第56話 心を許した人?
私たちは肩を落としながらEAI本部に戻っていきました。四神電機で買った製品をあわや電車に忘れかけるほどに私たちはショックを受けていました。
「お兄ちゃんに凄く悪いことしちゃったね……」
「はい……完全に早とちりだったなんて……」
「お兄ちゃんのこと最低最悪だって言ったけど、あたしたちの方が最低最悪だったよ……」
「あの人の頭にあるネジをどこかに置いていったのか、ヘラヘラ笑っていましたけど。
普通ならちょっと許されないことを私たちは行ってしまいました……」
電車を乗り換える駅に到着したので私たちは降りました。
時間帯が通勤時間帯でないためか私たち以外には数人しか降りていないようでした。
「かといって知美ちゃん『ヘンな奉仕』しないでよね! そう言うことは好きな人同士でやることなんだから。抜け駆けだよ!」
「そ、そんなつもりは無かったのですが……。
私が“提供”できることって本当に限られているので……」
「大体お兄ちゃんってそう言うことあんまり興味無さそうだから、ムダだと思うけどね……。女の子に対しては鼻の下は伸ばすけどそれ以上のことにはならないから」
「玲子さんやまどかちゃんに対してもそんなに興味が無さそうですから一体どうしちゃっているんでしょうか?」
「特にお姉ちゃんと何も無いのは驚きだよ。
今はお姉ちゃんは“悟りの境地”に近いと思うよ。
たまにボディタッチするぐらいだけど、昔はもっと積極的にアプローチしてたんだよ」
「そうだったんですね……」
だから玲子さんは私みたいな人間にすらも“見込みがある”と思い込んでしまっているのかもしれませんね。
「正直、お兄ちゃんが一線を越えないのは“異常”なんだよ。
これは他のところからの情報だけど、お兄ちゃんって男の人が好きなんじゃないかっていう噂があるんだよ……」
「えっ! そうなんですか?」
「あたしもちょっと信じられないけど、言われてみれば小早川とか伊勢とかと妙に仲が良いし、色々な女の子と仲が良いけど別に付き合っているわけでもないし……」
確かにそう言われてみればそうなのかもしれません……。
あの玲子さんと“恋人同士”になっていないのも異常ですからね……。
「玲子さんはそれについてどうおっしゃっているんですか?」
「お姉ちゃんは思考を読んだことについては言ってくれないんだよね。
プライベートに関わることは特にね……」
「な、なるほど……確かに自分から回答を促すような姿勢が多いですからね」
「お姉ちゃんはこういう話になると何とも言えない表情をしているから“もしかすると”と思えちゃうんだよね。
お兄ちゃんは常にヘラヘラ笑っているからホントよく分からないんだけど……」
「何を考えているのかちょっとよく分からないことは同意しますね。
地位や名誉もありながら抑圧的な威張っている感じが見受けられないのが驚きですし」
「あたしに対しては頬っぺた引っ張ってきたり、結構マウント取ってくること多いけどね……」
「まどかちゃんが抵抗しないことが問題じゃないんですか?
私と話しているときは結構意見を言ってるじゃないですか」
むしろ、素直に言ってくるので、私のメンタルがどうにかなりそうですよ……。
「……一線を越えたいって気持ちはもちろんあるけど、
今までのままでいたいって気持ちもあるんだよ。
お兄ちゃんの前では“昔からいるまどか”でいたいんだ……」
「そ、そうですか……」
確かにほとんどの時間を一緒に過ごしているとイメージが変ってしまうと困惑することもあるかもしれませんね……。
私が想像することもできない世界がこの3人にあるのでしょう。
「とにかく、お兄ちゃんは色々と感覚が“普通”じゃないんだよ……。
とりあえずゲームだけやれればいいと思っているタイプだし」
「いつも気が付けばゲームしてますよね。大体は、非公開状態ですから何をしているか不明ですけど。
私たちにはよく分からないですけど、そんなに楽しいんでしょうか……」
「世界の中でも強いのは疑いようがない事実だからね。
ほったらかすと1日20時間以上ゲームしてるってお姉ちゃんが言ってたよ。
あんまりにも不健康だから今みたいな状況はお兄ちゃんの健康にとって良いんじゃないかなぁ」
確かにあの様子だと寝る時間以外ゲームをしていてもおかしくはないです。
夢の中でももしかするとゲームのシミュレーションをしていそうな気すらします……。
「それでも女性の影は無いと……」
「もしかすると、“ゲームが恋人”なのかなぁ?」
「あれだけ熱心にできるんですから、そうなのかもしれませんね。
あの人がどんな女の人が好きだろうと男の人が好きだろうとゲームが好きだろうと関係の無いことですけど……」
「えー、ホントぉ?」
「本当ですよ。むしろあのマヌケそうな顔を思い出すたびにイライラが止まりませんよ」
「ふぅん、そんな相手に“カラダ”を許そうとするのかなぁ~?」
まどかちゃんのその言葉には流石にギクリとしました。
「……あれは本当にただの気の迷いです。
冷静に考えてみればとんでもないことを口走ってしまいました。
もっと他に選択肢があったことを後悔しています」
実際にブラジャーの上からは一度触られちゃっていますし、一度は死んだと思っていたぐらいですからちょっといいのかなとか思っちゃってもいました。
でも実際は私のカラダなんか興味は無さそうで――また自信を無くしてしまいました……。
よく考えれば玲子さんすらも興味が無いようなので私なんかが眼中にある筈が無いですよね……。
「えーホントォ?」
時折まどかちゃんが玲子さんに見えてしまうことがあります。
笑っているときやからかっているときは本当に似たような表情をされているような……。
「当たり前です。あの発言や気の迷いをこの世から削除したいぐらいです。
あの時の“私”は私では無かったんです」
「そう言うことにしておいてあげるよ」
まどかちゃんはいたずらっ子のようにケラケラと笑い続けています。
「もうぅ、私の方が年上なのに……」
「ただ、安心していいのはお兄ちゃんかなり鈍感だからそういう風にはとらえていないだろうし……」
「玲子さんとまどかちゃんは、もうずっとなんですよね?
本当にどういう神経をしているのか理解に苦しみますね……」
「上手い具合に回避されちゃうんだよね……意識してやっているのか無意識なのかはお姉ちゃんとお兄ちゃんにしか分からないことだけど……」
「どちらにせよ異常な状況なのは間違いないですよ」
「お兄ちゃんは恋愛に関しては空気が読めなさすぎるから。
好きになるのならそこら辺のところは“覚悟”したほうが良いよ」
「安心してください。そんな日は天地がひっくり返っても、
虻利家が世界支配から陥落しても訪れることは無いです」
どちらも同じぐらい起こらなさそうですけどね……。
「でも前よりは気を許しているように見えるけどなぁ~」
「そんなことは――無い筈です! 今でも何もしがらみが無ければどうにかしてやりたいぐらいです!」
「顔真っ赤にしてぇ! 知美ちゃんならライバルになっても許せるよ~」
「もうっ! 勝手に話を進めないでくださいっ!」
とは言うものの本当は誰も好きになったことが無いのでよく分からないのが実情です。
最近寝ても覚めてもあの人のことばかり考えている――これは恐らく好きと言うことではない筈です……。




