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ディストピア生活初級入門(第5部まで完結)  作者: 中将
第1章 歪んだ世界で生きる者
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第18話 刃の納め所

 為継が去ってから5分ほどだろうか。島村さんが身じろぎするのを目の端で感じた。どうやら目を覚ましたようだった。


「ん……わ、私は……。あ、手足がちゃんと動く……」


 ヘッドギアが取り外されているとはいえどんな状況なのか不安だったが、どうやら洗脳からは解放されて正常な状態に戻っているようだった。

 ふぅ……間に合ったんだ。本当に良かった……。


「気分はどう? 気分が悪かったりどこか悪かったりしたら。言ってね。立てるかな?」

 これまで数多くの命を葬ってきたのかもしれない――でも手の届くところの命を救っていくことができるなら……。そう思って島村さんに向かって手を伸ばした。


パシッ! 乾いた音が響いた。


「気安く話しかけたり、触らないでください! そもそも何の目的なんですか! 

私なんかを助けたりして! これまで散々、人々を闇に葬ってきたくせに!」


 一瞬何が起きたか分からなかったが、僕の手の甲が赤くなっているのを見て拒絶されたのだと分かった。


 言われてみればまさしく彼女の指摘の通りにも程があった。

 彼女にとって僕は偽善をやっているように見えるか、気まぐれに救ったか、肉体関係目的にしか見えないだろう。


「……これからは虻利そのものを変えようと思う。その第一歩が君なんだ」


「そんなことを信用できると思っているのですか!」


「ま、まぁとりあえず服を着てよ。下着姿のままじゃ君も嫌でしょ……」

 さっきから僕はずっと目のやり場に正直言って困っていた……。

特にボリュームのある胸の感触を少し味わってしまったのだから尚更だ……。


「あっ! み、見ないでください!」

 そう言いながら島村さんの傍にある服を急いで着ているようだった。

僕はその間も明後日の方向を見続けた……。


 着替えが終わり、少し落ち着いてから島村さんが口を開いた。


「……例え別の目的があったとしても先程救ってくれたことについては感謝します。

あの瞬間に私の人生が終わっていたかもしれませんから」

 

 島村さんの声は先ほどに比べて幾分落ち着いている。

 僕は学校の試験で得点を出すのは苦手だがロジカルな考え方は出来る。

一番どうすることも出来ないのは対話を拒否されてヒステリックに叫ばれることだ。


「虻利については今でも恨みを持っている?」


 何とかして“救わなくちゃ”と僕も思ったからあの時、ボタンを押せた。

そして為継にも対峙できた。こうして目の前に島村さんがいることは、怒鳴られながらも本当に“良かった”と思えた瞬間だった。


「当り前じゃないですか! そう簡単にお母さんが殺されたことや、お義父さんや弟とバラバラになったのを忘れられるわけないですっ!」


 島村さんと僕の身長はほとんど同じなのでその勢いがダイレクトに顔に来る……。


「まぁ、そうだろうね。僕も父上を失うかもしれないと思った時、本当に焦ったし涙が出そうになったよ。

愚かにも僕はその時気づいたんだ。“これが僕が加担してやっていたことだったんだ”って」


「でも、あなたがそんなことを知ったって失った人々は誰も帰ってこないんですが?」


 昨日見た鋼を穿つ鋭い目つきで睨んできたので思わず怯みそうになった。

 声もドスが効いていて普通なら逃げ出したくなる。

 でもここで耐えて受け止めなければいけない。これが責任なんだ。

 目を逸らしてはいけないと思った。


「これでも僕はみんなを少しでも幸せにしようと思ってプロゲーマーになった。

裏の仕事だって最終的には良くなると信じて目をつむっていたんだ」

 

 とりあえず、正直に話していくしかこの状態を打破できないと思った。


「でも、それは自己満足でしかなかった。自分の地位を守るための保身の行動でしかなかったんだ」

 

 島村さんは「ふっ」と少し鼻で笑った。


「……私の知る限りでは虻利がゲームを推進しているのはより“虻利の人形”にするために洗脳しやすくするためだと聞いています。

 つまりは、あなたは所詮何一ついいことなんてしていなかったんです! 

 本当にただの自己満足ですよ!」

 

 ……そうだったのか。悲しいことに僕はそんなことも知らずにプロとしてやってきたわけだ。流石に一瞬怯んだが、それで言いくるめられてはいけないと思った。


「こんなことを言うのは本当にどうなのかと自分でも思う。でも聞いて欲しいんだ!」


 ここで台無しにしたくない一心で島村さんに対峙する。ここで踏ん張らないと本当に島村さんは永遠に復讐の鬼のまま終わってしまうことだろう。


「過去は変えることはできない。でも、未来は変えることはできる。

もう終わってしまったことや手遅れになってしまったことは本当に済まないと思っている。

だからその贖罪として今からでもできること、少しでも自分にできることをやっていきたいんだ」

 

 とにかく、少しでも島村さんに理解してもらおうと、必死だった。

 ひたすら頭を下げ続けながら島村さんに訴えた。


「具体的には何をするつもりなんですか?」


「それはまだ分からない。

でも僕のポジションなら虻利家を少しずつだろうけれども変えていける……そう確信している」


「……そうですか」

 伝わったかどうかは全く不明だ。

しかし、最初に僕が島村さんに手を伸ばそうとして拒絶された時のような殺気はあまり感じなくなっていたし、気が付けば出口に向かって2人で歩き出していた。


 僕が半歩先を行き、ゆっくりとさっき来た道を戻っている感じだ。

 彼女は松葉杖みたいなのをついて僕の後ろを付いてきている。

 昨日見た様子からは右足のアキレス腱の辺りの骨が見えているぐらいだから相当の傷の筈だ。


 今の医療でも全治2か月という話だったしね。

 これも僕のせいだと思うと胸がズキリと痛んだ。

 せめてまだ松葉杖を使いこなせていなさそうな彼女の様子を見て早く歩き過ぎないことしか今の僕にはできない。


 そして出口が見え始めた時、島村さんが再び口を開いた。


「……とりあえずのところは、“様子見”ということにしておきます。私が評価する側というのも何だか変な話ですけどね」

 

口に出さずともずっと考えていたのだろう。僕が島村さんの真剣な横顔をずっと眺めていたのに何も言われないぐらいだったから。


「それでいい。虻利に絶望的な気持を味わった君がジャッジして、それで僕がまともになったと思えたなら――僕も満足できる。

できるだけのことをして世界を本当に良くしていきたいんだ。忌憚のない意見をドンドン言ってもらって構わない」


「私もこの世界に少しでもまともになって欲しいと思っていますから。

意見を自由に言わせてもらいます」


「後は、僕からは逃げないで欲しい。

足にはリングが付いているけど位置情報以外は取られないタイプみたいだから安心してもらって構わない。ただ無理やり外そうとすると命の保証は出来ない」


「……分かりました」

 島村さんは少し歩みを止めて足につけられたリングを見ながら呟くようにして言った。


「……それで一つ聞きたいことがあるんだけど。まだ僕や父上に復讐したい?」


「私の家族を引き裂いたあなたたちに対して殺したくない気持ちが無いと言えばウソになります。

 ……でも、復讐を果たしてもあまり意味が無いかもしれないって、復讐を果たせそうな瞬間に逆に思いましたね。また悲劇が積み重なるだけですからね」


 確かに、父上に最後に凄い一撃を与えようとしていた時、妙に一発が長いなとは思った。

 あの瞬間は最後の一撃に全てを込めていたのかと思ったが、今話を聞くとそうでは無かったのかもしれない。

 勿論今の発言は本音でない可能性もあるのだが……。


「僕が言うのも本当に難だけど、それが良いと思うよ。島村さんの能力は本当に凄いからもっと違うところに役立てたほうがいいと思うね」


「実際は、弓道の大会以外であまり役に立ったことは無いですけどね」


「ふーん、発電とかで役に立たないの?」


「電気があるのにわざわざそんなことをしません」

 瞬く間のうちに険悪なムードに戻る。あ、完全に滑ったわ……かと言って女の子と話せる話題のレパートリーが存在しない。

 僕が他人に誇れる話題はゲームだけでありそれも一蹴された。


 気まずい空気間の中と出口付近に人影が見えた。


「あっ! 玲姉!」

 あの、スッとした佇まいのシルエットと放たれるオーラからして玲姉しか考えられない! 

 僕は転びそうになるほど加速して、玲姉のいる所に飛びつくようにして向かった!  玲姉に早く今のことを報告したい!

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