第51話 “立派“を目指して
今日の第一関門は突破したが、次の関門が待ち受けていた。
大樹に僕との関係をまどかと島村さんに弁解してもらうことだ。
僕が“人類の敵”かどうか決まる瞬間とも言えた……。
「いやぁ、わざわざ時間を作ってくれて悪いね」
「フワ~眠い……」
「ええ、人生の無駄遣いです。こんなことをしても全く無意味ですからね。
あなたが悪いのは間違いないんですから」
気さくに話しかけたつもりだったが、まどかと島村さんは『玲姉が言うから仕方なしに来てやった』という感じで、僕と視線すら合わせてくれない……。
まどかなんて半分夢の世界にまだいるような感じで足元すらおぼつかない状態だ……。
綺麗な花には棘があるというが島村さんの場合は鋭利な弓矢の先端だ。常に僕を狙撃しようとしている。
精神的な毒矢は何発も放たれており僕の体を蝕んでいる……。
「あと3分だね……。今のところどこにもいないけど……」
まどかはようやく目を覚ましたかと思うと、可愛らしいピンク色の時計に目を落とし、頬っぺたをパンパンに膨らませている――コイツの場合はハムスターが頬袋を膨らませているような感じで全然怖さは無い。
だが、長年家族として一緒に暮らしているからな。家にも居場所がなくなる感覚が嫌なんだ……。
「か、景親。本当に大樹は来てくれるんだろうな? 僕の家庭内での地位が“ペット”から“生ゴミ”に格下げされるかどうかがかかっているんだ」
まどかの発言に対してそわそわしてきたので思わず景親に聞いた。
「まぁ、大丈夫じゃねぇですかい?
為継がプロテクトされている人物を検出してくれてるシステムを構築してくれているお陰でこうして時間ができるわけですから、楽っすね」
景親はどうやらコートを着たモザイクの男を監視できるかどうかについて言っているのだろう。
正直僕が言いたかったことや心配は全く伝わっていないようだった……。
景親は正直この2人に対して想い入れが無さそうだから嫌われたところでどうでもいいというところなのだろう。
「おーい! 虻輝~!」
そんなことを言っていると、大樹が走ってやってきた。
コイツのことだからすっぽかすか、景親がちゃんと伝えられていない可能性があったのでまずは良かった。
「おぉ、来てくれたか……ただ他の人がいる前だと敬称付けろよな。流石に僕の立場が無さすぎるんだが」
「ええーいいじゃん別に~」
本当に面接をしていた時とは別人である。
まぁ、ここにいるメンバーは僕の地位が極めて低いことを知っているから特にこれ以上言うつもりは無いがな……。
よし、あとは僕のコスモニューロンのデータと大樹の証言で僕の潔白が証明されることだろう。
振り返ってまどかと島村さんを見たところその2人は凍り付いていた――というより驚いている?
「ま、まさか内藤大樹君ですか?」
島村さんが驚愕の色を浮かべていた。
「はい、そうですけど……。お姉さんたちは虻輝さんのお知り合いですか?」
島村さんは頷く。
大樹の奴、なんで僕より年下の島村さんには敬語なんだ?
まぁ、雰囲気からして島村さんのほうが僕よりも遥かに強そうなのは分かるからなぁ(笑)。
「島村さん。大樹のこと知ってたの?」
「いえ、お会いしたのは今日が初めてですけど……。
実はお父さんから元気に暮らしているか? ということで大樹君の安否を心配されていたんです」
大樹がその言葉を聞くとポロポロと涙が頬を伝った。
「そ、そうか父さん元気だったんだ……」
目を腕で覆いながら嗚咽を漏らした。
島村さんの手元を見ると今より少し小さい大樹を写した写真がそこにあった。
「すぐに2人を会わせてあげたいけど、ちょっと手続きを踏まないとな……」
スコアを最下層レベルまで下げられた強制労働者は雇用主以外では違うスコア帯の人々と会話をすることが許されていない。会話をすればスコアを下げられるからだ。
このように単純にお互いの所在が知れたからと言って簡単に会えるわけではないのだ。大樹も詳しくは知らないまでも薄々とはそれを承知しているようだった。
大樹のお父さんとしても大樹のこれからの人生を考えればスコアが下がることは本望ではないだろう。
「父さんが無事だっただけでも嬉しいよ。良かった……」
「家族は大事にしていかないとな……。
僕も他人のことを言っていられないが……よほどの虐待などが無い限り関係は半永久に続くと思ったほうが良い」
「父さんにや亡くなった母さんのためにもやれるだけのことをやるよ」
「うん、しっかりやれよ。
しっかり仕事をできるところを見せて、お父さんに立派になったところを見せるんだ」
なお、僕はこんなにも偉そうなことを言いながらゲームしか誇れることが無い模様(笑)。
そして家族のゲームに対する反応はあまりにも微妙過ぎるんだよな……。
更にはついさっきもゲーム仲間に叛乱をされそうになった模様(笑)。
「もちろんさ! 父さんが無事だってわかっただけでも希望が出てきたよ」
そういえば、父上は僕のことをどう思っているんだろうか?
今まで聞いたことも無かったし、考えてもみなかったがゲームしか出来ない“出来損ない”とか思っているのだろうか……?
何をどうしたら“立派”なのか自分で言ってみても分からなかった。
とりあえず、“今できること”をやり続けていくしかないな……。
「それでだ。今回の採用についてだが――メンバーの全会一致で大樹を採用が決まった」
大樹は一瞬驚きの表情を浮かべた後、再び大粒の涙を浮かべた。
「や……やった! お、俺頑張るよ……。絶対に役立って見せるから……」
「ただ、最初の3か月は試用期間だからその期間の間にある程度のレベルまで到達してもらわないと困る。
これは、ご祝儀のプレゼントだ」
そう言って僕が取り出したのはプログラミングの方法だった。最新AIのシステムを活用した画期的な動画編集方法が分かりやすく載っている――はずだ。
僕はちなみに本を開いても何が書いてあるか分からなかった(笑)。
プログラムを自在に組み替える為継に頼んで送ってくれたものだからきっと間違いはないだろう……。
「へぇ~。プログラムってこういう風にやるんだな……。
時間があると読み込んでおかないと……」
目の色を変えて本の内容をむさぼるように見ていた。
やっぱりやる気が大事だよな。かつての僕のように逃亡することに重点を置いているような状況では何にも前には進まない。
例え相手がいかに優秀な教師である玲姉や爺だったとしても無意味になるからだ。
僕がこんな本貰ったらその場で吐くだろうな(笑)。
「折角だから、この写真を大樹君にお渡ししますね。
私たちが持っていても仕方ないですから」
ひと段落付くと島村さんが持っていた大樹の写真を渡した。大樹のお父さんが持っていた写真だった。
大樹はそれを大切に受け取って丁寧に胸ポケットにしまった。
「うん! ありがとな! じゃ、今度は会社で!」
なんだか当初の目的とはかけ離れてしまったが大樹が満足げに去っていたのでとても良かった。




