第53話 パフェ会議
とりあえず、店に入るとパフェを3人とも注文した。
スカイツリーを彷彿とさせるタワー状のパフェだった。
値段は――一番安い手のひらサイズのものですら1人5千円である。この値段だけでも普通の人はこの店に入れないだろう。
口の中にまだ甘みが残っている中、島村さんが切り出した。
「一昨日は折角情報共有を提案してくださったのに無碍にしてしまい申し訳ありませんでした。実を言いますと、私たち今、EAIの宣伝動画などを作っているんです」
「ふぅん、そうだったんだ。どんな動画なわけ?」
「聞き込み調査などでもう知っているとは思うのですが、EAIは慈善活動を中心として行い信用スコアを得ています。
ですが、会費を払っている側とするととてもそんなボランティア団体では困るわけです」
「確かに、ボランティアならEAIである必要は無いしサークル活動でいいからな。
まぁ、コスモニューロンを埋め込んでいないという共通点はあるだろうがそれだけのために高い会費は払えない」
「それでもこのパフェより安いと思いますけどね」
島村さんは皮肉っぽく言った。この会員権を持っている僕が特権階級だと言わんばかりのようだ。
「ま、まぁここは他人に聞かれないようにするためだから……」
「そうですね。それでEAIは方針転換することにしたんです。
もっと積極的にコスモニューロンの危険性を周知して、横のつながりを強めようという発想に転換し始めたんです。
私たちはその宣伝向けの動画を作成したところなんです。ちょうど昨日にです」
僕はハッとした。これまでおぼろげだったもの繋がった。やはり単なる憶測だけではなかったのだ。
そして島村さんが一昨日妙に表情が硬かったのはその撮影に対して緊張していたのだということも同時に分かった。
まどかは僕たちが真剣に話している間に僕の許可なくフルーツポンチを追加発注していた。気が付けばまどかの目の前には色とりどりの豪勢なフルーツが勢揃いしていた。
ありゃ、メニューで一番高い5万円ぐらいする産地直送の豪華フルーツポンチだ。
勿論払うのは僕だがコイツはそんなことはお構いなしだ。
「ねぇ、お兄ちゃん。あたしたち、ちょっと注目している人がいるんだ」
巨大なイチゴを頬張りながらまどかが話しかけ来た。澱みなく話しつつ食べるという芸当は無駄に器用だ。実はこの曲芸は昔からなのだが、危なっかしくて見てられない。
「ほぉ、そうか。ただ、イチゴを食べ終えてから話せよな。
イチゴで窒息死とか笑えないからな。恐らく人類で初だろうから」
まどかが『不名誉な死』と言うことになれば僕の命も玲姉によって終わるだろうから一大事だ……。
まどかが死んでも全然悲しくない――ことはないだろうな。
ずっと一緒に暮らしてきたし、まどかがいない生活なんて想像すらできない。
「ムシャモグ、ゴクン……。お兄ちゃんは赤井って人、知りあいでいる?」
「あぁ、僕の秘書的な存在だった――為継の前任で赤井綱利がいるよ。僕の従兄だけどね
最近はどうしてるだろうか……」
綱利は僕より2つ年上でありながら、虻利家での地位は僕が圧倒的に上という何とも微妙な関係だったんだよな。
お互いに状況や場面次第でタメ口になったり敬語になったり……。
科学技術局での出世頭だったが、3年前から行方不明になりその後の後任となったのが為継だったのだ。
綱利も無能ではなくむしろ気が利いていたが、為継があまりにも僕の足りないところを上手いこと補ってくれたのでもう忘れつつあったのだが……。
「あ! やっぱりそうだったんだ! 内藤さんのお父さんが言ってたんだけど赤井って人がEAIの最高顧問に就任しているみたいなんだよ!
「へぇ! あの綱利が!」
僕は綱利の“現在の動向”について調べてみた――経歴は科学技術局退職で止まっており、現在は分からない。“スパイ”として活動している可能性は十分にあった。
綱利ももしかすると自分の科学技術局での“限界”のようなものを感じ、外で活路を見出したかったのかもしれない。
「しかも、赤井って人が最高顧問になってから幹部が次々とクビになって全く違う組織になっちゃったんだって! 色々な組織と繋がりを持とうとしているんだって」
「なるほど……そうだったか。そういや、大樹も同じようなことを言ってたな。
僕の方の調査では最近、日本宗教連合とEAIが密接に関係を持ちつつあるようだ。
内容については横の連携強化のようだが――そうか、最高顧問が綱利だとすると色々と融通を図ることもできるかもしれない。
しかも綱利は“モザイクの人物”としてシークレット扱いにもなっているようなんだよね」
まだ確定ではないにしろ、あのコートの下の顔は言われてみると綱利のような気がしてならなかった。
「つまり、外からは分かりにくいようにして活動しているということなんですね?」
島村さんはコロコロ表情が変わるまどかと違って表情が真剣のままだった。
「そういうことになるね。そして結構狡猾に立ち回ることができる。
もしかしたら僕たちを陥れてくるかもしれない」
「お兄ちゃんが赤井って人に対して酷いことをしたせいじゃないの?
お兄ちゃんは結構ナチュラルに失礼だからなぁ~」
まどかはいつも僕に責任を押し付けようとしてくる(笑)。
「うーん、やっていないつもりだったが本人がどう感じているか分からないからなぁ。
ただ為継ほどでは無いにしても綱利もかなり頭がキレる。
どういう手を使ってくるか分からないから注意したほうが良いね」
お前も結構空気読めてないよと言い返したかったが不毛過ぎる言い合いになるのでやめた。
「結局のところ特攻局がEAIなどを一網打尽にしようとしたわけでは無かったということなんでしょうかね?」
島村さんは溶け残った氷を小さいスプーンでつつきながらそんなことをつぶやいた。
僕に向けていったというより自問自答と言うと言った感じだが。
「もしかしたら“かなり危ない相手”なのかもしれない。
島村さんは“委員会”っていうのを知っている?」
「なぁにそれ。図書委員会とか飼育委員会とかそんなやつ?」
まどかがニコニコした顔で言ってきた。学生の委員会活動だと完全に思ってやがる。
でも正直和んだ感じはあった。まどかは次に葡萄を口の中に入れた。
「この話の流れでそんなわけないだろ……『世界の今後』を決める超国家的組織だ。
今は虻利家とその一派がかなりの人数を送り込んでいるとはいえ、かなりの“曲者揃い“だ。
“委員会”の人々には私設軍隊を持っている人々も多く、本気を出そうものなら僕たちは一瞬で“消される“だろう」
「ふぅ~ん」
まどかはメロンの切れ端を幸せそうな笑顔を浮かべてフォークでパクリと食べる。
全く危機感を共有できている感じは無い……。
平和そうで何よりではあるのだが……。
「でも、このまま引き下がるわけにはいかないですよね?
玲子さんがおっしゃっていたようにまだ防げるわけですから」
島村さんは流石にまどかよりは理解しているようだった。
「うん、なんとか僕達で“最悪の事態“ともいえる組織の複数の壊滅は防ごう。
少なくともやれることはやってみないと絶対に後悔する。
ここまでの状況を知ってしまったんだから忘れることなんてできない」
「でも、“私設軍隊“が動いた場合にはやっぱり対処できないんでしょうか?
流石に私も5人ぐらいしか相手にできないと思うんですけど……」
女の子が5人も相手できれば十分過ぎる気がするが……。“委員会”に所属している人間を相手することを考えると確かに心もとない。
「玲姉が動くんじゃダメかな? とんでもない相手が出てくるかもしれないし……」
「うーん、お姉ちゃん最近色々と忙しそうだからどうかなぁ~」
まどかがそう言った。久しぶりにまともに話に入っている気がした。
確かに今日も朝から弁当を渡しながら玲姉は出ていっていた。
玲姉の唯一の弱点と言ってもいいのは、玲姉の体が一つしかないということだ。
後、問題があるとすればコスモニューロンも携帯電話すら持ってないからすぐに連絡がつかないということだ。
緊急ブザーで呼ぶことしかできない。そしてその間に僕がやられたら終了してしまう。
よって『玲姉が忙しい』のたった6文字でこんなにも僕は危機に瀕している。
「私たちでできるだけのことをやりませんか? 玲子さんばかりに頼っていては成長できませんよ。
まだ相手がどういう存在かも分かりませんし」
「そ、そうだね……」
島村さんもまどかほどでは無いが“委員会”メンバーが関わっていたらどんなに恐ろしいか本質的には分かっていないのだ。
彼らは強大な権力と弱者を痛めつけることに快楽を覚える異常な精神を持っている。
それはご隠居ほどではないにせよ逆らった瞬間に僕のクビが飛ぶ結果は変わらない。
ただそんなことを言ったところで気勢を削ぐだけだし、折角この2人と関係が改善したんだ。いよいよ危なくなった時にストップをかければいいか……。
「ご馳走様でした。とても美味しかったです」
島村さんは儀礼的に挨拶してきた。
今日は島村さんと事務的ではあるにせよ、かつてないほど会話が続いたのは快挙と言えた。
ただ、途中からあることに気が付いていた。島村さんは一度も僕と目を合わせていないのだ。
まだまだ壁はあると言えた……。
「とりあえず、情報交換できてよかったよ~。お互い頑張ろうね!」
まどかが満面の笑みでそう言った。非常に開放感に溢れている。
フルーツ食べ放題を満喫したのもあるが、昨日までコイツも島村さんから“情報統制”されて大変だったな……。
こうして2人と別れて巡回ロボット管理センターに向かうことにした。
ただ、綱利が関わっていることがほぼ確実であると解っただけでも収穫だ。“モザイクの人物“が綱利だとしたら……僕の因果も本当に凄いなと思えた。




