第47話 “人類の敵”の「未来」内訳
玲姉は僕をゴミ捨て場に捨てるゴミ袋のように訓練場の床に放り投げた。
酷い扱いなもんだ。
でも約束通り早速、まどかと島村さんのところに行き話をしていた。
2人の表情が歪んだ。話している内容は聞こえないが大体分かった。
一通り話が終わると、まどかと島村さんは相変わらず不快そうな表情を崩そうとしないが、渋々といった感じで僕のところにやってきた。
「私はこの人はもはや救いようのないレベルだと思います。
『人類の敵』と言っても過言ではないでしょう。
でも、玲子さんが“どうしても”とおっしゃるのでしたらやむを得ませんね」
「お姉ちゃんも人が好過ぎるよ。こんなお兄ちゃんにチャンスなんて与えてもつけ上がるだけだと思うけどね……」
相変わらず、酷い言われようだ。
2人は玲姉が言うから仕方ないからチャンスを与えてやるとでも言わんかのような感じである。彼女たちにとって僕は“有罪”が確定しているのだろう。
しかし、“前科持ち”である僕に対して疑いの目が向くのは無理からぬことだった。
「チャンスをもらえただけでもありがたいよ。島村さんの視線が強烈だから視線だけで殺されかねないんでね」
低姿勢で行くしかなかった。もともと僕の地位はこの家では“ペット”レベルで低かったのだ。いよいよペットから生ゴミに格下げされただけとも取れる。
あとは生ゴミらしく居場所がいよいよゴミ捨て場や焼却炉に移されるだけなのかもしれないが……。
あ、それとも島村さんの言う通り“人類の敵”なのかな? 人類の敵ってどういう末路を辿るんだろうか……。
「さぁさぁ。暫定的に仲直りしたところで始めましょう? 今日も村山さんがずっとお待ちよ」
半ば絶望的な気分になっていたが、良くも悪くも玲姉が脱出させてくれた。
袋小路で鬱状態になるよりかは体を動かした方が幾分ましだろう。
僕の鬱状態を知ってか知らぬか、爺は先ほどから黙々と目の前で素振りをしている。
気配を感じないが確かにずっとやり続けている。こういった地道な積み重ねがこの年齢になっても破格の強さなのだろう。
「虻輝様、最近色々あってお忙しいのは分かります。ですが、そういう日だからこそやっていく必要があるのです。ただでさえ昨日お休みされたのですから」
動きをピタッと止めて爺は僕の真横にさっと移動してきた。
剣術の指導が無かっただけで反復横跳びとうさぎ跳びはやったがな……。
「ああ、ホント最近色々あるからな……。
まるでダムの堰を切ったようにこれまでの人生に無かったようなことが殺到してきているから……」
あとは僕の心身がついてこれるかどうかだけである(笑)。
「その心身を鍛えるためにこの時間があるんだからね? さぁ、しょうもないこと考えてないでさっさと始める! まずは今日も体幹から!」
玲姉が僕の曲がっている背骨をパシパシっと叩いて正し、更に“背骨強制君”を入れながらそんなことを言った。
「再現性ですぞ。虻輝様」
「は、はい……」
復習もかねて一昨日と同じことをやるが、わずか2日前のことがうまくできない……。
「ふむ……もう一度フォームを固めなおしましょう。ここが肝心なところです」
落ち込んでいる暇もないほどに爺はすかさずフォームの矯正が行われる。
「では次に、真剣と同じ重さの木刀を持たれて、腕を補助する道具を付けましょう。
とにかく抜刀の動きをしてみてください」
この矯正具を使ったとしてもただの木刀よりも重い。適切なサポートの具合を絶妙に調整してあるのだろう
「ふぅむ、やはり真面目にこなしてくれるのは助かりますな。逃亡されることが最大の難点でしたので、時間を区切ることが大事ということですな」
汗びっしょりになってきたので、さすがにタオルで汗をぬぐった。
そこであることが頭に唐突によぎった。
「爺、ちなみに父上はどれぐらいの腕前だったの?」
「そうですな……何とも言えませんが、可もなく不可もなくと言ったところでしたな。
体力、抜刀、技など全て合格最低点という感じでしたな。
ただ、虻輝様よりかは意欲的に取り組まれておりましたよ。
ご自身のお立場を理解されているという感じでした」
「あ……そうなの」
僕は何も合格できてないからな……父上はやはり凄かったと言える。その父上を“あわや”のところまで追い詰めた島村さんは流石だった。
「ちょっと休憩しましょう。流石にそんなにフラフラですとお話になりますまい」
気が付けば周りの皆は休憩体制に入っていた。ドリンクを飲んだり汗をぬぐったりしている。
時間的にも気が付けば30分以上やっていた。僕が一応最後に休むようだ。サボりではない。た、助かった……。
昨日とて何もしなかったわけでは無いので毎日筋肉痛が更新していくような状態だ。
正直もう限界に近かった。
「まぁ、技術レベルではまだ絶望的ですが、すぐさま逃亡していないだけ以前よりかなり改善されましたな」
「爺、それって褒めてる?」
「ええ、勿論。逃げられるのが一番対処に困りましたから。
私も24時間監視し続けるわけにも参りませんので」
「どちらかというと、逃げることが“ムダ”だって気が付いただけなんだけどね。
逃げようとすると“悲劇的”なことが起きて妨害されているわけだし」
反社勢力に拉致されたり、玲姉に飛行自動車を墜落させられたりな……。
「ともあれ、虻輝様がこうして訓練していただけることはとても世界にとっても良い事です。虻利家の伝統を引き継ぐ者が一番才能がある方であり、ご長男であることが一番ふさわしいのです」
「あっ、そう……」
正直、僕の意思を無視して勝手に決めつけないで欲しい。
僕はもはやゲームだけをしたいのだ。一応、総合レーティング世界ランキング1位を5年連続でい続けているわけで、社会的意義があると思うんだが……。
だが、それを認めてくれるとはとても思えないので飲み込んだ。
「虻輝様こそ虻利家当主に相応しいだけの器があります。
この世界の未来をもっと良くしていけるだけの才覚があるのです」
先ほど“人類の敵”と島村さんに言われたばかりなので何とも言えない気分だった。
もしかしたら、「虻利家の未来を担う者=人類の敵」という図式なのかもしれないが……。
「ちなみに爺はどんな世界が理想だと思うの?
僕は『誰もが幸せに笑っていられる世界』だと思ってるけど」
それ次第で虻利家にこのままい続けることの“未来の内訳”が決まる気がした。
「そうですなァ……その幸せと言うのも定義が人それぞれで分かりませんからな。
今の世界で誰も不自由していないのでこれを発展させることが肝要かと思いますな」
「そ、そうか……」
それが残念ながら現実的なラインなんだろう。
ただ、今は物理的な不自由はほとんど無くても心理的にはかなり不自由を強いられていると言える。
虻利家の方向性に少しでも疑問を持つものはすかさず粛清(大王送りに)されるのだから、そんな世界が発展したところで僕には未来が見えなかった。
「さぁ、あと数分したら再開しますぞ」
爺は再び準備運動を始めた。僕はまだ動ける気がしない……。
爺を悪い人とは思わないが、生まれからしてそこまで困っていなかったようだ。
所詮は「支配者層」側の人間で、特に今の一般の人たちの生活状況を知らない。
僕はここ2週間ほどで色々な人を見てきたが、心の底からは幸せそうには見えなかった。
やはり、今の世界が続くことに未来は感じられない……。




