第59話 ヴァーチャリスト事件の行く末予想
建山さんは僕の手を取りながら話し始める。その柔らかさに心臓が口から出そうなぐらいドキリとした。
「虻輝さん、先日はヴァーチャリスト事件ではお世話になりました。
今回も突然の依頼を引き受けてくださってとても嬉しく思っています。
担当した仁科は粗相がありませんでしたでしょうか?」
建山さんは柔らかい笑顔で話しかけてきた。先ほどの玲姉と話していた時とまるで別人だ。あの時は2人共殺気だけで生命を死滅しかねない雰囲気だったからな……。
でも、こっちの方が本来の建山さんに近いように思える。
「い、いえ、仁科さんはとても礼儀正しく素晴らしい方でしたよ。
むしろ、僕たちのほうがちゃんと任務をこなせているか、報告出来ていたか心配したぐらいです」
瞳は綺麗だし思わず吸い込まれそうだ。
こんな美人に手を握られたら理性が飛びそうだよ……。
「仁科から報告は聞きましたが、むしろ予定以上の成果だと思いました」
「それよりも先日はゲームの中とはいえ、とんでもないことに巻き込まれちゃいましたね。あの後、事件はどうなったんですか?」
建山さんは表情を引き締めて膝に手を置く。
よって僕の手が解放される。ホッとしたようなもっと握って欲しいような複雑な気分だった。
「ええ、そのことについてもお話ししようと思いました。
滞りなく世界中で関与した犯人一味は逮捕し警察に引き渡しました。
しかし、何だかスッキリしない終わり方だったんですよね……」
「へぇ、建山さんもそう思ったんだ。実を言うと僕も“何か他に黒幕がいそう”って言う感じがしたんだよね。あの時戦っていた崎家は実行犯のボスと言う感じがした」
僕の考えを全て言うつもりは無いが、ここで聞いて情報を仕入れておくチャンスではあった。
「検挙数的には海外でも一斉検挙できましたので全世界で100人ほどになりました。
私が事件のきっかけを見つけたので、私の功績にもなりました。
ご協力ありがとうございます」
「建山さんなしにはあのゲームで優勝できなかったからそれぐらい貢献できてよかったよ」
世界大会公式ゲームでなくても年間獲得賞金やゲーム総合レーティングなど様々な指標が他には存在している。そのプラスにはなったので僕としても良かった。
「ですが、逮捕した者たちはどれも小物と言う感じでして、“事件の根源“には到達できなかったんですよね。
集団的な犯罪ではなく各々が任されたことをやっていただけという感じでして、
また似たような事件が起きるのではないかと危惧しています」
「これは僕の勝手な考えだから一向に聞き流してもらって構わないんだけどね。
虻利家や特攻局、科学技術局などの内部に真犯人がいるのではないかと思うんだよね。しかも幹部クラスでね」
流石に僕の周りに真犯人がいるのでは? と言うところまでは言わなかったが、何かしらヒントが得られるかもしれない質問だと我ながら思った。
「そうですね……確かにその組織の幹部クラスであるならば、何かしら利益を得る人物もいるかもしれませんね。
これは私の考えですが、“お金”が関係しているんじゃないかと思いました。
ヴァーチャリストと言うゲームはあの事件以来すっかり国際的なゲームとしての信用が失墜しましたが、事件が起きる前までは11番目の世界タイトルに選ばれる可能性がかなり高いゲーム部門でしたしね。
そこでの資金キックバックがある可能性も含めて捜査をしています」
僕とは違った視点だった。あのゲームを軸に利益を得る人物がいるとはあまり考えていなかった。
しかし、よく考えてみれば11番目のタイトルになることができれば1つの世界大会当たりの広告料などで最低でも1000億円単位、メジャータイトルに定着すれば1兆円単位の金が動く。
そうなると、我田引水に動く人物がいてもおかしくなかった。
「なるほどね……ちなみに目星は付いているの?」
「詳しいことは申し上げることはできませんが、特攻局として一定の目星は付けています。
ただ、決定的な証拠は掴めていないので、次のアクションがあるまでは“保留”といった形になりそうです」
「なるほど。そこまでおっしゃってくれれば十分です。ありがとうございます」
これ以上踏み込んでも話してくれなそうなので引き下がることにした。
しかし、僕の視野が狭いために全く見当違いの憶測かもしれないということが分かったのは大きかった。周りの仲間や身内を疑うのが一番最悪だからな……。
解決しているわけでは無いが、何となくだが楽観的な気持ちになることができた。
「いえいえ、虻輝さんには最大限のご協力をいただき解決までしていただいたのですから当然です」
「それにしてもゲームでも建山さんは上手かったよね。
あれでほとんどゲームやったこと無かったって言うんだから驚いたよ」
「子どもの頃はお父さんが上手かったので色々とやらされたんですよ」
「あぁ、そんなことも言ってたよね。有名プレイヤーだったの?」
「さぁ、どうなんでしょう詳しくは知りません。
私もそれなりに素質はあったようですけど、絶対に達成したい目標があったので、ゲームの道を極めることを志しませんでしたね」
「へぇ、それだけの目標って何なの?」
「ふふふ、ナイショです」
ウィンクして小悪魔的な笑みを浮かべた。こんな風に美少女に囲まれている生活をしていなかったら僕の心は思わず持っていかれていたことだろう……。
日々の“訓練”の成果が無駄に出ていた。魅力的な女の子達を前に魅了されない訓練や欲情しないというあまりにも虚しい訓練が……。
しかし、プロゲーマーとしてもやっていけそうな実力がありながらやらないだなんてもったいないよな。
まぁ、この業界では依然として男子と女子の比率が7対3ぐらいで多いから“女子は敷居が高い”というのもあるのかもしれない。
今では世間的認知が上がってきているとはいえ家庭次第では親の反対もあったのかもしれない。
いずれにせよ、今の建山さんは特攻局の中で歴史を塗り替えるだけの大出世をしているわけだ――かといって特攻局でトップに上り詰めることが最終目標っていう感じもしないんだよな。
出世以外の何か――僕の頭では何か分からない(笑)。
「あー! お兄ちゃん! また女の人と仲良くしてるー! あたしたちもいるんだけど! 何を2人でいい雰囲気にしちゃってるわけ!?」」
話がひと段落して僕が思索にふけっていると、何となく建山さんがちょっと距離を詰めていることに気が付いた。そこにまどかが強引に割り込んできたのだ。
「おい、まどか無理やり割り込んでくるなよ。
この間のヴァーチャリストの事件のこととか話してたんだからさ。
お前には何も分からないだろ?」
「分かんないけど、ミョーに距離が近いんだよ! ダメだよダメ!」
僕はふとまどかが何を考えているのか分かったような気がした。
「ははーん、分かった。お前、ご飯を建山さんに取り分を取られると思って嫌なんだろ~。
ダメだぞ~、食い意地ばっかり張ってるな~」
「もぉっ! バカッ! そんなわけないじゃん!」
「グフッ!」
まどかは手元にあったクッションをたちまち剛速球の弾丸にした。弾丸は僕の視界を覆いかぶさるとともに、僕を吹き飛ばした。
「だ、大丈夫ですか? これは家庭内暴力ではありませんか?」
建山さんが僕の手を引きながら起こしてくれた。またしても柔らかい手に触れてドキリとした。
まどかはどこかにか走り去っていてもういなくなっていた。
この僕の推測が全く外れてしまうとは……何を考えているかよくわからん時があるんだよな……。
「こ、これが日常なんで大丈夫ですよ。
玲姉やまどかに物理的に攻撃を受け、島村さんからは精神的に攻撃を受けているんです。
あ、でもこれは家庭内暴力とかじゃなくて“じゃれ合っている”だけなんです」
右手で顔をさすりながら元の場所に座った。ヘタに誤解されないために焦って付け加えた。
「そ、そうなんですか……新スタイルのスキンシップなら問題ないですね。
こういうご家庭もあるんですね……」
コイツら建山さんが特攻局の幹部だってのを忘れていて、いつも通り容赦ないんだからヤバいよな。ヘタなことをしたら収容所送りになりかねない。
そしてその責任を問われて僕が玲姉に粛清されるのだ……それだけは避けなくてはいけない。
事前にそう言った事態は回避できたのだから理解力が高い人でホント助かった……。
まどかも感謝して欲しいところだが僕の気苦労を分かっている様子は無かった……。




