第55話 本人登場
「は?」
目の前にいたのは噂をすれば綱利だった。この間と同じような黒いコートと帽子を着て、ニンマリと不気味な笑顔を浮かべている。
「お久しぶりのところ申し訳ありませんが、親交を深める気はありません。地獄へ行ってください。サヨウナラ」
あまりの出来事にパニックになったが、2つだけ分かった。銃の引き金を引かれる。そして僕の命が終わる――そう思った瞬間だった。
「おめぇ! ふざけんじゃねぇぞ!」
景親がそう叫びながら綱利の銃を木刀で叩き落とす。
ほぼ同時に綱利は発砲していた。僕の足元に野球ボールぐらいの穴が開く。あれが自分だったらと思うとゾッとした。
綱利は次なる攻撃に備えているのか僕たちと距離を取った。
ビュー! という強く寒い風が部屋の中に吹き込んできた。
「頼もしい護衛がいるようですな。この程度で殺せるとは思っていませんでしたが」
「な、なんのつもりだ」
「今日はほんのご挨拶――というか宣戦布告です。
あなたたちのやっていることが全て無意味だということを教えてあげます。
虻輝、特にお前には虻利家の跡継ぎに相応しくないということをその身に痛感させてやるよ」
綱利とはかつてはそれなりに価値観を共有できたが、虻利家に対するものは全く違った。
僕は虻利家を改革するべきだと思っているが、綱利は覆せないほどの更なる虻利家の世界支配の強化を訴えていたからだ。
綱利は僕に対して“生ぬるい”とこの話題になるたびに常に言われ続けていた……。
「おい! てめぇ! どこの誰か知らねぇが、虻輝様に向かって何という口の利き方だ!」
「この頭の悪そうな奴は置いておいて、EAIや他の組織が破滅するところを果たして食い止められるかな?」
景親は完全にスルーされた。綱利はいつの間にかあった飛行自動車に乗り込もうとする。
「無視すんな! ふざけんじゃねぇぞおらぁ!」
景親は飛び上がりながら飛行自動車
綱利はニヤリと不気味に笑った。透明のガラスのような盾が出てきて景親の木刀を受け止めた。
「やれるだけのことをやるだけだ。お前には絶対に負けない!」
僕は恐怖もあったが綱利から目を逸らさず言った。
「その強気の表情がいつ恐怖と絶望で染まるのかが楽しみでならないよ。
せいぜい“今”を楽しむことだな」
そう言って綱利は飛行自動車を発進させた。悪夢だったらどんなに良かったか分からない。ほんのわずかな時間だったが色々なことが濃縮されていた。
「ちっ! 逃がしたか! 俺は輝成に連絡するんで、虻輝様は為継にお願いします」
「た、為継。聞いてるか?」
呆然としていたが、景親の声でハッと我に返って為継に連絡を入れた。とんでもないことに気づいた上に当然今後の方針を転換することだ。
「ええ、途中から会話を流してくださったのでご説明して下さらなくても分かります。
綱利が実行犯ということが確定しましたな」
銃を突き付けられた段階で為継に発信側だけを接続しておいたのだ――完全に忘れていた(笑)。
「これからどうする?」
「とりあえず目算が外れましたな。我々が巡回ロボットにセットした装置は何の役にも立たなかったということです」
パニックになりかかっているので状況が呑み込めていなかったが、言われてみれば確かにそうだ。
結局ところ警報器は鳴らずに何事もなかったように現れて帰って行ってしまったのだから……。
「僕たちは何をやっていたのか……この監視ルームにいるのも今日が最後だな」
凄く快適でゲームもやりやすかったが無意味なことをやっている暇は無かった。
「ただ先程までの議論は無意味ではありません。綱利は共通の因縁の相手であることは間違いないですが、所詮は“誰かの手足“に過ぎないわけです」
先ほど僕が気づいたことについて言ってみた。
「なぁ……これはあまり考えたくはないのだが。もしかしたら大王本人か大王に近い立場の人間が“綱利のボス“という可能性は無いか?」
「なるほど。局長が敢えて“使えない装置”を取り付けさせたと?」
「そこまでは考えていなかったけど、結果的にはそうなる。
若しくは大王が渡したと思っていた装置と“ジャンク品”をすり替えたとか?」
「それもあり得そうですな。私も何を虻輝様たちにつけさせたのか分からないので、今から調べておきます。
もしかしたら、“とんでもないもの”である可能性もあるので」
「確かにな。それについても頼んだ」
「局長が私に渡すまでの間にほとんどロスはありませんでした。
容疑者としては絞られてくると思います。
ただ、衛星管理システムなどで“守られている”可能性は高いのであまり調べても意味の無いことかもしれませんが」
「これだけ技術が発達しても結局のところ“本人を押さえる”ことが大事になってくるんだな」
「ええ。技術による検索対してはそれを超える権力の技術で守りますからな。
コード解除を本人以外が行うことはそれこそ虻頼様ぐらいしかできないことかと」
「ご隠居に借りを作るのは怖すぎる……。
技術は技術で相殺するから結局玲姉みたいなのが一番強いんだな」
「彼女は本当に人類かどうか調べ直すべきです。局長が人類と認めたのが今も信じられません」
無駄に熱の籠ったコメントだった。大王も玲姉について色々実験しているし、研究者としてどういう人体構造なのか気になるのだろう。
しかし、大王でもまだ未知の部分があるらしく未だ結論が出ていないらしい。
「この間は姿を消して爺と戦ったし、ロボットが相手でも防御が弱い関節などを的確に狙って破壊してきそうだ。
ただ、玲姉にそう言うと僕の命の危機になるから言うなよ?」
玲姉は以前事も無げに最新鋭のロボット兵士にも勝てると以前言っていたことがあるんだからヤバすぎる。
「彼女がこのように特異過ぎるがゆえに複数いないのが問題ですな。
予定が詰まっているようなので今回は直接協力してくれないみたいではないですか」
「それは僕も切実に思ったよ。3人ぐらいいてくれれば――いや、それはそれで怖そうだ(笑)」
よく考えれば常に玲姉に監督されるとか身が休まらんわ……。
「我々は権力中枢に近づいている可能性が高いです。
先程までは綱利の“後ろ”に迫ろうと思っていましたが、どこまで迫るかは状況次第かもしれませんな」
「綱利がこんなにも早く姿を現したのはよほど自信があるってことだろうしな。
EAIや日本宗教連合を守ることを重視したほうが良いのかもな」
「綱利が保険をかけずに動くとは思えませんしな。
今晩私が今後の方針について色々と考えておきます明日お伝えしますので」
「今日こそは何事もなく終わるかと思ったが、こんなことになろうとは……。
また明日からもよろしく」
「ええ、何なりとお申し付けください」
連絡を終えてから改めて思うと、あわや死ぬところだった。
最近“あわや死にそうな事態”が続々と起きていてちょっと感覚がおかしくなりつつあるが、相当危険な状態だったのは間違いない。
今更ながらゾッとして汗びっしょりになっていくのが分かった。
「景親もありがとう。何とか助かったよ。為継は明日までにどうするか方針を決めなおすって」
「ハッハッハッ! またこの俺が虻輝様を救ってしまいましたな!
今日はちゃんと窮地を救ったので俺がいた甲斐がありました!」
唾を飛ばすな唾を……。玲姉から毎朝渡されるハンカチの50%ぐらいの用途が景親からの唾を拭くってどういうことなんだ……。
「さて、帰るか今日はとにかく島村さんとまどかと連携が取れたことが大きかったな」
「チビと乳デカは頭が硬いだけでしたな。ハッハッハッ!」
「その呼び方を2人や玲姉の前に言うなよ……。“まどか”と“島村さん”って呼ぼうな。最悪呼び捨てでもいいから……」
綱利のことだけでも頭が痛いのに、『景親の呼び方問題』でも相変わらず頭が痛かった。
僕が粛正するんだから本当に他人事ではない。
幸い、景親が僕の隣に常にいながらも、あの2人とあまり関わり合いが薄いために話しかける場面があまり無いのが救いだが……。




