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ディストピア生活初級入門(第5部まで完結)  作者: 中将
第4章 反成果主義

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第57話 最新鋭の“アトラクション”

 私たちは憔悴しきった表情でEAI本部に到着しました。

 あまりにも私たちがあの人にしてしまったことが取り返しがつかないのではないかと思ってしまったからです。


 しかし、そんな私たちの様子をお構いなしと言うかのように、いきなり加藤さんからとんでもないことを告げられました。


「2人共、買い物ありがとう。

突然で申し訳ないけど、明日は僕たちと一緒に日本宗教連合との会合に同行してくれないかな?」


「え……私たちが何か発言できることなんてないですけど……」


「いや、いてくれるだけであり難いんだ。

毎回、あまりにも地味な会談で華が無くて困っているんだよ」


「そうなんですか……」


 確かに、女性がいない空間は重苦しい感じはありますよね。

 私たちが果たして良い役割を果たせるかは分かりませんが……。


「だ、大丈夫かな~?」


 まどかちゃんも何とも言えない表情をしていますが、その後加藤さんに10分以上説明を受けました。

 とりあえず、皆に最初の1回分だけお酒などを注いで回ればいいということでした。

 

 なんだか水商売の人みたいな感じがして嫌ですけどね……組織に所属しているとそう言うことをしないといけませんよね。

 私が獄門会の下部組織にいた時もそう言うことをさせられました。

あの閉鎖的、非公開の組織で性的暴力を受けなかっただけむしろ良かったのかもしれません。


 立場の弱い女性はそういうことをさせられるので今回も注意しなくてはいけません。

 それこそ心を許した人ができるまで……。


「ところで話は戻るけどこの買ってきてもらったソフトを早速使ってみようか」


 そう言って加藤さんは私たちの思いをよそにパソコンを立ち上げました。


「具体的にどういうことができるんですか?」


「例えばこういうことができる」


 そう加藤さんが言うと、私の映像がたちまちまどかちゃんになり、声のトーンもまどかちゃんそのままになります。


 さらに加藤さんがマウスをクリックすると、私たちとは全く違った人物になります……。


「うへぇ~。これじゃもう誰が誰でも関係ないじゃん……」


 まどかちゃんがいかにも嫌そうな顔でそうつぶやきました。

 ちなみに私も全く同じことを思いました。


「更にこういうこともできるんだ。このヘッドセットを付けてあのピアノに座ってもらえるかな?」


 まどかちゃんがヘッドセットを付けて、ピアノに座りました。


「座ったけど……え!」


 そうすると途端にまどかちゃんがピアノを弾き始めます。これは確かモーツアルトの交響曲40番だったと思います。

 しかも澱みなく弾けているので相当上手いです……。


「まどかちゃんピアノ得意だったんですか?」


「う、ううん。今初めて座ったぐらいだよ。お姉ちゃんなら何でもできるけど……」


「今のもソフトの技術なんだ。プロのピアニストをヘッドセットを付けるだけで、両手の指が5本ずつあれば必ずトレースすることができるんだ。

 ヘッドセットが脳波を刺激し、体を制御することができる」


 ある意味ゾッとしました。まどかちゃんも顔色が暗くなります。


「誰でもこんなことが出来ちゃうだなんて驚きだね……」


「これはピアノだけじゃない。料理だって車の運転だって、格闘技だって一流の技術をトレースすることができる。これが最新ソフトの性能なんだ」


 しかもただのヘッドセットを取り付けるだけでそんなことができてしまうだなんて驚きです。

 でも私には何となくそんなことができるのではないかと思っていました。

 私もヘッドセットを付けただけで思考が支配され、体を自ら触られに行ったことがありましたから。今よりも遥かに抵抗があっただけに自分でも信じられませんでした。


「僕は逆にこれを活用して世間に訴えていこうと思ったんだよね」


「どういうことですか?」


「つまりこういった技術の発展は『個人の喪失』を意味すると思うんだよね。

 誰でもどんな人にもいつでもなることができるということは、

 個人の存在意義が無くなっていく。

 支配者に服従する人間だけが残っていくんだ」


「確かにそれは言えてますね……ちなみにこれはパソコンですが、コスモニューロンでもこういった機能はあるのですか?」


「コスモニューロンを使うことでソフトを現物で買う必要は無いが、

専用のヘッドセットを付ける必要はあるみたいだね。

 数年後にはそれすらも不要になることを予定しているみたいだけどね」


 つまり逆を言うと、政府の支持を聞かない人間は自在に操られてしまい“自殺”などを強いられてしまうのでしょう。

 本当に恐ろしい世の中になっていると思います……。


「でも一方で思ったのですが、ある程度の技術を持つ人間に対してのインセンティブも政府は支払っていると思うのですがその整合性についてはどうなんでしょうか?」


「いわばこのシステムは“体験型アトラクション”に近いものなんだよね。

 コスモニューロン上では周りの風景も変わるそうなので、まさしく自分の身体で色々なことを体験できたりもするんだ。

 インセンティブシステムとは全く別個に存在しているんだよ」


「確かに、コスモニューロンでの体験じゃなくて自分のカラダで行いたいって人もいるからねぇ~。そのための体験ってことか~」


 まどかちゃんの発言を聞くとちょっと納得しました。


「なるほど、むしろ技術を更に精度を上げるために特技を持っている人は逆に重宝されるということですか」


「そう言うことみたいなんだよね。

超一流の身体能力を持っている人間は、色々な動きを研究所で実践してもらって新たな体験サービスの糧になっているというのが実情のようだ」


 私はまだその要請が出たことが無いのでまだまだですね……。

もっとも政府や虻利家からそういう称賛や要請を受けたところであまり嬉しくはありませんが……。


「私は技術についてあまり興味はありませんでしたが、そんな世の中になっていたんですね……」


「ただ、基礎的な身体能力が無ければ体が付いていかずに大怪我を負ってしまうことがあるから、一定以上の健康体であることが求められるみたいだね。

 より体力が必要なものに対してはメディカルチェックなどを通らなくてはいけない。

 コスモニューロンでは筋肉量、心拍数や血圧、臓器の状態なども分かるらしいからいちいちその手続きを踏む必要は無いみたいだけどね」


「なるほど……」


 色々なコンテンツを活用するにしても、コスモニューロンが便利にしているんですね。だから、あらゆる人が活用しているんですね。

 興味が無いので全く知りませんでした。


「あたしの学校の友達でも結構使っている人がいたけどまさかここまでとはねぇ~」


「まどかちゃんはやってみたいとか思ったことは無いんですか?」


「うーん、別にあたしの本来の力じゃないし。

 それならお姉ちゃんと訓練やってた方がよっぽど良いと思うんだよ」


 まどかちゃんらしい答えだと思いました。


「まどかさん素晴らしいですね。

 そういう健全な精神の方をもっと増やせたらいいですね。

 明日の日本宗教連合との話し合いでもそういう話題に触れていこうと思います」


 加藤さんも拍手をして、まどかちゃんの意見に感銘を受けているようでした。

 

「結局は自分の技術ではなくただの“アトラクション”みたいなものですからね。

 私はその技術の領域に至るまでの過程も大事だと思います。

 日々の研鑽の積み重ねや回り道、ライバルとの高め合いなどは掛け替えのないものだと思っています」


「確かに……本当に君たちは素晴らしい。改めてお願いしたい。

 明日の日本宗教連合との会合に出てもらえないだろうか?」


 ここまで持ち上げられた後のお願いだと“計画性”すら疑ってしまいますが……。


「分かりました。お力になれるか分かりませんが同席させていただきます」


 まどかちゃんも小さくうなずきました。


「そうか! ありがとう!」


「ところでさ、赤井最高顧問っていう人は同席するのかな? 

大きな組織同士の集まりだから出るのかなって思ったんだけど?」


 先ほどのあの人との話し合いで出てきた人ですね。

色々なことを悶々と考えてすっかり忘れていました……。


 加藤さんも表情が硬くなりました。


「赤井最高顧問は当初はご出席される予定だったのですが、

 急用ができたとかで欠席されることになったんだ。

 君たちに頼んだのも実は最高顧問の“穴埋め”と言っては難だけど相手の心証を損なわないようにしたいと思ったのもあるんだ。

 申し訳ないね」


「いえ、問題ありません」


 赤井という人が“急用”と言うのがとても気になりますね。

 もしかすると私たちが警戒していることを察知した可能性があります。


 何だか嫌な予感がしますが、私に求められたことをこなしていくしかないですね……。

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