね――ただ、建山さん。私の代わりにやってもらうんだから厳しく頼むわよ。
ただVRの世界であっても輝君に余計なことをしないように。ね?」
玲姉の圧力がヤバすぎる……。折角食べたものを吐き出しそうなレベルだ……。
「流石に負けた身ですから、そんなことをしようとは“まだ”思いませんよ」
「ふぅん、そう。私は誰にも負ける予定はないからいつになっても認める気はないけどね」
また挑発合戦が始まろうとしている……。
「お、お二人とも今は虻輝様の指導についてのお話だったのでは……」
爺が下手に出なくてはいけないほどにこの2人の圧力のぶつかり合いは凄い。
そもそも、あれだけのパフォーマンスを出し合ったのにまだまだ余力がありそうなのが異常性を感じる……。
本気を出し合ったら一体どうなっちゃうんだろう……。
この街一つぐらい軽く吹き飛びそうだよな……。
「そうでしたね。つい熱くなってしまいました。
そもそも、虻輝さんのペースもあると思うので、あまり焦らないほうが良いと思いますけどね。
様子を見ながらやっていったほうが良いと思います」
「でもねぇ、そんなに悠長なことを言ってると輝君はひたすらサボりかねないからね……。この子に全てを任せるのは危険なのよ。
ゲームに対する執着がとにかく凄いから歩きながらでもやってるぐらいだし」
玲姉の殺気は消えたが、今度は僕に対して咎めるような目線を向けてくる。
まるで小学生の教育方針を決める保護者と塾の先生の会話である……。
そんな目線を向けられても、できないことはできないと言わざるを得ないんで……。
そもそもインドア派で体を動かすのが苦手なんだけど……。
「私もゲームで動きを覚えてから実生活に役立てました。
私なら虻輝さんのお役に立てると思います」
「確かに私はVRについて知識も浅いし、そういった体験が無いわ。
大変悔しいけど、建山さんに今回は任せたわよ」
唇を噛みしめながら本当に悔しそうに言った。
かといって玲姉はコスモニューロンを入れることはポリシーに反するので消してやらない。最大限の譲歩ということだ。
「ええ。ただ虻輝さんが壊れてしまったら元も子もないので“バランス”を取っていきますよ。
玲子さんが今の状況を見て焦られるのもなんとなくわかる気がしますからね」
この2人は仲が悪そうに見えて理解していそうにも見える。とても不思議な関係だ……。
「とりあえず、VR空間での“圧力“の度合いをいかがしますかな?」
VR空間では“無重力”のような状態にできたり、
一方でヒマラヤ山脈のような酸素が薄い状態、
深海の水圧などにも自在に変更し、体験することができるのだ。
「ねぇ、輝君は頭の中で冷静に状況の解説をしていないで何か意見は無いの?
私たち輝君のためを思ってさっきから3人で真剣に議論してるんだけど?」
「とりあえず、木刀や刀が重すぎるんだけど。腕が引きちぎれそうだよ……」
「現状では物の方に振り回されているような感じですからな……。
それなら物質の重量をほとんど無くし、体の重さも現実の半分ぐらいの体感にしましょうか?」
結構体の重さを変える状態ってのも勇気がいるんだよな。
ゲームで重力などはほとんどリアルの状態で決まっていることが多いので、こうやって変更させることは少ない(システム的に僕が有利なようになっているのだが)。
「虻輝さん。不安なのはわかりますけど、楽しみながらやりませんか?
訓練ではなく、ゲームだと思われて行われた方が良いと思いますよ」
「分かった。試しにそれでやろう」
「それなら私はリアル世界で残りの皆の指導をするわね……」
おい、玲姉……そんなに捨てられた猫のような眼をされたら僕がとんでもなく悪いことをしているみたいじゃないか。
玲姉がコスモニューロンを使えないのが悪いのであって僕が悪いんじゃないんだからな? そこのところ勘違いするなよな?
と口に出さずに伝えると玲姉はプクーっと頬っぺたを膨らませた。
まどかかよ……。いつもとギャップがあって可愛くすら思える。
だが、これ以上余計なことを考えると記憶を飛ばされかねないからこれ以上もう何も思うまい……。
僕たちは皆の邪魔にならないように休憩所に移動してVR空間にダイブすることにした。
「ではいきますよ。2人共用意は良いですな?」
僕たち3人は横になっている。爺をホストとしてVR空間に入る準備はできていた。
「できてるよ」
「はい」
怖さはあったが、これはゲームだ! そう思い込みながら目を瞑った。




