第1話 野放しの理由
島村知美が特別拘置所から解放された時刻とほぼ同時期――ここは虻頼が鎮座している絢爛豪華な“王者の間”。
今現在は黒服の軍団は居らず人払いをされている。
外に漏れてはいけない極秘な会話を行う時に行われる作法だ。その中で大王が今日あった出来事について報告をしていた。
「虻頼様、これでよろしいのですか? 虻輝様達を野放しにしてしまっても……」
大王は虻輝の潜在能力について危惧していた。虻頼に対して刃を向けてくるのではないかという懸念も同時にあった。
「なぁに、大王の危惧することは起きないだろう。
元々アイツはちょいとばかし優しすぎるところがあったからの。
だが、“上に立つ者“としての資質は抜きんでている。現実を思い知ればまた我らのところに戻ってくるじゃろ」
「なるほど」
「そのためには大王、お主が戦力増強に尽力してくれなければならぬ。
当面の敵は獄門会ではあるが、今後も虻輝の下には多くの人材が集まるだろう。
その際に反旗を翻せば足元を掬われる可能性がある。今の状況でも柊玲子はかなり厄介だからな。
まだ、あの娘は虻利の良い意味での広告塔としての価値があるから当面は生かしておくことにするがの」
とにかく、虻頼の考え方は虻利や自分にとってプラスになるかならないかその判断基準に尽きる。
「それについてはお任せください。全ては「人間半神化計画」のためにあらゆる手段を講じております。
そして、有事に備えて戦力を増強と傭兵を集めておりますがゆえ」
虻利家の政策を支持している人々も「人間半神化計画」の内容の過激さを知ると反発する人間が増えている。
しかし、今の虻利家は人間の新たなフェーズを目指してこの考えがいかに良いか、新しい生活や夢の世界へと導けるかにについて各地の広告やVR空間での刷り込みを行っている。
いかに世間の反発が大きくそれでも虻利家が推進しているかが分かる。
「大王よ、そなたの働きに期待しているぞ」
「それと、セキュリティをかいくぐってきた島村という娘。特に電撃の弓の能力も脅威です」
「何か対策はないのかの?」
「如何せん、何も持たずに素手でもできてしまうので判別がつきにくいです。
原理としては島村の右腕に電子が通常の人より多く駐留しており、
それが念動力に近い力で自在に操っているようです。
現状は一度でもこのようなことを起こした人物を特攻局の監視対象に入れ、“罪”を理由に捕まえるしかありません」
ちなみに特攻局というのは、あらゆるビッグデータを分析し、
“テロリスト“に該当するかどうかを精査することを生業とする政府機関――実質的な虻利家の出先機関である。
ここでリストアップされた人物が、虻利家の監視対象となり危険度のランクが上がっていくことで“犯罪者”とされていくのだ。
特攻局はその逮捕、審判までを行う。表向きは対国外のサイバー攻撃を防ぐ機関で警察の補助機関と言った位置づけだが実際は全く異なる役割を担っている。
「島村については前科なし、コスモニューロン導入しておらず直接の監視の対象には入らなかったのも大きいな」
「やはり、例外的な事象が“乱数“として思わぬ事態を呼びます。
AIやビッグデータなどあらゆる手段を尽くしても防げない事象というのは存在していますからな。
有事に備えボディーガードを有力者には増やしましょう。
危険分子をいち早く察知し、少しでも連携を取らなくてはいけません」
「虻成はそれについて何と言っている?」
「虻成様はどうやら警備を強化することに対してあまり重視していないようですがここは強制的にでも強化するようにさせます」
「そうしてくれ。虻成の動きというのも怪しいものを感じる時があるからな」
大王は虻頼の腹心と言ってもいいのでほぼすべての意向を汲み取っている。
虻成を少なからず警戒しているというところも一致していた。
「今回の島村についての処遇は虻成様からの進言ということでしたが?」
「うーん、アイツも無駄に優しいところがあるから困ったものじゃ。
もっと感情移入するのをやめて欲しいものだが……」
「我々もお手伝いしましょう」
部屋の深淵から一人の小男が現れた。
時代に合わず唐笠を被っていて得体のしれない雰囲気を出している。
「こ、これはヨジロベエ先生ではありませんか」
あの虻利の絶対王者と言っていい虻頼が“先生“と呼ぶこの存在こそいわゆる”宇宙人“と呼ばれる存在のうちの一人だ。現在虻利の最高顧問の一人に就任している
ヨジロベエは時代錯誤の江戸時代にありそうな唐笠を被り葉巻を加えながら現れた。唐笠の下 はどうなっているのか誰も分からない。
「虻頼さん。私が思うにあまり固定概念に捉われてもいけないと思います。
虻成君、虻輝君は確かに素晴らしい素材ではありますが、同時に危険分子でもある。
どの時点で“見切る“のかハッキリしておく必要があると思いますがね」
このヨジロベエという男、そう名乗っているだけで実際の名前は不明だ。
目的も分からず、今だけ協力しているのかもしれない。
しかし、超次元からの攻撃で第3次世界大戦に勝利したのも彼のお陰であるし、本気を出せば虻利すらもあっという間に消されてしまうことも明らかだ。
他を圧倒する権力と金、実力を兼ね備える虻頼すらも容易にどうすることも出来ないのだ。
「はぁ……それについてはごもっともですが、
我々が現時点の技術では我々にも限界があります。
先生が何か革新的な新しい技術を提供してくれれば話が変わります。
私が解明しますので」
「ええ、ええ。我々の長もそれについては色々と考えているようです。
しかし、何を送り込んでも少々刺激が強すぎますからなぁ。
様々なシミュレートを繰り返して検討されているようです」
とても楽しそうにヨジロベエは答えた。
「な、なるほど。お待ちしております」
「それに思うのですよ。何も自然に発生した血脈だけでなくてもいいのではないかと。実際に技術としては人工的に造作もなく作れるわけですし。
プラスして我々の技術もある。そうでしょう、大王君?」
「確かにそうですな。“見切る“タイミングについて我々も検討しておきましょう」
大王が同調する。ただし、心の中までそう思っているかは別だ。
大王としても虻輝への価値はまだまだ感じている。
どうにかして自分たちの意図に従ってもらえる手立てはないかと時間があれば考えている。
「来たるべき時が来れば我々も新たな技術提供もします。あなたたちが作る「人間半神化計画」期待していますよ」
そう言ってヨジロベエは深淵に再び消えていった。
そのワープの仕方を教えてくれと大王は思ったが、ヘタに機嫌を損ねることを口にすれば自分が還らぬ人になる可能性も同時に知っていた。
「全く身勝手な方だ……だが、ワシはまだ虻輝には価値があると思っている。
先生が特別口出しされるまでは当面の間はワシの指示通りに動け。いいな?」
虻頼は念を押すように大王に言った。
ヨジロベエには無礼な態度を取るために斬り伏せてやりたい気持ちで虻頼は満ち溢れている。
だが、ヨジロベエの実力やその背後にいる“宇宙人“の存在がどのような意図を持っているのかも分からない以上迂闊に動けない。
「承知いたしました。とりあえずは当初の予定通り虻輝様の権益は残しておくことにします。方針が変わったならまたお呼びください」
大王はそういいながら下がっていった。
「ククク……最終的にすべてはワシの思い通りになる。ワシが頂点の究極の王国がな」
虻頼の怪しい笑い声が黄金の空間に響き渡った……。
その晩、“王者の間”では殺戮の宴が行われたという。よく楽しかった時さらに楽しい気分にするために虻頼が行うと言われている……。




